16 - 血塗られた静寂、伯爵邸急襲
一方、そんな陰謀が渦巻いていることなど露ほども知らないあたしは、伯爵邸の客室でふかふかのベッドに倒れ込んでいた。
羞恥心と精神的な疲労で、ふかふかの羽毛がかえって落ち着かない。
「……はぁ。これからどうなっちゃうのよ、あたし。あの大司教に『保留』なんて言われてさ……」
窓の外を見れば、月は厚い雲に隠れ、庭は不気味なほどに静まり返っている。
――けれど。
(……静かすぎる。虫の声すら聞こえないなんて……)
ゾワリと、肌を撫でるような冷たい気配がした。
その直後だった。
パリンッ、と。
一階の方で、硬いガラスが割れる音が夜の静寂を切り裂いた。
直後、衛兵たちの短い悲鳴と、肉を断つ嫌な音が響く。
「――スズネ様! 敵襲にございます!」
カイルが部屋のドアを勢いよく開けて飛び込んできた。
その瞳は、あたしを振り返った瞬間、狂信的なまでの期待にぎらりと輝く。
「不浄なる者どもが屋敷に侵入いたしました。……ですがご安心を! 奴らに女神様の力を知らしめてやる、絶好の機会です!」
「……っ! 何言ってんのよ、早く逃げるなり戦うなりしなさいよ!」
あたしがベッドから飛び起きると、枕元のクッションに座っていたアルがゆっくりと伸びをした。
『おや、物騒な歓迎会だね。モテない男たちが、君の寝顔を拝みに来たよ。……どうする、スズネ? 』
(アル! 呑気に何言ってんのよ! 外、すごい数じゃない!)
『逃げ場はなさそうだね。庭も廊下も、ヴォルガスが雇った「プロ」でいっぱいだ。彼らは教会の「保留」を殺しの許可証だと理解している。……君が死んでも、誰も文句は言わない』
アルは前足で顔を洗いながら、さらりと残酷な事実を告げる。
その時、客室の窓が激しく粉砕された。
「――死ね!」
暗闇から飛び込んできた黒装束の男が、容赦なくあたしの喉元へ短剣を突き出す。
「させんッ!」
カイルが割り込み、男の腕を斬り飛ばした。だが、窓からは次々と別の刺客たちが音もなく滑り込んでくる。
「くっ……おのれ、数が多い……!」
カイルの剣が空を切り、死角から放たれた投剣があたしを狙う
それを庇ったカイルの肩に、鋭い刃が深く突き刺さった。
「カイル!?」
「心配無用…………! ぐっ、これしきの傷、スズネ様をお守りできるなら騎士の……誉れ……!」
窓からは次々と影が滑り込み、ドアの向こうからも、刺客たちの軍靴の音が近づいてくる。
このままじゃカイルが死ぬ。
そしてあたしも殺される。
『さあ、どうするスズネ。このまま大人しく死ぬかい? それとも――変身して戦うかい?』
アルが、あたしの顔のすぐ横でもふもふの尻尾を揺らした。
その目は、楽しそうに細められている。
(……っ、あんたに言われなくても、分かってるわよ!!)
「スズネ様、準備を。……この不浄なる闇を払えるのは、降臨なされる女神様の光のみです。どうか、あなたの全てを解き放ってください」
リナが背後で静かに、けれど逃げ道を塞ぐように告げた。
ふと見ると、リナの瞳がわずかに熱を帯びている。彼女はあたしを守ろうとしているはずなのに、その視線は、これから恥辱に染まるあたしの姿を待ち望んでいるかのように粘りついていた。
あたしの周りには、血まみれで期待に震える騎士と、有無を言わさない侍女、そして性格の悪いたぬき。
……っ、どいつもこいつも!
あたしがどんな気持ちで、あの恥ずかしい格好になると思ってんのよ!
怒りと、恥ずかしさと、目の前で流れる血への恐怖。
それらが混ざり合ったあたしの怒髪天を衝く絶叫が、夜の屋敷を震わせた。
「ああもう、どいつもこいつも! ふざけんじゃないわよぉぉぉぉぉぉ!!」
その瞬間、あたしの意志とは無関係に、左手のブレスレットから暴力的なまでの「キラキラ」が溢れ出した。




