助けを求める大きな耳
門をくぐった瞬間、圧倒的な活気が押し寄せてくる。
露店から漂うスパイスの香り。
商人たちの怒鳴り声。
そして、見たこともない種族の人々。
「すごい……本当に、あたしのことなんて誰も見てないわ……!」
あたしは感動に震えた。
伯爵領では歩くたびにモーゼのように道が開かれ、拝まれていたのに、ここではあたしは、ただの「ちょっと可愛い女の子」でいられる――はず、なのだ。
『さあ、まずは拠点探しだね。リナ』
肩の上でアルが暢気に欠伸をする。
「はい、アル様。表向きは寂れた宿ですが、裏社会の情報が集まる、静寂の錨という宿を、すでに確保してあります」
「……リナ、あんた何者なのよ、本当に」
あたしがジト目でツッコむ間もなく、リナの案内で、あたしたちは大通りから数本外れた路地へと入る。
そこは、先ほどまでの華やかさが嘘のように薄暗く、どこか殺伐とした空気が漂っていた。
その時だった。
「――待てえぇぇっ! 逃がさねえぞ、このガキィ!」
路地の先から、小さな影がこちらに向かって全力で走ってくるのが見えた。
ボロボロの服をなびかせ、必死に走るその子の頭には、ピンと立った大きなフェネックのような耳。
「わっ……!?」
避ける間もなく、その子はあたしの足元に転び込むようにしてすがり付いてきた。
「たすけて……おねえちゃん、たすけて……っ!」
見上げた瞳は涙で濡れ、恐怖に激しく震えている。
その後ろからは、武器を手にした、見るからに質の悪い男たちが三名。
「おい、そこの女!そいつは俺たちの、金になる商品だ。邪魔するんじゃねえ!」
あたしは、自分の中で何かが、プチッと音を立てるのを感じた。
……地味に暮らす。目立たない。関わらない。
……そう決めたのに。
でも、足元で震えるこの小さな手を、振り払うなんて――
あたしの聖女としての、いや、人間としてのプライドが許さない!
「カイル。……やっていいわ。ただし、聖女だってバレないようにね」
「御意!!」
待ってましたと言わんばかりに、カイルがマントを翻して前に出る。
あたしのポルターナ平穏生活は、開始五分で早くも暗雲が立ち込め始めていた。
「おい、野郎ども! その女ごと叩き潰――」
男が最後まで言い切る前に、カイルの拳が男の腹へと打ち込まれる。
「黙れ。お前たちの汚らわしい視線がスズネ様に触れることすら、本来ならば万死に値するのだ」
カイルの瞳に宿る「抜剣事件」の罪悪感が、そのまま敵への殺気へと変換されている。
……うん、方向性は間違ってるけど、今は頼もしいわね。
あっという間に、路地には唸り声を上げる男たちの山ができた。
あたしは震える少女を抱き寄せ、その大きなフェネックの耳を優しく撫でた。
「もう大丈夫。……さあ、リナ。急いでその宿へ案内して。ここで目立つわけにはいかないから!」
「かしこまりました。……お嬢様、そのフェネックの仔、少し毛並みが乱れていますわね宿に着いたら、私が丁寧に、お手入れして差し上げましょうか?」
リナの瞳に、またどろりとした何かが宿る。
……絶対ダメです。ダメに決まってるでしょうが!!
あたしたちは逃げるように、路地裏の奥深く、訳ありの宿、静寂の錨へと駆け込んだ。
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スズネたちのふざけたドタバタ劇を
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