偽りの聖女と、束の間の陽だまり
「大司教が到着するまで、数日の猶予がある。英気を養ってほしい」
そう伯爵に言われ、あたしはアルを連れて城下町へと繰り出した――のだけれど。
「スズネ様! 右前方に段差がございます、ご注意を! さあ、このカイルが露払いを務めますゆえ、安心してお歩きください!」
「…………」
鎧をガチャガチャいわせながら、大声を張り上げて先導するのは騎士カイルだ。
アルに叩きのめされた後、彼は「聖獣様を従える聖女様こそ我が主」とでも言わんばかりに、過剰な護衛を申し出てきた。
正直、目立ちすぎて死にたい……。
「お疲れのようですわね、聖女様。 カイル様は少々……いえ、かなり頭に血が上りやすいお方ですから。 不快でしたら、私がいつでも黙らせますが?」
あたしの斜め後ろから、音もなくついてくるのはリナだ。
案内役としてついてくるリナだけど、その微笑みが妙に怖い。
なんていうか……檻の中の猛獣を観察する研究者みたいな、ヤバい光が目に見え隠れしてるんですけど。
そんな奇妙な一行だったけれど、城下町の人々はあたしたちを熱烈に歓迎してくれた。
「おや、そこのお嬢ちゃん……いや、聖女様! お噂は聞いておりますよ!」
屋台のおばちゃんが、焼きたての串焼きを三本、あたしに差し出してきた。
「あ、ありがとうございます……。 でも、お金……」
「いいんだよ! 聖女様が来てから、街の空気が明るくなったんだ。 あんたが鉱山を救ってくれたら、また景気も戻る。 これはお布施だよ、お布施!」
おばちゃんだけじゃない。
果物屋の親父さんも、パン屋の若旦那も、みんなが笑顔であたしに食べ物や花を差し出してくれる。
カイルは「聖女様への献上物か、感銘に値する!」と勝手に感動しているし、リナは「民衆の期待というのは、時に毒にもなりますのに」と小さく毒づいている。
ふと、一人の小さな女の子があたしの服の裾を引いた。
「ねえ……おねえちゃん、ほんとうに、パパのお仕事なおしてくれるの?」
女の子の澄んだ瞳を見て、あたしは胸が締め付けられるような思いがした。
ただの女子高生で、中身は魔法少女で、今は偽物かもしれない……。
でも、あたしにすがるこの温かい手は、間違いなく本物だ。
(……やるしかない。 この子のためにも、あたしを信じてくれるみんなのためにも)
あたしは女の子の目線に合わせてしゃがみ込み、彼女の手を優しく握った。
「うん。約束するよ。 お姉ちゃん、全力で頑張るからね」
……もし、できなかったら?
その考えが一瞬よぎって、あたしは慌てて首を振った。
(ねえ、アル。あたし、頑張るよ。 浄化を成功させて、この街の人たちを安心させてあげたい)
決意を込めて呟くと、アルは少し不思議そうな顔であたしを見上げた。
『……へぇ。 いい顔をするようになったじゃないか。 でも忘れないでよ、スズネ。 強すぎる思いは時として誰かを傷つけることもあるということをね』
(はいはい……)
あたしは、アルの言葉を振り払うように立ち上がる。
そして、カイルが差し出してきた過剰なまでの護衛の手に苦笑いし、リナの冷ややかな、けれどどこか見守るような視線を受け止めた。
夕暮れに染まる坂道を、あたしは力強く歩き出す。
数日後にやってくるというヴォルガスや大司教に、負けてたまるか。
あたしを信じて笑ってくれたみんなを、あたしの力で、絶対に幸せにしてみせる。
オレンジ色に燃える空に向かって、あたしは心の中で何度も、自分に言い聞かせるように誓った。
あたしは、もらったリンゴの重みを感じながら、決意を胸に屋敷へと戻る坂道を歩き出した。
第10話をお読みいただき、ありがとうございます。
次はいよいよ子爵と大司教とのご対面です。
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