聖女、夜に駆ける
昼間の「恐ろしい聖女」ショックから立ち直れないまま、あたしは伯爵のもとを訪ねた。
大穴の開いた客間ではない、少し小さな応接室。
「伯爵、あたし、この街を出ようと思います」
その言葉を聞いた瞬間。
伯爵の瞳が、少しだけ喜びのような輝きを見せたのを、あたしは見逃さなかった。
「おぉ……! そうですか……! いやぁ、寂しい……。 実に寂しいですが、あなた様のような御方がこの狭い領地に留まっていてはいけないと、私も内心そう思っておりました」
……伯爵。
若干、声が弾んでません?
まあ、伯爵としても難しいところだよね。分かるよ?
そりゃあ、派手にやらかしちゃってますからね。
「スズネ様! ならば私も同行いたします!」
カイルが即座に膝をついた。
その勢いで床が少し鳴った。
「私も同行いたしますわ。 よろしいですわよね、伯爵様」
背後ではリナが不気味に、いや、いつになく優しく微笑んでいた。
「でも、そんな優秀な家来を二人も……。 屋敷の修理だって大変でしょうし」
あたしが遠慮気味に言うと、伯爵は食い気味に身を乗り出した。
「いえ!私もそのつもりでした! 聖女様との奇縁、決してこれで終わるものではありません。 我が家来である二人が、我が伯爵家と聖女様を繋ぐ架け橋となるのです。 そう、これこそが最善!」
ああ、コネは残したまま、聖女に狂信してしまった二人を押し付ける感じですか。
そうですか。
実際、カイルの剣技とリナの有能な実務能力が、これからの旅で役に立つのは間違いない。
ただ……。
「聖女様、女神様に厳しく踏んでいただけ……、もとい指導していただけるよう、より一層、騎士道に邁進する所存!」
ほら、カイルはもう「ご褒美」の話しかしてない。
「これからもスズネ様の羞恥に歪むお顔を、一番特等席で見られるなんて……ふふ、ふふふ……」
おいメイド!今、本音がダダ漏れだぞ!
(……アル、この二人を連れて旅とか、やばくない?)
『まぁ、いいじゃないかスズネ。 旅は大勢の方が楽しいものさ。 にぎやかで飽きないだろう?』
アルは床であくびをしながら、あたかも他人事のように言った。
(う〜ん……)
あたしは深く、深ーーーくため息をつき、覚悟を決めた。
「……わかりました。 お二人をお借りします」
「感謝いたします!」
「光栄ですわ」
こうして、あたしの供は、変態M騎士と、変態Sメイドに決まった。
それから、リナの手配は迅速だった。
カイルにあの白銀の鎧なんて着られた日には、どこにいても目立って仕方ない。
なので、あえて使い込まれた風合いの丈夫な革鎧を。
リナは流石に旅路でメイド服というわけにもいかないので、濃紺のロングチュニックに、脚のラインが露骨に出るほど細身のパンツを合わせていた。
一見するとシックな装いだが、そのチュニックの両脇には、チャイナドレスのように腰のあたりまで大胆なスリットが入っている。
彼女が歩くたび、その隙間からパンツ越しでも生々しく伝わる太ももの曲線が覗く。
同時に、そこに食い込むように巻き付けられた暗器のホルダーが、鈍く光った。
あたしはといえば、伯爵から支給された、上質なリネン生地のシャツに短めのキュロット、そしてその上に丈夫なハーフコートという装いになった。
冒険者というよりは、少し裕福な旅の少年、といった雰囲気だ。
「これなら、街を歩いても変に注目されずに済みそうね」
あたしは自分の地味な旅の服装を確かめ、ようやく安堵の息を漏らした。
そう、目立たなければ、あたしはただの可愛い女の子。
魔法少女の悪夢は伯爵領に置いていくのだ。
「ええ、そうなると良いのですけれども……』
リナが冷たく、けれどどこか楽しげな瞳であたしを見た。
まるでこの先の悲劇を予見しているかのような、少し……いや、かなり癪に触る言い回し。
そのスリットから覗く太もも、あんたのほうがよっぽど注目を集めると思うんだけど。
一行は、伯爵の計らいで用意された馬車――ではなく、あえて徒歩で出発することになった。
なんでも、豪華な馬車だと逆に目立つし、盗賊の的になりやすいからだとか。
伯爵領から運び出した大量の食料や旅の道具は、すでに左手のブレスレットの中にたっぷりと収納済みだ。
見た目は軽装、中身は重装備。これぞ異世界ものの特権である。
「スズネ様、これをお持ちください」
去り際、伯爵から手渡されたのは、ずっしりと重い金貨の袋だった。
……重い。
手首がグキッとなりそうなほどに重い。
ちょっと、これ多くないです?
支援金っていうか、もはや手切れ金じゃないです??
あたしは伯爵に精一杯の感謝の言葉を伝え、供の二人に切り出した。
「さて……リナ、カイル。 どこに向かいましょうか?」
あたしが尋ねると、二人は顔を見合わせた。
当然だけど、まずはこの伯爵領――さらに、ヴォルガス子爵領から一日でも早く離れる必要がある。
あんなド派手なの立ち回りを披露した後だ、完全に面が割れている。
「王都とかどうかな? せっかく異世界に来たんだし、一度は見てみたいんだよね」
あたしが期待に胸を膨らませて提案すると、カイルが「おぉ……!」と瞳を輝かせたが、隣のリナが冷徹に、それはもうバッサリと首を横に振った。
「却下ですわ。 今のスズネ様が王都へ行けば、即座に教会の権力争いに巻き込まれるかのがオチです」
「ダメですか……」
あたしは肩を落とした。
異世界の王都、素敵な響きだったのに。
「スズネ様を政治の道具にさせるわけにはいきません。 まずは南へ。自由貿易都市ポルターナを目指すべきかと。 あそこは様々な国や人種が入り混じる混沌とした街。 スズネ様の身分を隠すには最適かと思われます」
身分を隠す。
つまり、あの恥ずかしい魔法少女としての噂から逃げ切れるということか。
人種が入り混じっているなら、あたしのことなんて、誰も気に留めないかもしれない。
「じゃあ行こう! 自由貿易都市ポルターナへ!!」
あたしは拳を握り、輝かしい新生活に思いを馳せた。
……けれど、そこであるシンプルな疑問が頭をもたげる。
「それで、一つ疑問なんだけど。 なんで出発が夜なの??」
見上げれば、空には地球と同じように、月が輝いている。
伯爵にお別れを告げた直後だとしても、普通は一晩寝て、明日の朝出発するのが旅ってもんじゃないの?
「当然ですわ。 スズネ様が日中に街を出ようとすれば、別れを惜しむ……あるいは『聖女様を一目拝みたい』という群衆に囲まれて、数日は足止めを食らうでしょうから」
リナが事も無げに言い放つ。
カイルも当然だと言わんばかりに、月明かりの下で荷物を背負い直している。
……あぁ、そうか。
分かった、完全に理解した。
これ、体裁を整えてはいるけど、要するに夜逃げだわ。
こうしてあたしたちは、誰にも見送られることなく、月明かりの下をコソコソと逃げ出すようにして伯爵領を後にするのだった。
――第1章 完――
これにて、伯爵領編(第1章)が完結です。
ここまでスズネたちの活躍?を読み続けてくださりありがとうございました!
物語はここから、新天地ポルターナを目指す第2章へと突入します。
新キャラ、新コス等色々考えております。
『面白かった』『続きが読みたい』と思っていただけましたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします!
面白かったら★5つ、つまらなかったら★1つ、正直な感想で結構です。
また、ブックマークもしていただけると嬉しいです。
皆様の応援が、作品執筆のエネルギーになります!




