18 - 聖女の行進
深夜、伯爵邸の庭園。
露出度過剰な魔法少女の姿に変身させられたあたしは、怒りで全身を震わせていた。
あたしの瞳に宿る逆ギレ気味の殺意を見て、肩に乗ったアルが「ニヤリ」とあざ笑う。
『いい意気込みだねスズネ! この間、ヴォルガスにマーキングを施しておいたので居場所はバッチリ。でも、ヴォルガス子爵の領地はここから数十キロ先だよ? 馬車でも丸一日はかかるけど、どうする?』
……。
(……え、そうなの?)
一気に毒気を抜かれたあたしに、アルはもふもふの尻尾をパタパタと振って、不穏な提案を持ちかけた。
『大丈夫! 魔法少女には魔法少女らしい「移動手段」があるんだ。……名付けて、「月の光の道」!』
(何よそれ。嫌な予感しかしないんだけど......)
『空に魔法で月の光を固めた超高速レーンを作るのさ。スズネはそこを走るだけ! ほら、背中のリボンを見てごらん?』
言われて背中に手を回すと、オーガンジー素材の特大リボンが、意志を持っているかのようにギチギチと音を立てて広がり始めた。
それは瞬く間に、透き通った光の翼へと変形していく。
「ちょっと、勝手に広がらないで! 目立ちすぎるでしょこれ!」
『あはは、目立ってナンボだよ! さあ、出発だ!』
アルの言葉をトリガーにして、足元から爆発的なパステルカラーの魔力が噴き出した。
あたしの体は砲弾のように夜空へと射出される。
その刹那、足元の影から伸びた光の触手が、地上で呆然としていたリナを強引に絡めとった。
(ちょ、リナまで連れていく気ぃぃぃ!?)
『一人じゃ寂しいでしょ?ヴォルガスの悪事の証拠を掴むには彼女が必要かと思ってね』
あたしたちは時速数百キロの猛スピードで「月の光の道」へと乗り上げる。
だが、あたしたちの誤算はそれだけではなかった。
あまりに純度が高すぎる魔力の奔流は、通過する周囲の大気を激しく励起させ、夜空を覆う薄雲を巨大なスクリーンへと変えてしまったのだ。
「……ああ……っ! なんという……なんという『聖域』の輝き……っ!」
光の泡に包まれて並走するリナが、熱に浮かされたような瞳で空を仰ぐ。
そこには、風圧に晒され、必死に短いスカートの裾を両手で押さえ、涙目で絶叫するあたしの姿が、巨大なホログラムとして夜空一面に映し出されていた。
後日聞いた話だと、地上からは実際、あたしが思っているほど大きくも鮮明でもなく、むしろ神々しい「奇跡」として目撃されていたらしい。
「リナ! 見てないで助けてぇぇ! 領地中の人があたしの太ももを凝視してるじゃないのぉぉ!!」
「いいえスズネ様! これはまさに『聖女の行進』として後世に語り継がれる奇跡です。天には巨大なスズネ様、眼前には羞恥に震える実物のスズネ様……。これほどまでに濃密な『聖なる福音』の波状攻撃、一画たりとも逃さず、この魂に刻み込みます!」
「リナぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
あたしの羞恥心ごと、速度は加速していく。
(そういえばこれ?どうやって止まるの??)
あたしの脳裏をよぎった最悪の予感。
それを肯定するように、肩の上のアルが、片目をウインクしてみせた。
(バカなの!? 死ぬ! 死ぬわよあたしたちぃぃぃ!!)
あたしの悲鳴を置き去りにして、眼前に市街地が近づいてくる。
ヴォルガス子爵領の街なのだろう。
深夜だというのに、夜空に投影されたあたしの巨大な「羞恥ホログラム」に気づいた人々が、次々と窓を開けて空を仰いでいるのが見える。
「スズネ様! 前方に不浄な気配を放つ巨大な建造物を捕捉しました! あれこそが諸悪の根源、ヴォルガスの居城に違いありません!」
横を並走するリナが、風圧で髪を振り乱しながらも、獲物を見つけた猛禽のような鋭い眼光で叫ぶ。
「わかってる、わかってるけど止まれないのよぉぉ! どいてぇぇ! 街の人たち、そこをどいてぇぇぇ!!ぎゃあぁぁぁ!!」
あたしの叫びは空気を震わせ、巨大な残響となって街中に降り注ぐ。
「危ないので今すぐ屋内に避難してください!」
衝突まで、あと数秒。
街の灯りが、一斉に息を呑んだように静止した。
アルが楽しげに声を張り上げた。
『さあスズネ、ブレーキの代わりに最高の一撃を叩き込むんだ! 右手に力を込めて!』
あたしがヤケクソで右拳を握りしめた瞬間、拳の周りの空間がパチパチとピンクの放電を始めた。
さらに加速を増したあたしたちは、一筋のパステルカラーの彗星となり、ヴォルガス邸を目指して、文字通り「物理的に」突っ込む。
「止まってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」




