第14話 信頼が裏切られる日
中央監査官の到着は、予告より一日早かった。
朝、役所の前に馬車が止まり、
整った制服の一団が降りてくる。
現場は、即座に止まった。
水路の修繕。
倉庫の整理。
畑の整地。
すべて「調査が終わるまで待て」という名目で。
誰も怒鳴らない。
誰も殴らない。
だが、誰も動けない。
レイは、役所の応接室で報告書を読み返していた。
誤魔化しはない。
嘘もない。
それでも、胸の奥に不安が広がる。
――正しいことだけで、足りるだろうか。
一方、同じ頃。
行政都市の一室で、
セルグ・ヴァルドールは書類を整えていた。
そこへ、マルコス子爵が入ってくる。
「監査の前倒し、助かりました」
子爵の声は穏やかだ。
「助けたつもりはありません」
セルグは、淡々と答える。
「不安定な再建は、
早めに是正すべきだと判断しただけです」
「彼は、優秀ですよ」
「ええ」
セルグは頷いた。
「だからこそ、危うい」
マルコスは、興味深そうに眉を上げる。
「危うい、とは?」
「現場に入り込みすぎています」
セルグは、迷いなく言った。
「個人の信頼に依存した再建は、
属人化の温床です」
「……それは」
「正しくありませんか?」
子爵は、口を閉ざした。
セルグは続ける。
「彼が倒れたら、全てが止まる」
「それは、再建とは呼べない」
マルコスは、静かに笑った。
「だから、切ると」
「切るのではありません」
セルグは顔を上げた。
「型にはめる」
「彼自身のためにも」
沈黙。
どちらも、自分が悪だとは思っていない。
昼過ぎ、広場に人が集められた。
監査官が、淡々と告げる。
「現時点での再建は、
再建官個人の裁量に依存しすぎています」
ざわり、と空気が揺れる。
「よって、一部作業を停止し、
体制の見直しを――」
「待ってください」
声を上げたのは、ダルクだった。
監査官が、驚いたように彼を見る。
「水路は、あの人がいなくても流れています」
ダルクは、震えない声で言った。
「判断は、現場で回るようになった」
「それは、あなたの主観です」
監査官が言う。
その時、別の声が重なった。
「違います」
倉庫番の男だった。
「決めていい範囲を、
最初にあの人が決めたんです」
さらに、女が一人、前に出る。
「殴られなくなっただけじゃない」
「考えていいって、言われた」
監査官が、言葉を探す。
セルグが、静かに前に出た。
「感情論です」
その一言で、空気が凍る。
だが、もう一人、声が上がった。
「感情じゃない」
子どもを連れた母親だった。
「今年、畑に水が来た」
「それは、数字です」
一瞬の沈黙。
セルグの視線が、わずかに揺れた。
レイは、その光景を、少し離れた場所で見ていた。
――守られている。
そう気づいた瞬間、
胸の奥で、何かが音を立てて崩れた。
今まで、自分が前に立っていると思っていた。
だが違う。
立たされていたのは、
“信頼そのもの”だった。
その夜。
監査は、継続となった。
作業停止も、一部解除された。
完全な勝利ではない。
むしろ、状況は厳しい。
だが。
ダルクが、レイの隣に立つ。
「……あんた、気づいてなかっただろ」
「ええ」
正直に答えた。
「もう、一人じゃない」
レイは、深く息を吸った。
信頼は、裏切られた。
だが同時に、
信頼は、別の場所で形になっていた。
それを失わないために、
次にやるべきことは――
もう、はっきりしている。
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