マジカルナックルは女神の奇跡
「すみませ〜ん! 戦いやめてもらえますか〜?」
皆が命懸けで戦っているこの状況では、自分の声があまりに場違いで、ひどく浮いているのが分かった。
(誰がそんな呼びかけで戦いを止めるのよ……!)
自分で自分にツッコミを入れたがもう遅い。
馬車を襲撃している男達と、必死で馬車を守る騎士達。
全員の視線が一斉に、授業の終わりかけに質問した時のクラスメイトの視線くらいの鋭さで、あたしへと降り注いだ。
学校で人前で発表するのも苦手なあたしが、なぜ殺し合いの真っ只中に……。
唇は震え、膝は生まれたての子鹿のようにカクカクと震えていた。
「……アル、怖いんだけど。 もう帰りたい……」
『大丈夫! そう簡単には死なないから!』
「……無責任すぎない?」
少しでも気を緩めれば、その瞬間に腰が抜けてしまうような感覚。
あたしは、毒づきながらも、膝に精一杯の力を込めた。
「誰かは知らぬが見られたからには生かしてはおけぬ。やれ!」
黒い鎧を着た指揮官らしき男が物騒なことを言い放つ。
近くにいた兵士の一人が、ギラリと光る剣を構えてこちらに向かって走り出した。
殺気というのだろうか。
現代社会において決して味わうことのできない、肌が焼けるようなヒリついた空気。
あたしは完全にこの空気に飲まれ、体は石のように固まっていた。
(死ぬ。 殺される……どどどどどうしよう!!)
男が振り上げた剣が夕日を反射して血の色のように真っ赤に輝いた。
その瞬間、あたしの頭の中でアルのふざけたような声が響いた。
『よし、鈴音。 ブレスレットに触って変身と叫ぶんだ!』
(はいはい! とりあえず今は言われた通りに……)
「変身っ!!」
ヤケクソで叫んだ瞬間、左手のブレスレットからとんでもない光が溢れ出した。
「目があああっ!」
切り掛かってきた男が、あまりの眩しさに顔を覆ってのけぞる。
あたしの体を中心に、オーロラのような光が踊るように絡まり合っていく。
それは一瞬であたしを包み込んだ。
ひんやりとした――なのに、不思議と優しい温もりがあたしを身体を満たしていった。
「女神様……」
誰かが、震える声でそう呟くのが聞こえた。
(……え、女神様? どこに??)
眩しすぎて閉じていた目を、恐る恐る開いてみる。
すると、目の前に広がっていたのは、悪ふざけみたいに大量のフリル。
そして、鮮やかなピンク色の髪の毛。
まるで自分のものとは思えない異物が、あたしの視界を遮る様に揺らめいていた。
(……え? ちょっと待って……)
視線を落とした先にあったのは、、魔法少女のアニメでしかみたことがないような――とにかく、とんでもなく派手で露出が多いコスチューム。
しかも、なんか地面が近くない?
目線が低いっていうか、あたし……縮んでる!?
「アル! なんなのよ、これ!?」
『君の潜在意識にある、君が幼いときに夢見た魔法少女の姿さ。 名付けて魔法少女サクラってのはどう?』
「名前まで勝手につかないでよ! っていうか、スースーして落ち着かないし、恥ずかしすぎるんだけど……」
あたしが心の中で、アルにギャーギャー喚いている間も、周りの時間は止まったまま。
襲撃してきた黒い鎧の男たちも、馬車を守っていた騎士たちも、地面にへたり込んだまま、ただひたすらにあたしの方をガン見している。
(……いや、見ないで……。 そんなマジマジと見ないでえええ!!)
人前での発表どころじゃない。
これじゃ、公開処刑だ。
「……ひ、退いてください! あたし、戦いたくないんです!」
恥ずかしさを紛らわすために精一杯叫んだつもりだった。
でも、変身したあたしの声は、鈴音の声よりもずっと高く、鈴の音のように透き通っていて、どこか威厳さえ感じさせる響きになっていた。
「お、おのれ……。 何者かは知らんが、その奇妙な術ごと叩き斬ってくれる!」
黒鎧の兵士が、恐怖を振り払うように大きな叫び声をあげて、再びあたしに飛びかかってきた。
でも、変だ。
さっきまであんなに速くて怖かった男の動きが、今はまるで、スロー再生のようにゆっくりに見える。
『鈴音、くるよ!』
アルの声が頭に響く。
(今のあたしに、あの殺気ムンムンの大男をどうしろっていうのよ……)
「こっちに来るなあああぁぁっ!!」
あたしは反射的に右手を前に突き出した。
つまり、ただの拳だ。
ボクシングのフォームなんて知らない。
ただの素人女子高生の、めちゃくちゃな力任せのパンチ。
――その瞬間。
ドォォォォォンッ!!!
まるで耳元で大砲をぶっ放されたみたいな、デタラメな爆音が鼓膜を叩いた。
あたしの拳が男に当たった……わけじゃない。
当たるよりもずっと手前で、拳から放たれた目に見えない衝撃波?が、男をぶっ飛ばしたのだ。
「がはっ……!?」
黒鎧の兵士は、まるで大型トラックに正面衝突したみたいに、ものすごい速度で真後ろへふっ飛んでいった。
そのまま、後ろにいた仲間数名を、ボウリングのピンみたいに弾き飛ばす。
吹っ飛んだ兵士は街道を転がり、最後は太い街路樹にドゴォォン!と、激しい音を立てて激突して、ようやく停止。
大木から大量の葉っぱがハラハラと舞い落ちて、兵士の体を埋め尽くしていった。
「え……」
(ええええええええええええええええ!)
突き出した自分の拳を見て、あたしは石のように固まった。
驚きのあまり、アゴが外れそうになる。
男がいたはずの場所には、もうもうと土煙が舞い上がっているだけ。
そして街道の地面には――まるでブルドーザーがえぐったように、深々と拳の跡が刻み込まれていた。
「うそ、でしょ……?」
今の、あたし?
学校の体力テストでは平均以下の成績しか出せなかった、あのあたしのパンチ?
『ナイス、マジカルナックル! 威力はバッチリだね、鈴音!』
「バッチリとかそういうレベルじゃないでしょ!? 人が……、人が消し飛んだわよ!?」
あたしは突き出した自分の拳と、バッキバキに折れた街路樹を交互に見て、頭を抱えた。
この細い腕のどこに、大型トラック並みの力が隠されていたっていうの?
これじゃ筋肉系魔法少女じゃない!
「な……な、な……」
恐る恐る振り返ると、そこには剣を構えたまま石像のように固まっている騎士たちがいた。
特に、一番前で戦っていた騎士団長らしきおじさんは、口をあんぐりと開けて、あたしの拳とえぐれた地面を交互に見つめている。
その一方、襲撃者たちは完全に戦意を喪失していた。
彼らのリーダー格らしい黒鎧の指揮官が、ガチガチと歯を鳴らしながら後ずさりする。
「な、なな、なんだ今の力は……。 お、おのれぇ……化け物めっ! 退け、退けぇぇい!!退却だぁぁ!」
残っていた黒鎧の男たちが、リーダー格の叫び声を合図に、一目散に森の中へと逃げ込んでいく。
あたしのパンチ一発で、戦場は完全に静まり返ってしまった。
……どうしよう。めちゃくちゃ見られてる。
視線が痛い。穴が開くほど見られてる。
『あ、鈴音。変身が解けるよ。パニックでフルパワーのパンチを打っちゃったから、もうエネルギーも限界だ』
「えっ、あ、ちょっ、まだ心の準備が……」
アルの声が聞こえたかと思うと、あたしの体を優しい光が包み込んだ。
ふわふわしたフリルが消え、派手な衣装が淡い光と共に、静かに消えていく。
一瞬の目眩のあと、そこに立っていたのは、紺のハイソックスにローファー、どこにでもいる制服姿の桜井鈴音だった。
「……はぁ、疲れたぁ……」
変身が解けた瞬間、さっきまでの圧倒的なパワーが嘘のように消え、急激な疲労感に襲われる。
思わずその場に座り込みそうになったが、周囲の視線に気づいて体が凍りついた。
騎士団長や生き残った騎士たちが、まるで神話の奇跡を目の当たりにしたかのような顔で、こちらをじーっと見つめている。
騎士団長が、震える手で地面を這うようにしてあたしに近づいてきた。
そして、うやうやしくあたしの足元に膝をつく。
「女神様を……あのピンクの髪の御方を、貴女様が降臨させてくださったのですね……。 なんと神々しい……」
「えっ? いや、あれはあたしっていうか、変身した姿で……」
「何も言わずともわかっております! これほど清らかな魔力。 貴女様こそ、国に伝わる伝説の聖女に違いありません!」
団長の目は、もはや狂信に近い熱を帯びていた。
どうやら彼らの中では、【あのピンクの髪の美少女=天界から一時的に降りてきた、名もなき高位の女神】であり、【今ここにいる制服姿のあたし=その女神をその身に降ろすことができる特別な聖女】という、とんでもない脳内変換が完了してしまったらしい。
「いや、だから、降ろしたんじゃなくて、あたし自身が――」
「我がエストリア公国始まって以来の奇跡だ!」
今度は馬車の扉が勢いよく開き、中から髭を蓄えた気品のある男性――リオネル・ディスカール伯爵が、涙を流しながら転び出るようにして現れた。
彼は泥だらけの地面に膝をつくと、震える手であたしの手を取った。
「聖女様。どうか顔を上げてください。 貴女様の祈りによって、あの尊き女神様が降臨し、我らをお救いくださった。 ……して、救済の乙女よ。 貴女様のお名前と、降臨された女神様のお名前を、ぜひお聞かせ願えないでしょうか」
伯爵の問いに、あたしは言葉に詰まった。女神の名前なんて決めてない。
すると、脳内に直接アルのふざけた声が響いた。
『鈴音、サクラって言っておきなよ。 君の名字から取ってさ。君自身の名前はそのままスズネでいいんじゃない?』
(ちょっと、勝手に決めないでよ! 恥ずかしい!!)
心の中で全力で拒否したが、アルは知らんぷりで、あたしの肩の上で、もふんと可愛らしく鳴いて、すっかり聖なる使い魔のフリをしている。
『ほら鈴音、早く。 名乗らないと逆に怪しまれるよ。 今の君の格好、この世界じゃ異界の聖装にしか見えないみたいだし、堂々としてなよ』
言われてみれば、白のブラウスにチェックのスカート、そして紺のハイソックス。
この世界の重苦しいローブや鎧に比べれば、確かに浮いている。
清廉潔白を絵に描いたような、どこか神秘的な装束に見えなくもない……のか?
「あ、あの……あたしは、スズネ……と言います。 女神様は、その、サ、サクラ……様、です」
「おお……スズネ様! そして女神サクラ様! なんと麗しき響きか!」
あたしの絞り出した答えに、伯爵も騎士たちも「おおお……!」と地鳴りのような歓声を上げ、再び深々と頭を下げた。
「あ、あたしは別にそんな凄い人じゃ……」
「謙虚なお言葉まで……。 さあ、スズネ様。 このような道端では失礼だ。我がディスカール領の屋敷へご案内させてください。 精一杯の持て成しをさせていただきます!」
伯爵の輝くような笑顔。完全に逃げ場を失ったあたしは、引き攣った笑顔を浮かべるしかなかった
「……は、はい。 お世話になります……」
あたしは助けを求めるように肩の上のアルを見たが、タヌキ野郎は、「もふん」と可愛く鳴いてとぼけて見せた。
『おめでとう鈴音。 君、今日から聖女だってさ』
あー、もうどうにでもなれ!
こうしてあたしは、異世界に来てわずか数時間で、身に覚えのない聖女スズネとして貴族の馬車にエスコートされることになってしまったのだった。
第4話を読んでいただきありがとうございます。
拳一発で「聖女」に祭り上げられてしまった鈴音。
ここから彼女の「羞恥と絶望」に満ちた異世界生活が、いよいよ本格的に幕を開けます。
「スズネの勘違い生活、続きが気になる!」
「マジカルナックルの威力に笑った」
と思っていただけましたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします!
面白かったら★5つ、つまらなかったら★1つ、正直な感想で結構です。
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