決意と予感
リナの手を借りてミリィをベッドに運び終えたあと、あたしはしばらく黙ったままだった。
怒りとは少し違う、言葉にしがたい感情が、胸の奥で渦を巻いていた。
(……あんな小さな子が、あんな冷たい鉄の塊を嵌められて、
逃げ回って。そんなの、あっていいはずがないわ)
今まで「魔法少女」だの「聖女」だのと言われて振り回されてきたけれど、それはどこか現実感のない、舞台の上のコメディのようなものだった。
でも、床に転がっている鈍色の首輪は、嫌になるほど生々しい「現実」をあたしに突きつけていた。
この子を守る。それはもう「善意」なんかじゃない。
あたし自身が選んだ、逃げない選択だった。
「お嬢様」
リナが、いつになく落ち着いたトーンで呼びかけてきた。
「これから先、ミリィ様を守り、この街を安全に抜けるためには、
早急にギルドへの登録名を決める必要があります」
リナが手帳を広げ、淡々と告げる。
「……ねえ、リナ。
ミリィを守るのなら、このまま大人しくしてた方がよくない?
なんでわざわざギルドなんて、顔を売るような場所に行かなきゃいけないのよ」
あたしの当然の疑問に、リナは手慣れた手つきで、どこから取り出したのか分からない偽造書類を整理しながら答えた。
「お嬢様、この自由貿易都市ポルターナは、表面上の活気とは裏腹に、
極めて厳格な『身分管理』の上に成り立っていますの。
正規の身分証を持たない者は、明日には不審者として警備隊にしょっ引かれるか、
あるいは……ミリィ様を狙っていたような輩に、合法的に『迷子』として処理されてしまいますわ。」
「迷子として処理って……怖っ。
つまり、あたしたちが『真っ当な住人』であることを証明する公的な看板が必要ってこと?」
「左様にございます。
ギルド証はこの街におけるパスポート同然。
これがないと、ミリィ様を守るための拠点も、この先街を出るための通行許可も得られませんの。
……潜伏とは、ただ隠れることではなく、『背景に溶け込む』こと。
ギルドに埋もれるのが一番の近道ですわ」
リナの理路整然とした(というか、どこでそんな知識を仕入れたのか疑いたくなるような)解説に、あたしはぐうの音も出なかった。
「お嬢様。
それにあたり、早急にパーティ名を決めてギルドへ届け出る必要があります。
……お忙しいお嬢様に代わって、私の方で処理しておきましょうか?」
「ちょっと待って、あんた一体どんな名前で提出する気よ?」
嫌な予感しかしない。あたしが身構えると、リナは事も無げに、けれど瞳に怪しい熱を帯びて指を立てた。
「『スズネ様と愉快な下僕達』で提出する予定です」
「却下!! バカなの!?
そんな名前で呼ばれた日には、その時点で社会的に死ぬし、
この街には一秒だって居られなくなるでしょ!」
あたしは小声で、けれど全力の勢いでリナの提案を叩き潰した。
このメイド、時折見せるこの「距離感のバグり具合」が本当に恐ろしい。
「もういいわよ! 名前はあたしが自分で決める。
……絶対に、あんたたちは口出ししないでよ」
あたしはベッドで眠るミリィを起こさないよう、まるで難事件を解決する名探偵のような足取りで、部屋の中を歩き回りながら考えた。
地味。平凡。無個性。それでいて、この子を守り抜く意志を込めて。
「……『自由の翼』。これで行くわ」
どうよ。
いかにも「どこかにいそうな冒険者」っぽい、完璧な名前じゃない?
「おお素晴らしい。
さすがはスズネ様、気高さと自由を愛する御心、感服いたしました!」
「さすがですわ、お嬢様」
「リナ、ちょっといいかい?」
カイルが感激に震えている横で、アルが珍しく低い声でリナに声をかけた。
二人はあたしの顔色を伺いながら、音もなく部屋の外へと出ていく。
(……なんの話かしら? 今後の予定とか?
まあいいわ。あの二人が集まって、あたしにとって何か悪いことなんて……ん?)
背筋に走る、得も言われぬ悪寒。
……嫌な予感がする。
こういう時のあたしの予感って、大体当たるんだよね......。
あたしは、ぐっすりと眠るミリィの寝顔を見つめ、明日が絶望で始まらないことを祈るしかなかった。
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スズネたちのふざけたドタバタ劇を
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