メイドの不覚――闇夜の牢獄
漂流の末、私とミリィ様が辿り着いたのは、アジトの裏手に位置する断崖の入り江でした。
波打ち際で、びしょ濡れになったミリィ様を抱え上げます。
周囲にカイル様の気配も、そして何より愛しきお嬢様の気配もありません。
「……おねえちゃんは?リナさん、おねえちゃんはどこ……?」
「ご安心なさい。あの方の悪運……いえ、強運を信じるのです。
今頃、ど派手な演出と共に正面から上陸なさっているはずですから」
私はミリィ様の髪を整えながら、冷然と状況を整理しました。
カイル様がいれば任せられたのですが、今は私一人。
本来ならここで待機し、合流を待つのが定石。
ですが――。
「ミリィ様、提案があります。
お嬢様を待つ間に、私たちが先に内部へ侵入し、敵の戦力を削いでおきませんか?」
「えっ……二人で?」
「ええ。お嬢様が到着された際、敵が既にボロボロであれば、あの方が戦う時間を最小限に抑えられます。
お嬢様の雑事は私が済ませておく。それがメイドの務めですわ」
私はミリィ様の手を引き、崖を登ってアジトの裏口へと潜り込みました。
潜入は完璧でした。
足音は波音に溶け、影は私の動きに従う。
ミリィ様も私の影に隠れるように進めば、並の海賊に気付かれるはずもありません。
……しかし。計算外だったのは、ミリィ様という幼子の「心」でした。
暗い通路の先。
鉄格子の向こうから聞こえてきた、自分と同じ年頃の子供たちの、怯えたすすり泣き。
「……っ、みんな!みんな、そこにいるの!?」
ミリィ様が思わず叫び、駆け出してしまいました。
「ミリィ様、止まりなさい!」
私の静止も間に合いません。
角を曲がったミリィ様の目の前に現れたのは、偶然にも見回りに来ていた奴隷商の幹部たち。
「あぁん?なんだ、逃げ出したガキが戻ってきたか
。……ほう、こっちの女は最高の上玉じゃねえか」
十数人の男たちが一斉に抜剣し、ミリィ様の喉元に刃を突きつけました。
そして、下卑た笑みを浮かべた男たちの視線が、一斉に私へと注がれます。
濡れて肌に張り付いたチュニック。
深いスリットから露わになった、水滴の伝う太ももと暗器のホルダー。
男たちは、獲物を品定めするように、下卑た視線で私を値踏みするのでした。
一瞬。わずかでも時間があれば、この場の全員の首を刎ねることは可能です。
ですが、今の私には暗器しかありません。
敵の刃の鋭利さと、ミリィ様の肌の柔らかさを考慮すれば、その「わずかな時間」があったとしても、この人数が相手では、ミリィ様が危険だと判断せざるを得ませんでした。
もしミリィ様に万が一のことがあれば、お嬢様に合わせる顔がありませんから。
「……動かないでください」
私は冷たく言い放ち、構えようとした指先をゆっくりと下ろしました。
男たちがニヤニヤと私を包囲し、私の背後に回り込みます。
「へっ、これだけの上玉だ。傷をつけねえよう、丁寧に縛ってやるよ」
抵抗を捨てた私の身体に、粗い手触りの麻縄が容赦なく食い込んでいきました。
濡れたチュニックの薄い生地越しに伝わる縄の感触。
締め付けられる不自由さと、冷たい夜の空気。
(……不覚。お嬢様のいないところで、これほどの失態を演じるとは。万死に値しますわ)
引き立てられるまま、私たちは薄暗い牢獄へと連行されました。
湿った石の床に膝をつかされ、私は縄で無様に縛り上げられたまま、静かに思考を切り替えます。
私の心は既に次のフェーズ――「失敗」を「最高の演出」へと変換する作業へと移行していました。
「ミリィ様、泣くのはおやめなさい」
「……ごめんなさい、リナさん。ミリィのせいで……」
「予定変更、ですわね……ですが悪くありません」
牢獄の床に座り込み、私は感覚を研ぎ澄まします。
壁の厚さ、敵の足音、武装の程度。
縄の太さ、縛り方。
全てを把握した上で、私はお嬢様を待つことにしました。
(お嬢様。私が不甲斐ないばかりに、貴女様の救出対象が増えてしまいました。
……ですが、これはチャンスでもあります。
貴女様がこの牢獄を打ち破り、私とミリィ様を救い出す。
その時、ミリィ様は貴女様を生涯の英雄と仰ぐことでしょう)
ああ……舞台は整いましたわ、お嬢様。
いつもこの作品をお読みいただき、ありがとうございます。
スズネたちのふざけたドタバタ劇を
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