第13話 助け舟の罠
昼過ぎ、役所に使者が来た。
整った服装。
丁寧な物腰。
そして、名刺代わりの紋章。
「マルコス子爵家より参りました」
隣接領地の名だ。
応接室に通すと、ほどなく本人が現れた。
背筋の伸びた中年の男。
表情は柔らかく、どこにも棘がない。
「再建官殿。
噂は、よく耳にしています」
穏やかな声だった。
「恐怖で縛られていた領地を、
ここまで落ち着かせたと」
褒め言葉。
だが、セルグのそれとは質が違う。
この男は、現場を褒めない。
結果だけを褒める。
「ご苦労も多いでしょう」
マルコス子爵は、自然な仕草で腰掛けた。
「特に、人手と資金」
来たな、と思った。
「正直に言いましょう」
子爵は、声を落とした。
「この規模の再建を、
中央の支援だけで回すのは無理があります」
正論だ。
「そこで、提案があります」
子爵は、指を一本立てた。
「我が領から、
経験ある管理者と職人を数名派遣しましょう」
耳障りのいい言葉だ。
「資金も、当面はこちらで立て替えます」
レイは、黙って聞いた。
条件は、まだ出ていない。
それが一番、危険だ。
「もちろん、無償とは言いません」
来た。
「成果が出た際には、
次の交易契約を、優先的に我が領と」
「……それだけですか」
子爵は、微笑んだ。
「ええ、それだけです」
だが、視線は一瞬、泳いだ。
レイは、静かに問い返す。
「成果の定義は」
「数字です」
即答だった。
「中央が評価する形で」
つまり。
・人材は借り物
・金も借り物
・成果は、子爵の顔を立てる形
失敗すれば、
「無能な再建官が支援を無駄にした」
成功すれば、
「子爵の手腕で立て直した」
どちらに転んでも、主導権は渡る。
「ありがたい話です」
レイは、正直にそう言った。
子爵の顔が、少しだけ明るくなる。
「ですが」
レイは、続けた。
「今回は、お受けできません」
空気が、止まった。
「理由を、お聞かせ願えますか」
声は変わらない。
だが、温度が下がった。
「現場が、混乱します」
レイは、簡潔に言った。
「今は、
“自分たちで直す”段階にあります」
「それは、理想論です」
子爵は、即座に切り返す。
「理想は、
余裕がある時に語るものだ」
「承知しています」
レイは、目を逸らさない。
「ですが、
外から来た人間が判断を握れば、
また同じ構図になります」
子爵の口元が、ほんのわずかに歪んだ。
「再建官殿」
低い声。
「私は、あなたを助けたいだけだ」
「助けは、条件付きでは受けられません」
一拍。
「……そうですか」
子爵は、立ち上がった。
「では、この話はなかったことに」
丁寧な一礼。
そして、静かに去っていく。
ドアが閉まった瞬間、
胸の奥が、ずしりと重くなった。
――やってしまったか。
だが、後悔はない。
夕方、セルグから使者が来た。
「中央監査の予定が、前倒しになります」
嫌な予感が、的中する。
「理由は?」
「匿名の指摘がありました」
匿名。
その言葉だけで、十分だった。
夜、ダルクに報告すると、
彼は短く笑った。
「早いな」
「……ええ」
「だが、避けられん道だ」
水路の方を見る。
人は、まだ動いている。
何も知らずに。
レイは、拳を握った。
助け舟は、
必ずしも、岸へ向かっているとは限らない。
漕げば漕ぐほど、
深みに連れていかれることもある。
「……ここからが、本番ですね」
ダルクは、静かに頷いた。
「だな」
夜風が、冷たかった。
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