新たな伝説のはじまり
自由貿易都市ポルターナの冒険者ギルドは、朝からむさ苦しい男たちの熱気と、安酒と鉄錆の匂いで溢れかえっていた。
あたしは、元気いっぱいのミリィと、お供のリナ、カイルを連れてその門をくぐった。
「いい? みんな。あたしたちは決して目立つようなことはしない。
地味で、目立たず、ひっそりとこの街に潜伏するの。わかったわね?」
念を押すあたしに、リナは淑やかに微笑み、カイルは神妙な顔で頷いた。
よし、これであたしの平穏な日常は守られる。
あたしは意気揚々と受付カウンターへ向かった。
「おはようございます。代理の者がパーティ登録をしたはずなのですが。ギルド証の受け取りと、簡単な依頼を受けに来ました」
「あ、おはようございます! はい、確認しますね……ええっと、リナ様からのご登録ですね……あ、ありました!」
受付のお姉さんが、パッと顔を輝かせた。
「『桃色海賊団』の皆様ですね! 歓迎いたします!」
「…………は?」
今、なんて?
ピンク……パイレーツ? 桃色の、海賊?
あたしが固まった瞬間、周囲にいたむさ苦しい冒険者たちが一斉にこちらを振り返り、噴き出した。
「ぶふっ! ぎゃははははは! おい聞けよ、『ピンク・パイレーツ』だってよ!」
「マジかよ、あの可愛いお嬢ちゃんが船長か? 旗印はフリフリのハートマークかよ!」
ギルド中に響き渡る野次と爆笑。
あたしの顔は、羞恥心で文字通り「ピンク色」、を通り越して真っ赤に染まっていた。
「……スズネ様を侮辱するとは。万死に値する」
横でカイルが、氷点下の声で剣の柄に手をかけた。
本気でこの場の全員を斬り捨てかねない殺気に、あたしは震える手で慌ててカイルの腕を抑え込む。
「ちょ、待ちなさいって! ……一旦外に出るわよ!」
ギルド証と、クエストの依頼書の束をひったくるように受け取ると、あたしは逃げるようにギルドを飛び出し、建物の影に全員を引っ張り込む。
そこで、あたしは背後に控える元凶を振り返った。
「リ、ナ……ッ!! あんた、あたしが『自由の翼』って言ったの、聞いてたわよね!?」
「ええ、もちろん。ですがお嬢様。アル様より『この街にある女海賊の伝説を、スズネ様が新たな伝説として塗り替えるために必要な儀式だ』との神託を賜りまして」
「……塗り替える? 儀式?」
あたしが眉を吊り上げると、肩の上の毛玉――アルが、わざとらしく「ふふん」と鼻を鳴らした。
『いいかいスズネ。伝説っていうのは、誰かに語り継がれて初めて形になる。
でも、古い伝説のままじゃ君はただの二番煎じだ。
ボクが欲しいのは「伝説の再来」じゃなくて、「君自身が作る新しい伝説」なんだよ』
アルはそこまで言うと、不敵な笑みを浮かべて声を潜めた。
いや、どういうこと?意味が全くわからない。
なぜ、あたしが伝説を?
『……それだけじゃない。君はこの国の大司教に目をつけられている。あいつらは今も血眼になって君を探しているはずだ。
そこであえて、このバカげた名前を名乗るのさ。
誰も「ピンクのふざけた一団」が、本物の聖女一行だなんて夢にも思わない。究極の隠れ蓑だとは思わないかい?』
「……逆に目立つ気がするんだけど? 隠れる気あるの?っていうか、あんた今、自分から「ふざけた」って言ったわよね?確信犯じゃないの!」
あたしがジト目で問い返すと、アルは「おっと、口が滑ったかな」とおどけてみせ、それから少しだけ真面目なトーンに落とした。
「実はもう一つ、この名前にした重要な理由があるんだけど……。まあ、それはその時が来たら話してあげるよ」
アルはそう言って、意味深な笑みを浮かべたまま「はぐらかし」モードに入ってしまった。
「……はぁ、もういいわよ。とにかく、名前のことは一旦忘れる! 今は『目立たない』ことが最優先よ。街の外で派手に魔物退治なんて論外。そんなのすぐ噂になるわ。あたしたちの身の丈に合った、地味ーーな依頼を探すの!」
あたしは血眼になって、受け取ったばかりのクエストの依頼書の束を漁った。
そこに、カイルが横から真剣な顔で指を差し出す。
「スズネ様、こちらの『森に棲まう凶暴な大型魔獣の討伐』はいかがでしょう。この手の輩は一撃で首を落とせば騒がれる間もありません。実力の誇示にも最適かと」
「却下よ!『一撃で首を落とす』時点で目立ちまくりでしょ! 次!」
「ではお嬢様、こちらの『悪徳商人の身辺調査』を」
リナが事も無げに、物騒な依頼を提示する。
「調査のついでに、ご希望であれば『不慮の事故』に見せかけて処理することも可能です。死人は口を割りませんので、隠密性は極めて高いかと存じますが」
「却下よ、却下!暗殺の提案なんてしてないわよ!あたしがしたいのは平和なクエスト! ……あ、これよ! これにしましょう!」
あたしがようやく見つけ出したのは、『地下水路の清掃および害獣駆除』。
報酬は安いし、害獣っていってもせいぜい大きなネズミくらいでしょ。
ずっと地下に潜りっぱなしなら、誰にも見られずに済む。
羞恥心の逃げ場所としては、これ以上ない完璧な選択のはずだった。
——少なくとも、その時のあたしは本気でそう信じていた。
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スズネたちのふざけたドタバタ劇を
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