第12話 支える側の言葉
水路の作業は、その日も続いていた。
だが、動きは鈍い。
誰も怠けてはいない。
ただ、判断を待つ時間が増えている。
再建官――レイは、それを遠くから見ていた。
役所の前で立ち止まり、
水路の方へ行こうとして、足を止める。
行けば、呼ばれる。
決めなければならない。
だが、今日は――行けなかった。
「……」
自分でも理由が分からないまま、
レイは役所の壁に背を預けた。
そこへ、足音が近づく。
「来ないと思った」
ダルクだった。
木槌を肩にかけ、
いつもより少し、疲れた顔をしている。
「すみません」
反射的に、レイはそう言っていた。
ダルクは、眉をひそめた。
「何を謝ってる」
「現場に……」
「止まってはいない」
短く、だがはっきりと言った。
沈黙が落ちる。
風が吹き、
水路の方から、水の音が聞こえた。
ダルクが、ぽつりと口を開く。
「最近、顔色が悪い」
「そうですか」
「昔、同じ顔をした役人を見た」
レイは、視線を下げた。
「……全部、遅いんです」
気づけば、言葉が零れていた。
「現場も。
報告も。
期待も」
ダルクは、遮らない。
「正しくやろうとすると、
時間が足りない」
レイは、拳を握る。
「数字を出せと言われる。
でも、数字を出すために現場を急かしたら、
前と同じになる」
声が、少しだけ震えた。
「……どこで、折り合いをつければいいか分からない」
ダルクは、しばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと言う。
「折り合いなんて、つけるもんじゃない」
レイが顔を上げる。
「どちらかを、変えるしかない」
「……変える?」
ダルクは、水路の方を顎で示した。
「石積みでも同じだ」
「急げば、崩れる。
だが、全部自分で積もうとしたら、倒れる」
「……」
「だから、昔の親方は言っていた」
ダルクは、少しだけ笑った。
「“積む役”と“見る役”は、分けろ」
その言葉が、胸に落ちる。
「今のあんたは、
全部を積んで、
全部を見ようとしてる」
レイは、息を吐いた。
否定できない。
「任せるのが、怖いんです」
それは、正直な言葉だった。
「任せて、失敗したら」
「責任は、あんたが取る」
ダルクは、即答した。
「それが、再建官だ」
厳しいが、突き放してはいない。
「だがな」
ダルクは、レイをまっすぐ見た。
「全部を背負う役じゃない」
風が止み、
一瞬、静寂が訪れる。
「……誰に、任せればいいでしょうか」
レイの声は、小さかった。
ダルクは、少し考えてから答えた。
「もう、いる」
「え?」
「判断を待ってる連中だ」
レイは、水路の方を見る。
確かに、皆、待っている。
だがそれは、
“考えられない”からではない。
“決めていいか分からない”からだ。
「……俺が、縛ってましたね」
ダルクは、何も言わない。
それが、答えだった。
「まずは、一つだ」
ダルクが続ける。
「判断を任せる場所を、決めろ」
「全部じゃなくていい」
「はい」
レイは、深く頷いた。
胸の奥にあった重たいものが、
少しだけ動いた気がした。
「……ありがとうございます」
そう言うと、
ダルクは照れたように鼻を鳴らした。
「礼はいらん。
あんたが倒れたら、また地獄だ」
その言い方が、妙に優しかった。
レイは、水路の方へ歩き出す。
今度は、
“全部を決めに行く”ためじゃない。
“任せる準備”をするために。
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