澱みの底の支配者たち
「チッ、たかが獣人のガキ一匹に手間取らせやがって」
薄暗く湿った奴隷商のアジト。
その奥に位置する執務室で、首領のゾルグは苛立ちを隠さず、手元の報告書を叩きつけた。
数日前、逃げ出した「商品」の一人が、どこの馬の骨とも知れぬ女に連れ去られたという。
「……で?奪い返しに行った野郎どもが、返り討ちに遭って転がってただと?」
「は、はい……。路地裏で一瞬のうちに。
相手は女一人と、連れの男二人だったそうで……」
部下の報告に、ゾルグは露骨に不機嫌そうに舌打ちをした。
そこへ、鉄格子の奥から獣人の子供たちが漏らす、鼻をすするような泣き声が聞こえてくる。
「うう……お母さん……村に、帰りたいよぉ……」
ゾルグは椅子から立ち上がると、檻の前まで歩み寄り、格子を力任せに蹴りつけた。
凄まじい金属音に、犬や猫の耳を持った子供たちがビクリと肩を震わせ、尻尾を丸める。
「うるせえんだよ、この獣どもが!
売り物じゃなけりゃ、今すぐその耳ごと、喉を掻き切ってやるところだぞ!」
さらに、恐怖で足をすくませていた少年の一人を、ゾルグは無造作に蹴り飛ばす。
小さな体が壁に激突し、苦悶の声が上がる。
「いいか、お前らは人間じゃねえ。
はるばる遠くの村から運んできた、金に変わるまでの『高級な荷物』だ。
荷物は荷物らしく、黙って隅っこで震えてやがれ!
得意先の貴族様たちが、お前らみたいな珍しい『愛玩動物』を首を長くして待ってんだよ」
その光景を、部屋の隅で優雅にワインを傾けながら眺めている男がいた。
この街の治安維持を司る、警備隊の隊長だ。
「相変わらず手荒いな、ゾルグ。
あまり毛並みを汚されては、私たちの取り分が減るんだが?」
「……分かってますよ。だが、これくらいの『教育』は必要でしょう」
ゾルグは卑屈な笑みを浮かべ、男の机に金貨の詰まった袋を置いた。
男はそれを当然のように受け取ると、満足げに目を細める。
「例の女たちの件だが……
もし邪魔立てするようなら、警備隊の方で『指名手配』にでもしておこう。
この街の『秩序』を乱す不届き者としてな。
獣人を盗んだ泥棒として吊るしてもいい」
「へへっ、そいつは助かります。ガキ共の取り引きまで、あと三日。
それまでは、この街の目は塞いでおいてくださいよ」
冷たい笑い声が、薄暗いアジトに響き渡る。
彼らはまだ知らない。
自分たちが「ゴミ」として、最強の魔法少女の清掃リストに最優先で載ってしまったことに。




