12 - 羞恥と浄化のハッピーシャイニング
広場の中央に据えられた、どす黒い魔導錫の原石。
そこから漏れ出す呪いの霧は、まるで死のカーテンのように街の空気を腐らせていた。
領民たちは怯え、ヴォルガスは勝ち誇ったように笑っている。
……やるしかない。ここで逃げたら、あの女の子や、あたしを信じてくれた人たちはどうなる?
あたしは震える手で杖を握りしめた。
中身はただの女子高生だ。聖女なんて柄じゃない
でも、今のあたしには「これ」しかない。
アルの言葉が脳裏をよぎる。
「君が幼いときに憧れ夢見た魔法少女をイメージするんだ」。
……魔法少女。あんな恥ずかしいポーズ、人前でやるの? 本気で? 冗談じゃないわよ。でも、でも……!
一度目を閉じれば、脳裏に浮かぶのは、かつてボロボロになるまで読み返した絵本や、テレビにかじりついて見ていたあのアニメのヒロイン。
「恥ずかしい」という自意識と、「助けなきゃ」という使命感が、胸の中で激しく火花を散らす。
ああ、もう! 背に腹は代えられないわよ! 誰にも見ないでほしいけど……全員見てやがれ!!
あたしはヤケクソで、心の底に眠る「理想」を全力で呼び覚ました。
「変身っ!!」
叫んだ瞬間、あたしの体が眩いピンクの光に包み込まれた。
視界が真っ白になり、体がふわりと宙に浮く感覚。
(う、動く! 体が勝手に……!? ちょ、待って、足が勝手にステップ踏んでる!)
光の中で、法衣が粒子となって弾け飛ぶ。
代わりに、淡いピンクのフリルが幾重にも重なり合い、腰には巨大なリボンが結ばれる。
手足には白いレースのグローブとブーツ。
そして、あたしの意志とは無関係に、幾層にも重なった淡いピンクのプリーツスカートが、まるでお花が咲くようにふわりと広がった。
その裾には贅沢なまでの白いレースが縁取られ、動くたびにキラキラと魔法の粉のような光を撒き散らしている。
最後に、眩い光の粒子が集束し、まるで最初からそこにあったかのように、あたしの右手に「星の意匠が施された魔法のステッキ」が握られていた。
光が弾け、あたしは広場のど真ん中で、これ以上ないほど「完璧な魔法少女のポーズ」を決めて着地した。
「胸に勇気のエンブレム、瞳に不滅のダイヤモンド! 涙を笑顔に変える魔法を、あなたに――魔法少女サクラ、推参!」
言い切った瞬間、あたしの顔面は火が出るほど熱くなった。
うわあああああああ!! 本当に言っちゃった!
昔、何度もテレビで見ながら練習してたあのアニメの口上を、よりによって最後の「推参!」まで全力で!!
恥ずかしい! 死にたい!
今すぐこのまま地割れでも起きて飲み込まれたい!!
静まり返る広場。
その最前列で、一人の男の子が不思議そうに母親の裾を引っぱる声が響いた。
「ねえ、お母さん。『まほう……しょうじょ』ってなーに? 聖女様の魔法、普通のと違うの?」
母親は涙を流しながら、神聖なものを見るような目であたしを仰ぎ見た。
「……見てごらんなさい。あの方の装束は、子供のような無垢さと、悪を許さぬ強い心を象徴しているのよ。『魔法少女』とは、自らの純真さを魔力に変換し、世界を愛で満たす覚悟を持った、究極の求道者の呼び名に違いないわ……!」
合ってる!
魔法少女の定義としては100点満点だけど、今のあたしには死ぬほどキツい!!
お願いお母さん、それ以上あたしを分析しないで!!
そんな感動の渦の中、敵側は別の意味でパニックに陥っていた。
「な、……なんだあの姿は……。ふざけているのか!? いや、それ以上にあの魔力……なんだこの密度は! 空間が震えていやがる!」
ヴォルガスは顔を真っ青にして後退り、その額からは滝のような汗が流れている。
ふと、ヴォルガスの隣に立つ大司教と目が合った。
彼は、泣き叫ぶ領民たちとは正反対に、冷徹なまでの無表情であたしを凝視していた。
その目はあたしを救世主として敬うものではなく、正体の知れない気味の悪い「何か」を検分するような、審問官の鋭い視線。
あまりの冷たさに、背筋にツッと嫌な汗が流れる。
(……な、なに。あの大司教、なんであんなにこっちを睨んでるの? あたし、何かまずいことした……!?)
あたしの動揺を見透かしたように、脳内でアルがくっくっと喉を鳴らした。
『気づいたかい? あの大司教はね、「自分の理解できない力」がこの世に存在することが許せないのさ。教会が何百年もかけて築き上げた権威を、ポッと出のフリフリ娘が、たった数秒の「奇跡」で塗り替えてしまったんだからね』
(……権威? そんなの、あたしが頼んだわけじゃないのに!)
『彼にとって、君の光は「救い」じゃない。自分たちの立場を脅かす「未知の脅威」だ。……気をつけなよ、鈴音。敬虔な信者ほど、自分の神様以外の奇跡を見せる存在を「魔女」と呼びたがるものだ』
アルの不吉な囁きに背筋が凍る。
あたしは半泣きになりながら、どす黒い塊と、絶望に染まり始めたヴォルガスのクソ面に向けて、溜まりに溜まった怒りを叫んだ。
「こんな呪いなんて、さっさと消えちゃえバカぁぁぁ!!」




