いざ、宝島へ!
夕方の港へ続く道。あたしたちはフードを深く被り、人混みに紛れて歩いていた。
なのに、角を曲がるたびに聞こえてくるのは、あたしの胃を雑巾絞りにするような、「伝説」の断片だった。
「……見たかよ、昨日の号外。伯爵領の広場、跡形もねえんだろ?」
「ああ。あの『虹色の彗星』が空から降ってきた瞬間、
街の象徴だった噴水が粉微塵に吹き飛んで、そのまま伯爵邸の壁まで貫通したって話だ」
それに関しては、ほんっとにごめんなさい!あれはただの着地失敗なの。
そう。ちょっと止まれなかっただけの、単なる物損事故!
「でも、凄まじいよなぁ。
旧時代の膿を出し切るために、あえて『古き象徴』を物理的に消し去ったんだろ?
邸宅の壁に大穴を開けて降臨した聖女様は、
瓦礫の中、埃一つ立てずに凛として立ってたっていうじゃねえか」
ってか何よ、この武勇伝的な噂は……。
あたしのショックを置き去りにして、男たちの話はどんどんヒートアップしていく。
噂に尾びれ、どころか腹びれと胸びれまでついて、今にも目の前の海で泳いでいきそうな勢いだ。
(……もう、誰か止めてよ。そのうち、あたしが魔王と戦うとか言い出すんじゃないの?)
「お嬢様、足取りが重いようですが?
ご自身の成した『福音』が、これほど早くこの地にまで届いているというのに」
「……リナ、お願いだから黙って。
あたしの女子高生としてのプライドが、今、まさに瓦礫の下で圧死しそうなの」
リナの涼しい顔が恨めしい。
隣で「流石はスズネ様、その聖なる衝撃はもはや伝説!」なんて目を輝かせているカイルは論外だ。
あたしは逃げるように、潮の香りが強くなる北港の奥へと、死んだ魚のような目で足を速めた。
◇◇◇
潮の香りと、魚の生臭さが混ざり合った北港の最果て。
人目につかない暗がりの桟橋で、リナは「こちらですわ」と優雅に手を示した。
あたしは期待を込めて、その「漁船」に目を向けた。
そして、一瞬で思考がホワイトアウトした。
「……ねえ、リナ。
あたし、さっき深海の王の名を冠した、壮大な作戦名をぶち上げたわよね?」
「はい。左様にございます、お嬢様」
「これ、単なる一人用の一本釣り漁船だよね?」
そこに浮いていたのは、あたしがイメージしていた「漁船」とは程遠い、ただの木造の漁師船といっていい小舟だった。
どう好意的に見積もっても、神話を名乗っていいサイズじゃない。
大きさは、四人乗ったらそれだけで満員御礼。
甲板なんて呼べるスペースはなく、足元には魚の鱗がこびりついたバケツと、使い古された網が散乱している。
おまけに、船名の書かれた札が、波に揺られて「カラ……カラ……」と、今にも外れそうな乾いた音を立てていた。
「いえ、漁船です」
リナが、さも軍艦でも紹介するかのような真顔で言った。
「いや、これただの小舟ーー」
「漁船です」
「…………」
……あくまで、これを漁船と言い張るのね。
「まあ、いいわ......。
とりあえずこれ、ほんとに全員乗れるの?
カイルのデカい体とあたしたち3人とか、物理的に無理じゃない?」
「問題ありません。私が最適な配置を、考案いたしました。
カイル様が床にうつ伏せになります。その背を跨ぐ形で私たちが乗るのです」
「いや、それカイルつらくない!?」
「いえ、スズネ様に乗っていただけるのであれば、このカイル、どこまででも椅子となりましょう!」
「単なるご褒美になってるじゃない!いいから、とりあえず普通に乗って!早く出発するわよ!」
このままじゃ夜が明けてしまう!
あたしたちが恐る恐る乗り込むと、案の定、地獄のような密着状態になった。
あたしの左には、なぜか頬を赤らめて「お嬢様の体温が、聖なる加護となって私を包む……」と呟きながら縮こまっているリナ。
右には、大柄な体をこれでもかと折り畳んだカイル。
あたしの肩が触れるたびに、「不浄な私の体が、スズネ様に……!殺して、いっそ今すぐ私を沈めてください!」と悶絶している。
そんな大人たちの足の隙間に、ミリィが器用に潜り込んでいる。
「狭い!暑苦しい!誰よ、あたしの脇腹をツンツンしてるのは!リナ、あんたでしょ!」
「人聞きの悪い。
私はただ、浮力のバランスを保つために、お嬢様の重心を『確認』しているだけにございます」
「絶対確信犯でしょ!やめてよ!」
『みんな乗り込んだかい?じゃあスズネ、「アクアシール」を貼って起動するんだ』
あたしは、あらかじめアルに教えてもらった手順で、まず船の先頭にシールを貼り付け、そこに向かって「起動!」と唱えた。
その瞬間、船全体を透明な泡の膜がポワンと包み込んだ。
そのまま、舟はゆっくりと、波間に溶けるように海中へと沈んでいく。
――泡が立ち、視界が青く染まる。
不思議なことに夜の海中だというのに視界は良好だ。これも魔法の力なのだろうか。
ただ、魔法の膜のおかげで浸水はしてこないけれど、床が「ただの古い木の板」一枚という事実は変わらない。ミシミシと軋む音が、これでもかと不安を煽り立てた。
「ああ、もう!怖いこと考えたら負けよ!出発するわよ!」
あたしは震える手で海図を握りしめ、アクアシールに手を当てる。
これから進むべきルート――敵のアジトである宝島への海路を強く頭の中にイメージした。
「出航ーーーーーーっ!!」
あたしの叫びに応えるように、泡の球体は静かに、けれど力強く、目的地へと滑り出した。
いつもこの作品をお読みいただき、ありがとうございます。
スズネたちのふざけたドタバタ劇を
引き続き楽しんで読んでもらえたら嬉しいです。
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