月の光に導かれ
あたしの絶叫が響き渡った瞬間、室内の空気が一変した。
窓から吹き込んでいた血生臭かった風が、なぜか甘酸っぱいキャンディの香りに上書きされる。
(ちょ……待って、体が勝手に……)
心の中では全力でブレーキをかけているのに、指先は勝手に空中にハートを描き、謎のエフェクトを振りまいていく。
あたしの「ふざけんな!」という怒りの声は、空気を震わせるときにはなぜか――。
「月の光に変わってお仕置きの時間よ!」
という、スイーツな魔法少女の声に強制変換されて、屋敷中に響き渡っていた。
「あ、ああ……! 女神様……!夜の闇を優しく照らす、至高の輝きだ……っ!」
肩から血を流し、膝をついていたカイルが、そんなあたしを恍惚とした表情で見上げている。
一方で、背後にいるリナからは、今まで聞いたこともないような「はぁ……っ」という熱っぽい吐息が漏れていた。
「……素晴らしいです、スズネ様。 その溢れんばかりの恥じらい……月夜に揺れる乙女の戸惑い……。 これこそが私の求めていた奇跡の形……」
リナは頬を赤らめ、うっとりとした手つきで、あたしが宙に浮く姿を指の間から凝視している。
その瞳は冷徹な侍女のそれではなく、完全に何かに目覚めてしまった者の目だ。
(リナ!? あんた、今なんて言った!? ていうか、その目、何なのよぉ!)
あたしの抗議を無視して、謎の光が次々と重なり、新たな衣装が形成されていく。
だが、その全貌が見えた瞬間、あたしはアルに向かって絶叫した。
(ちょっとアル! なんで今回、こんなに足が出てるのよ! スカート短すぎるし、このガーターベルトみたいなの何よ! バカじゃないの? この変態!!)
今回の衣装は、前回のフリル地獄とはまたベクトルの違う辱めに満ちていた。
胸元は大胆なハート形にカットされ、あろうことか背中側は腰のあたりまで大きく開いている。
まるで月明かりを肌で直接受け止めろとでも言うような、心許ないデザインだ。
何重にも重なったミニスカートの裾からは、一歩踏み出すごとに初雪のように白い太ももが露わになり、そこに食い込む銀のガーターリングが、嫌でも視線を集めてしまう。
背中には、あたしの体格には不釣り合いなほど巨大なリボン。
それが淡い光を放ちながら、あたしの意志とは無関係に、まるで蝶の羽のようにピコピコと動いていた。
『夜は暗いからね。 これくらい露出があった方が視認性が良くて安全なんだよ。 それに似合ってるじゃないか、ムーンライト・サクラちゃん!』
アルはもふもふの尻尾を振りながら、あざといウインクを返してくる。
(これじゃただの露出狂じゃないのぉぉぉ!!)
あたしが自分の体を抱きしめるようにして震えていると、背後から熱烈な視線が突き刺さった。
「……ああ、スズネ様。 背中のラインが、まるで夜空に浮かぶ新月のようです。 その……恥じらいに震えるお姿、これこそが真の聖域……」
リナが、これまでにないほど雄弁に、そして情熱的に語りだす。
彼女の瞳には、あたしを包む光よりももっと、おぞましいほどの輝きが宿っていた。
「ああああああ!!!もうやだああああああ!!!」
あたしの全身から放たれたのは、夜の闇をパステルカラーに染め上げる光だった。
さっきまで殺気を放っていたプロの暗殺者たちが、頬を赤らめ、とろけたような顔をして次々と床に沈んでいく。
……それでも、数名は歯を食いしばり、抗っていた。
だが、次の瞬間、遅れて魔法が追いつく。
物音ひとつ立てず、完璧に無力化された室内で、あたしはヘナヘナと座り込んでしまった。
「ちょ、ちょっと待って! 今の人たち、バタバタ倒れたけど死んでないわよね!? 大丈夫なの!?」
慌てて倒れた男の一人に駆け寄ろうとすると、アルがひらりと肩に乗って、能天気にあくびをした。
『心配しすぎだよ。 彼らは今、人生で一番幸せな夢を見ているだけさ。 心拍数も呼吸も、びっくりするくらい安定してる。 ……まぁ、魔法が解けるまでは、絶対に起きないけどね』
(本当!? 夢見てるだけ!? あたし、人殺しになってないわよね!?)
『あはは、君は本当に心配性だね。 死なせるより、意識を奪って、夢の中に監禁し続ける方がよっぽど残酷かもしれないのに』
(……さらっと怖いこと言わないでよ!)
安堵と恐怖が入り混じるあたしをよそに、背後ではリナが震える手で手帳にペンを走らせていた。
「……ムーンライト・エクスキューション……。 敵の命を奪わず、精神を永遠のゆりかごへと誘う、残酷なまでの慈愛。 ……ああ、スズネ様。その透け感のあるレースの裾を揺らしながら放つ一撃、控えめに言って聖域の極みです……」
「リナ!? あんた、さっきから何なのよ! さっさとカイルの手当を手伝いなさいよ!」
カイルはといえば、肩の傷から血を流しながらも、「私にも、お仕置き……を……」と、暗殺者と同じくらい幸せそうな顔で気絶していた。
「……もう、嫌だ。 こんな姿、誰にも見られたくないのに……」
背中の特大リボンが、あたしの落ち込みに合わせてヘナヘナとしおれる。
だが、あたしの中の怒りは、まだ消えてはいなかった。
(……ヴォルガス。 あのアホ子爵……。 よくもあたしに、こんな格好させて、こんな恥ずかしい台詞言わせてくれたわね……)
あたしの瞳に、暗殺者への恐怖を上回る、ヴォルガスへの逆ギレ気味の殺意が宿る。
あいつの屋敷に殴り込みよ!絶対逃がさない……
純度百パーセントの怒りに、屋敷の柱がミシミシと音を立てた。
第17話をお読みいただき、ありがとうございます。
ここからクライマックスに突入していきます。
『面白かった』『続きが読みたい』と思っていただけましたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします!
面白かったら★5つ、つまらなかったら★1つ、正直な感想で結構です。
また、ブックマークもしていただけると嬉しいです。
皆様の応援が、作品執筆のエネルギーになります!




