13 - 信仰が生まれた日
……はぁ!? 今、あたしなんて言った!?
自分の口から飛び出した、砂糖を吐くような甘ったるい単語の羅列に、脳が理解を拒絶してショートする。
叫ぼうとしたのは、間違いなくドス黒い罵声だった。なのに、ステッキの先から放たれた光と混ざり合い、とんでもない現象を引き起こしていた。
……そうだ。忘れてた。アルが言ってたっけ……
この姿(魔法少女)になっている間、あたしの「本音」や「汚い言葉」はすべて、魔法少女にふさわしい「キラキラした言葉」に強制変換されてしまうのだ。
あたしが「消えろバカ!」と叫べば「ピュリフィケイション(浄化)!」と響き、「ぶっ殺す!」と叫べば「ラブラブ・フラッシュ!」に化ける。
あたしの意志なんて1ミリも尊重されない、最悪の翻訳システム。
「あ、ああ……。なんてことだ……」
誰かの震える声が聞こえた。
あたしがヤケクソで振り抜いたステッキから放たれたのは、濁りのない純白の光。
それが「死のカーテン」とまで言われた呪いの霧を、まるで春風が雪を溶かすみたいに、一瞬で、跡形もなく消し去っていく。
どす黒かった魔導錫の原石は、今や広場の誰よりも気高く、銀色の輝きを放ちながら鎮座していた。
広場を支配していたのは、完全なる沈黙。
そして次の瞬間、鼓膜が破れんばかりの歓声が爆発した。
「聖女様! 万歳! 聖女様万歳!!」
「マホウ・ショウジョ……! なんて慈悲深く、なんて強大な御名だ!!」
熱狂。崇拝。そして狂乱が、広場を飲み込んだ。
熱狂が渦巻く中、パサリと光の粒子が弾けた。
あれほど派手だったフリルも、リボンも、手にしたステッキも、霧が晴れるように一瞬で消え去る。
あたしの体は、さっきまで身に付けていた法衣へ戻っていた。
「……ふぅ、はぁぁぁぁぁぁ!! 死ぬかと思ったぁぁ!!」
肺に溜まっていた羞恥心と緊張をすべて吐き出すように、あたしは叫んだ。
ようやく戻った、いつもの感覚。
……けれど、広場を支配していたのは、あたしの予想とは正反対の「重苦しいほどの感動」だった。
「おおお……ご覧あれ……! あのような神々しいお姿を維持するのは、やはり命を削るほどの代償が必要だったのだ……!」
「見てみろ、あのお方の消耗を! 我らのために、身を削ってまで光を放ってくださったのだ……!」
ざわり、と群衆が波打つ。
地味な法衣に戻り、肩で息をするあたしの姿は、彼らの目には「力を使い果たしてボロボロになった聖女」として、より一層尊く映ってしまったらしい。
「……聖女様。不詳カイル、この命に代えても、貴女という光をお守りいたします」
カイルが慌てて駆け寄り、よろめいたあたしの肩を支えた。
その瞳には、今までに見たこともないような、盲目的で熱烈な敬愛の色が宿っている。
「ありがとう、カイルさん……」
あたしは肩を支えてくれたことに、素直に感謝を口にした
……けれど、その瞬間。
カイルの体がビクッと震え、彼はなぜかその場にガバッと膝をついてしまった。
「お、お言葉ですが、聖女様……! 私のような若造を『さん』付けで呼ぶのはおやめください!」
「えっ? いや、普通にお礼を言っただけなんだけど」
「いいえ! 貴女は今や、この街の絶望を切り裂いた至高の光。私のような、ただの護衛騎士に敬称など……もったいないどころか、もはや私の騎士道に対する最大の刑罰にございます!」
……な、なにその極論。お礼を言っただけで刑罰ってどういうこと!?
この世界、感情の振れ幅が極端すぎない!?
「どうか、ただの『カイル』と。呼び捨てにして、私を貴女の駒として、あるいは剣として使い潰していただきたいのです。……それこそが、私の魂の救いとなるのですから!」
「……え、あ。はい」
極端な論理を振りかざすカイルに引き気味のあたしだったが、ふと、隣に立つリナが静かに口を開いた。
彼女はいつものクールな無表情のまま、けれどその底知れない瞳であたしをじっと見つめている。
「……スズネ様。カイル様の言う通りです。過度な礼節は、時に救われた側にとっての『拒絶』となります」
「え、リナさんまで……?」
「スズネ様!」
リナの口調が、鋭く、強くなる。
感情を剥き出しにしない彼女が、珍しく「命令」に近い響きであたしを呼んだ。
その氷のような眼差しには、言い訳を許さない不思議な力が宿っている。
「......わかったよ、リナ」
あたしはついに、両手を上げて降参した。
この場を丸く収めるには、彼女たちの望む「主」として振る舞うしかない。
羞恥心で顔が燃えるように熱いけれど、あたしは意を決して、跪く騎士の目を見据えた。
「……カイル。……いいから、とりあえず立ってくれる?いつまで膝ついてんのよ....」
「――っ! おお……ありがとうございます、我が聖女様……!」
名前を呼ばれた瞬間、カイルはまるで雷に打たれたような衝撃を受けた後、見たこともないような晴れやかな笑顔で立ち上がった。
その瞳には、もはや一騎士の敬意を超えた、女神を仰ぐような狂信的なまでの輝きが宿っている。
……なんなの、その『魂の救済を受けた』みたいな顔! あたし、ただ名前呼んだだけなんですけど!
周囲の群衆は、そのやり取りを「絆を結んだ聖女と騎士の誓い」として捉え、割れんばかりの拍手を送っている。
「――静まれい! 愚かなる羊たちよ!」
割れんばかりの歓声が、一瞬で凍りつく。
そこには顔を青筋が浮き出るほど激昂させた大司教が、あたしを睨みつけるかのように立っていた。




