第16話 数字の裏側
週次報告の提出日だった。
役所の応接室に、セルグ・ヴァルドールは静かに座っている。
その前に置かれたのは、いつもより薄い書類の束だった。
「……量が減りましたね」
最初に、そう言われた。
「はい」
レイは、淡々と答える。
「重複を整理しました」
「中央は、詳細を好みます」
「現場は、判断を好みます」
一瞬、空気が止まった。
セルグは怒らない。
表情も変えない。
ただ、視線だけが鋭くなる。
「説明してください」
「今回から、
判断は各担当に委ねています」
セルグの眉が、わずかに動いた。
「属人化の解消、ですか」
「はい」
「それで、数字が落ちる可能性は?」
「あります」
即答だった。
セルグは、初めて顔を上げた。
「それを、承知で?」
「承知の上です」
セルグは、ゆっくりと書類をめくる。
水路復旧率。
倉庫回転率。
作付け準備指数。
――すべて、微増。
劇的ではない。
だが、確実だ。
「……安定していますね」
「判断が止まらなくなりました」
レイは、数字の一行を指で示す。
「再建官の不在時間帯でも、
進捗が落ちていません」
セルグは、その行を見つめる。
「あなたがいなくても、回る」
「はい」
言葉に、余計な感情は乗せない。
セルグは、ペンを置いた。
「評価基準では、
“再現性が高い”と見なせます」
その言葉に、
レイは内心で息を吐いた。
だが、終わりではない。
「もう一つ」
レイは、追加の紙を一枚、差し出した。
「これは、数値に含めていません」
「……何ですか」
「現場記録です」
セルグが、目を通す。
短い文が、いくつも並んでいる。
・判断理由
・迷った点
・やらなかった選択
「……これは」
「失敗しなかった理由です」
セルグの指が、止まった。
「数字は、結果しか見ません」
レイは続ける。
「でも、
再建を続けるなら、
“選ばなかった理由”が残らないと、
次に同じ失敗をします」
セルグは、すぐに反論しなかった。
それ自体が、珍しい。
「これは、評価項目ではない」
「承知しています」
「では、なぜ出した」
レイは、少しだけ間を置いた。
「判断が、個人の感覚ではなく、
共有された思考になっている証拠だからです」
セルグは、書類を閉じた。
しばらく、沈黙。
やがて、低い声で言った。
「……理想的です」
その言葉に、驚きはなかった。
だが、続く言葉は予想外だった。
「だが、中央は
ここまでを見る余裕がない」
「分かっています」
「数字だけを見れば、
あなたは“平均的な再建官”だ」
それでもいい。
レイは、そう思った。
「ですが」
セルグは、視線を上げた。
「崩れません」
短い一言だった。
「急な異動があっても、
事故が起きても、
この形なら、戻せる」
セルグは、初めて小さく息を吐いた。
「……あなたは、
私の想定より、ずっと厄介だ」
褒め言葉だった。
会談が終わり、
セルグが部屋を出た後。
ダルクが、外で待っていた。
「どうだった」
「数字は、通りました」
「それで?」
レイは、少しだけ笑った。
「中身は、まだ分かってもらえません」
ダルクは、鼻で笑う。
「十分だ」
外に出ると、
水路の方から笑い声が聞こえた。
判断を巡って、言い合いをしている。
だが、怒号はない。
止まってもいない。
レイは、その光景をしばらく見ていた。
数字の裏側には、
人の判断がある。
それが見える限り、
この領地は、壊れない。
――そう、確信できた。
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