神の名を借りた見殺し
「――静まれい! 愚かなる羊たちよ!」
大司教の声は、怒鳴り声ではなかった。
それなのに、広場の空気を一瞬で凍らせる、冷たい刃みたいな響きだった。
熱狂していた民衆が、我に返ったように静まり返り、あたしの足元に跪いていた人たちも、恐る恐る顔を上げた。
そして、大司教はゆっくりと一歩前に出た。
「確かに……今、目の前で奇跡が起きたように見えた。 呪われた魔導錫が浄化されたことも、事実であろう」
その視線が、じっとあたしを射抜く。
「だが――」
その一言で、胸が嫌な予感に締め付けられた。
「教会は、奇跡そのものを否定はせぬ。 しかし、その在り方をこそ、問うているのだ。 先ほどの力……あれは聖典に記された、いかなる聖女の御業とも一致しない」
ざわざわ、と小さく群衆が揺れる。
「聖女とは、女神の意志を代行する存在。 己の感情を、羞恥や衝動を、あれほど前面に押し出すことはない」
(……うるさいなぁ! あたしがどんな気持ちで、あの恥ずかしい変身をしたと思ってんのよ!!)
人前であんなヒラヒラの衣装を着て、愛だの光だの叫んでしまった苦痛。
あんたみたいなジジイにわかるわけないでしょ!
「つまりだ。 貴女は『異端』だ。聖女か否かを、教会が即断することはできぬ。 ゆえに、今回の件については――保留とする」
周囲にどよめきが走る。
「教会は、貴女を聖女とも、魔女とも、現時点では断じない。 だが同時に、教会の名のもとで貴女を庇護することも認めぬ」
「……つまり。 どういうこと??」
あたしが呆然と呟くと、隣にいたリナが、感情の読めない冷徹な横顔で口を開いた。
「簡単に言えば、神の名を借りた見殺しですわ。 教会はあなたを公認しない代わりに、責任も持たない。 もしこの場で誰かがあなたを殺したとしても教会は、正体不明の異端者が自業自得で死んだだけだと切り捨てることができる……。 大司教らしい、実に反吐の出るようなやり口です」
『へぇー、あの爺さん、なかなかの策士だねぇ』
アルの呑気な声が響いた。
(策士とか言ってる場合じゃないでしょ! 殺されるかもしれないってリナが……!)
『まぁ落ち着きなよ、スズネ。 むしろ好都合じゃない? 教会に縛られないってことは、やりたい放題できるってことだよ』
アルが前足で示した先では、ヴォルガスが口角を歪めていた。
獲物を見つけた毒蛇のような、ねっとりとした冷たい目でこちらを見つめている。
『ほら見てよ、あの顔。 どう見ても「今夜は暗殺日和!」って顔だよ』
アルは横でニヤニヤしながら、ヴォルガスの方に顔を向ける。
(笑い事じゃないわよ……! 守ってくれないなら、あたしこれからどうすればいいのよ!)
『決まってるじゃないか。 守られないなら、守る必要がないくらい敵をボコボコにすればいいんだよ。 なんてったって君は魔法少女なんだから』
(ええぇ……!? あたし、また変身するの??)
あたしの悲痛な叫びを無視して、大司教は冷たく背を向けた。
その背中は、あたしという存在を拒絶した、冷酷な死の宣告そのものだった。
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