メイドの愛は甘い蜜の毒
早朝。窓から差し込む陽光が、私の愛するお嬢様――
スズネ様の寝顔を照らしています。
私は宿屋の主人に許可を取りキッチンに立つと、スズネ様と、昨晩保護した小さなお客様のための朝食を用意し始めました。
メニューは、新鮮な白身魚のポワレ、ハーブを効かせた野菜スープ。
ミリィ様はひどい栄養失調状態にあります。
消化が良く、かつ魔力の回復を促す食材を厳選するのは、メイドとして当然の嗜み……。
ですが本当は、スズネ様の柔らかなお肌にこれ以上の心労を刻ませぬよう、スズネ様の血肉となるものだけを、……この手で一から支配していたいのです。
「……ふわぁ。おはよう、リナ。いい匂いね」
目をこすりながら起きてこられたスズネ様に、私は最上の礼を尽くして一礼します。
ああ、寝起きの少し掠れたお声……鼓膜が痺れますわ。
「おはようございます、お嬢様。本日の朝食でございます」
食事中、スズネ様は真剣な表情で私を見つめました。
「リナ。今日、あたしたちはミリィを見てるけど、
あんたには並行してこの街の情報を探ってほしいの。
……特に、ミリィを追っていた連中の正体と、この街の『裏側』をね」
「御意にございます。
お嬢様を煩わせる不浄の輩、
このリナが根こそぎ暴いてご覧に入れましょう」
「あ、暴かなくていいから!
ただ調べてくるだけでいいからね!?
一人の時に怪我するような危険なことは絶対にしないで!わかった?」
――ああ、これです。このゾクゾクするような慈悲。
汚らわしい私などに向けられる、あまりに場違いで、あまりに甘美な、案じるお言葉。
内臓を直接撫でられるような悦びに、意識が遠のきそうになります。
「お嬢様、ギルドの件ですが、先日のうちに登録しておきましたのでご安心ください」
そう告げて、私は宿を後にしました。
まずは昨夜、あたりをつけておいた情報屋へと足を運びます。
場所は港近くの酒場。
奥の個室で待っていたのは、鼠のような目をした男。
「……奴隷商『黒い鎖』の情報を?」
男が値を吊り上げようとしたので、私は少しだけ(本当に、指先が数ミリ触れる程度に)彼の喉元にナイフを添えて差し上げました。
するとどうでしょう、彼は大変に饒舌になりましたわ。
「ひ、ひぃっ! 教える、教えるよ!
あの奴隷商、実はこの街の警備団長と繋がってるんだ。
公式には禁止されてる奴隷貿易が、元宝島を経由して公然と行われてる……。
奴等の私腹を肥やすための巨大な資金源なのさ」
「元宝島、ですか」
「ああ。そこにはかつて、『伝説の女海賊』と呼ばれた女が隠したとされる
莫大な財宝が眠っているという噂がある。
今、奴隷商たちがそこを拠点にしているのも、
その宝を探しているからだと言われてるんだが……」
伝説の女海賊。
そして、街の権力者の腐敗。
なるほど。これはお嬢様が最もお嫌いになるタイプの、救いようのない現実ですわね。
ならば、その元凶をすべて消し去り、お嬢様の歩む道を綺麗に掃除しておくのが私の役目。
「いい情報をありがとう。お代はこれで結構かしら?」
恐怖で失禁しかけている男を放置し、私は足取り軽く酒場を出ました。
一刻も早くお嬢様の元へ戻り、この報告を差し上げ、あの慈愛に満ちた瞳で見つめられたい。
そしてあわよくば、その御手で私の頭を……。
不浄な私を撫で、お嬢様の香りで上書きしていただきたい。
ふふ。想像するだけで、頬が緩んでしまいますわ。
宿への帰り道、私はふと、昨夜アル様から頼まれた「小さな仕事」を思い出しました。
スズネ様の考えた『自由の翼』などという、あまりに凡庸で退屈な名前ではなく……アル様はもっと「相応しい名前」でギルドの台帳へ刻ませるよう、私に指示なさいました。
羞恥に震え、涙目で私をなじるであろうスズネ様。
ご自身の望まぬ形で、白日の下にその尊厳を晒されるお嬢様の可憐な姿を想像すると、胸の鼓動が激しく高鳴ります。
本当に……良かったのかしら?
……いいえ。絶望と羞恥に悶えるスズネ様も、きっとこの世の何よりも美しいはず。
私はルンルンとした気分のまま、愛する主を「辱める」ための完璧な布石を胸に秘め、『静寂の錨』への階段を軽やかに駆け上がりました。
いつもこの作品をお読みいただき、ありがとうございます。
今回はリナ回です。
個人的に気に入っているキャラなので内面を少し書いてみました!
ぜひ皆様の感想をお聞かせください。
そして、次の話から一気に物語がふざ......いや、動き出します!
引き続き楽しんで読んでもらえたら嬉しいです。
少しでも面白いと思っていただけましたら、
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