安らかなぬくもりの中で
リナの案内で辿り着いた宿『静寂の錨』の一室。
あたしはベッドに腰を下ろし、助け出したフェネックの少女を安心させるように、リナが淹れた温かいハーブティーを差し出した。
「……あ、ありがとう。おねえちゃん」
おずおずとカップを受け取った少女は、まだ少し震える手でそれを啜った。
湯気とともに少しだけ落ち着きを取り戻したのか、彼女の大きな耳が、心細げにピクリと動く。
「あたし……ミリィ。
その、さっきは助けてくれて、ありがとうございました」
小さな声で、彼女は名乗った。
よく見れば、大きな瞳に、まだ涙の名残が浮かんでいる。
聞けば、彼女はこの街の裏側で暗躍する奴隷商から逃げ出し、追われていたのだという。
差し出されたカップを持つ彼女の腕は、驚くほど細かった。
ボロボロの布切れから覗く肌は土埃に汚れ、至るところに生々しい擦り傷や、何かで打たれたような痣が残っている。
何より目を引いたのは、その細い首に、逃げ場を奪うように嵌められた、鈍色の鉄の首輪だった。
「……これ、ずっと外れなくて」
ミリィが震える指で首輪に触れる。
自由貿易都市の華やかさの裏側にある、救いのない現実がそこにあった。
あたしは、胸の奥がギュッと締め付けられるような怒りと悲しみを覚えた。
「ミリィちゃん、ね。
いい名前じゃない。あたしはスズネ。
こっちの変なのがリナで、そっちのキラキラしたのがカイル。
……で、肩に乗ってるのがタヌキがアルよ」
アルが珍しく空気を読んで、ふわふわの尻尾でミリィの頬を優しく撫でた。
カイルはといえば、部屋の隅で「ああ、なんという非道……! スズネ様の慈悲にすがるこの幼き魂を傷つけるとは、騎士の風上にも置けぬ奴らめ……っ!」と、一人で静かに激昂してプルプル震えている。
「大丈夫だよ、ミリィちゃん。
ここは安全だから。……リナ、傷薬とかある?」
「もちろんでございます。さあ、ミリィ様。まずはその首輪を――」
リナがどこからともなく取り出した細い針金のようなものを首輪の隙間に差し込むと、カチリ、と小さな音がして、重苦しい鉄の輪が床に落ちた。
「……あ」
首の重みから解放されたミリィの大きな耳が、ふわっと頼りなげに揺れる。
彼女は信じられないといった様子で自分の首を触り、それから、あたしたちの顔を順番に見つめた。
温かいお茶の熱と、ここに来て初めて向けられた「自分を害さない視線」。
張り詰めていた緊張の糸が、ぷつりと切れたのが分かった。
「……ありが、とう……スズネ、おねえ……ちゃん……」
ミリィの瞼がゆっくりと落ちていく。
小さな身体が、睡魔に耐えかねてコテッとあたしの膝に倒れ込んできた。
あたしは、規則正しくなり始めた彼女の寝息を聞きながら、その泥に汚れた髪をそっと撫でた。
「……寝ちゃったわね」
「無理もありませんわ。何日も、生きた心地がしなかったのでしょう」
リナが手際よくミリィの身体に毛布をかける。
眠る彼女の顔は、まだ幼い子供そのものだった。
この子を、またあの地獄に返してなるものか。
あたしの中で、これまでになかった種類の「覚悟」が、少しだけ芽生えた気がした。
いつもこの作品をお読みいただき、本当にありがとうございます!
今日は驚きと喜びの連続です。
初めての感想を2件もいただき、さらに初の評価(しかも☆5満点!)まで……。
1,000 PV達成から1日経たずで1,200 PVを突破するなど、皆さんにページをめくってもらえることが何よりの励みです。
続きを待ってくださる声が、作者のモチベーションを魔法のように回復させてくれます!
これからもスズネの不憫な(?)旅を見守っていただけると嬉しいです。
面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価【☆☆☆☆☆】で応援いただけると、さらに創作の魔力がみなぎります!




