羞恥と浄化のハッピーシャイニング
広場の中央に据えられた、どす黒い魔導錫の原石。
そこから漏れ出す呪いの霧。
見ているだけで肌がピリピリするような、ヘドロみたいな悪意が、街の空気を汚染していた。
領民たちは怯え、ヴォルガスは勝ち誇ったように笑っている。
(……やるしかない)
ここで逃げたら、あの女の子や、あたしを信じてくれた人たちはどうなる?
あたしは震える手で杖を握りしめた。
中身はただの女子高生だ。聖女なんて柄じゃない
でも、今のあたしにはこれしかない。
アルの『君が幼いときに憧れ夢見た魔法少女をイメージするんだ』という言葉が脳裏をよぎる。
……魔法少女。
あんな恥ずかしい格好を人前でやるの?
本気で?
冗談じゃないわよ。
でも、でも……!
一度目を閉じれば、脳裏に浮かぶのは、かつてボロボロになるまで読み返した絵本や、テレビにかじりついて見ていたあのアニメのヒロイン。
恥ずかしいという自意識と、助けなきゃという使命感が、胸の中で激しく火花を散らす。
(ああ、もう! 背に腹は代えられない! 誰も見ないでほしいけど……全員見てやがれ!!)
あたしはヤケクソで、心の底に眠る理想を全力で呼び覚ました。
「変身っ!!」
叫んだ瞬間、あたしの体が眩いピンクの光に包み込まれた。
視界が真っ白になり、体がふわりと宙に浮く感覚。
(う、動く! 体が勝手に……!? ちょ、待って、足が勝手にステップ踏んでる!)
光の中で、法衣が無数の桜の花びらのように弾け飛ぶ。
代わりに現れたのは、淡いピンクのフリル。
それが生き物みたいに重なり合い、腰には信じられないくらい大きなリボンがギュッ!と音を立てて巻き付く。
手足は、白いレースのグローブとブーツに勝手に包み込まれていく。
仕上げとばかりに、幾層にも重なったピンクのスカートが、一輪の桜が満開になるように、ふわりと広がる。
裾のレースは、動くたびにキラキラした光を撒き散らしている。
そして、舞い散る光の花弁が右手に集まる。
星が瞬くような輝きのあと、ズシリとした重みと共に。まるで最初からそこにあったみたいに、あたしの手にはファンシー極まりない魔法のステッキが勝手に握らされていた。
光が弾け、あたしは広場のど真ん中で、これ以上ないほど、完璧な魔法少女のポーズを決めて着地した。
「胸に勇気のエンブレム、瞳に不滅のダイヤモンド! 涙を笑顔に変える魔法を、あなたに――魔法少女サクラ、推参!」
言い切った瞬間、あたしの顔面は火が出るほど熱くなった。
(うわあああああああ!! 本当に言っちゃった!)
昔、何度もテレビで見ながら練習してたあのアニメの口上を、よりによって最後の「推参!」まで全力で!!
恥ずかしい!死にたい!
今すぐこのまま地割れでも起きて飲み込まれたい!!
静まり返る広場。
その最前列で、一人の男の子が不思議そうに母親の裾を引っぱる声が響いた。
「ねえ、お母さん。まほう……しょうじょってなーに?聖女様の魔法、普通のと違うの?」
母親は涙を流しながら、神聖なものを見るような目であたしを仰ぎ見た。
「……見てごらんなさい。 あの方の装束は、子供のような無垢さと、悪を許さぬ強い心を象徴しているのよ。 魔法少女とは、自らの純真さを魔力に変換し、世界を愛で満たす覚悟を持った、究極の求道者の呼び名に違いないわ……!」
(合ってる! ……合ってるけども!!)
魔法少女の定義としては100点満点!
だけど、今のあたしには死ぬほどキツい。
(お願いお母さん……、それ以上あたしを分析するのはやめて!!)
こういうのを死体蹴りって言うんだよ!
そんな感動の渦の中、敵側は別の意味でパニックに陥っていた。
「な、……なんだあの姿は……。 ふざけているのか!? いや、それ以上にあの魔力……なんだこの密度は!空間が震えていやがる!」
ヴォルガスは顔を真っ青にして後退り、その額からは滝のような汗が流れている。
ふと、ヴォルガスの隣に立つ大司教と目が合った。
彼は、泣き叫ぶ領民たちとは正反対に、冷徹なまでの無表情であたしを凝視していた。
その目はあたしを救世主として敬うものではなく、正体の知れない気味の悪い、異物を検分するような、冷たく値踏みするような鋭い視線。
あまりの冷たさに、背筋にツッと嫌な汗が流れる。
(……な、なに。 あの大司教、なんであんなにこっちをにらんでるの? あたし、何かまずいことした……!?)
あたしの動揺を見透かしたように、脳内でアルが「くっくっ」と喉を鳴らした。
『気づいたかい? あの大司教はね、自分の理解できない力がこの世に存在することが許せないのさ。 教会が何百年もかけて築き上げた権威を、ポッと出のフリフリ娘が、たった数秒の奇跡で塗り替えてしまったんだからね』
(……権威? そんなの、あたしが頼んだわけじゃないのに!)
『彼にとって、君の光は救いじゃない。 自分たちの立場を脅かす未知の脅威だ。 ……気をつけなよ、スズネ。 敬虔な信者ほど、自分の神様以外の奇跡を見せる存在を魔女と呼びたがるものだ』
アルの不吉な囁きに背筋が凍る。
あたしは半泣きになりながら、どす黒い塊と、絶望に染まり始めたヴォルガスのクソ面に向けて、溜まりに溜まった怒りを叫んだ。
「こんな呪いなんて、さっさと消えやがれぇえええ!!」
第12話をお読みいただき、ありがとうございます。
ちょっとふざけ過ぎちゃいましたが、
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