血塗られた静寂、伯爵邸急襲
一方、そんな陰謀が渦巻いていることなど露ほども知らないあたしは、伯爵邸の客室でふかふかのベッドに倒れ込んでいた。
羞恥心と精神的な疲労で、ふかふかの羽毛がかえって落ち着かない。
「……はぁ。 これからどうなっちゃうのよ、あたし。 あの大司教に保留なんて言われてさ……」
窓の外を見れば、月は厚い雲に隠れ、庭は不気味なほどに静まり返っている。
――けれど。
(……静かすぎる。 虫の声すら聞こえないなんて……)
なんだか、嫌な予感がしてアルに声でもかけようかと思った――その直後だった。
パリンッ、と一階の方で、硬いガラスが割れる音が夜の静寂を切り裂いた。
直後、衛兵たちの短い悲鳴と、今まで聞いたことのない、残酷で嫌な音が響く。
その瞬間、カイルが部屋のドアを勢いよく開けて飛び込んできた。
「スズネ様! 敵襲、敵襲にございますッ! 不浄なる輩が屋敷へ……! すがご安心を、このカイルが命に代えても――いえ! これぞ女神様の力を知らしめる絶好の機会!」
その瞳は、狂信的なまでの期待にぎらりと輝いている。
「……っ! 何言ってんのよ、早く逃げるなり戦うなりしなさいよ!」
あたしがベッドから飛び起きると、枕元のクッションに座っていたアルがゆっくりと伸びをした。
『おや、物騒な歓迎会だね。 モテない男たちが、君の寝顔を拝みに来たよ。 ……どうする、スズネ?』
(アル! 呑気に何言ってんのよ! 外、すごい数じゃない!)
窓の下を見ると、武装した兵士や、暗殺者のような軽装の兵士が伯爵邸のいたるところから、侵入しているのが見えた。
『逃げ場はなさそうだね。 庭も廊下も、ヴォルガスが雇ったプロでいっぱいだ。 ……どうやらあいつら、教会の沈黙を、殺しの許可証と解釈したみたいだね。 ……今夜ここで君が死んでも、事故として処理されるだけさ』
アルは前足で顔を洗いながら、さらりと残酷な事実を告げる。
(これ伯爵の命も危ないんじゃ――)
そう思った瞬間、客室の窓が激しく粉砕された。
「――死ね!」
暗闇から飛び込んできた黒装束の男が、容赦なくあたしの喉元へ短剣を突き出す。
「させんッ!」
カイルが割り込み、男の腕を斬り飛ばした。
だが、窓からは次々と別の刺客たちが音もなく滑り込んでくる。
「くっ……おのれ、数が多い……!」
カイルの剣が空を切り、死角から放たれた投剣があたしを狙う。
それを庇ったカイルの肩に、鋭い刃が深く突き刺さった。
「カイル!?」
「心配無用…………! ぐっ、これしきの傷、スズネ様をお守りできるなら騎士の……誉れ……!」
窓からは次々と影が滑り込み、ドアの向こうからも、刺客たちの靴音が近づいてくる。
このままじゃカイルが死ぬ。
そしてあたしも殺される。
『さあ、どうするスズネ。 このまま大人しく死ぬかい? それとも――変身して戦うかい?』
アルが、あたしの顔のすぐ横でもふもふの尻尾を揺らした。
その目は、楽しそうに細められている。
(……っ、あんたに言われなくても、分かってるわよ!!)
「スズネ様、準備を。 ……この不浄なる闇を払えるのは、降臨なされる女神様の光のみです。 どうか、あなたの全てを解き放ってください」
リナが背後で静かに、けれど逃げ道を塞ぐように告げた。
ふと見ると、リナの瞳がわずかに熱を帯びている。
彼女はあたしを守ろうとしているはずなのに、その視線は、これから恥辱に染まるあたしの姿を待ち望んでいるかのように粘りついていた。
あたしの周りには、血まみれで期待に震える騎士と、有無を言わさない侍女、そして性格の悪いたぬき。
(まったく、どいつもこいつも……。 あたしがどんな気持ちで、あの恥ずかしい格好になると思ってんのよ!!)
目の前で流れるカイルの血。
リナの期待に満ちた目。
そして、理不尽に踏みにじられるあたしの平穏。
恐怖よりも先に、頭の血管がブチ切れる音がした。
沸騰した感情が、喉の奥から噴き上がる
「ああもう、どいつもこいつも! ふざけんじゃないわよぉぉぉぉぉぉ!!」
その瞬間、あたしの意志とは無関係に、左手のブレスレットから狂ったように、虹色の光が溢れ出した。
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さあいよいよ変身です!
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