第1話 転生即・左遷ですか
怒鳴る上司は、強く見える。
だが実際は、何も任せられないだけだ。
俺は前の人生で、それを嫌というほど見てきた。
そして――
今度は、壊された側の現場を任されることになった。
これは、
怒鳴らず、殴らず、仕組みで人を救おうとした再建の記録だ。
机の角が、やけに冷たかった。
……いや、違う。これは机じゃない。石だ。しかも、寝台の縁だ。硬い。背中が痛い。息を吸うと、どこか薬草の匂いがした。
目を開けると、天井が高い。木目の美しい梁、吊り下げられた銀の灯り。病院でも、会社の仮眠室でもない。
「……は?」
声が出た。自分の声なのに、やけに若い。
身体を起こそうとして、ふらついた。手が見える。肌が白い。指が細い。爪が綺麗すぎる。――こんな手で、あの満員電車の吊り革を握っていたはずがない。
カーテンが開いた。
「目覚めたか、臨時再建官」
低い声。男が一人、部屋に入ってきた。甲冑ではないが、豪奢な外套。首元の徽章。どこかの偉い人だと、見ただけで分かる圧力がある。
その後ろに、無表情の護衛が二人。
「……さいけん……かん?」
言葉が口からこぼれた瞬間、頭の奥がズキンと痛んだ。次の瞬間、洪水みたいに情報が流れ込む。
ここはアルテラ帝国。自分の名前は――レイ・サカモト。貴族の末席、という設定。だが実態は、皇帝直轄の“便利屋”。
そして俺は――死んだ。前世、日本で。
過労で。いや、過労のあと、帰り道で視界が暗くなって、横断歩道で――。
胸の奥が冷えた。思い出したくない。あの瞬間、最後に聞こえたのは上司の声だった。
『明日までに資料まとめろ。無理? じゃあお前の代わり誰がやるんだよ』
代わりなんて、いなかった。俺が潰れたら、次が潰れるだけだ。
「聞こえているか、臨時再建官」
男が、淡々と言った。
「陛下がお呼びだ。謁見の間へ」
謁見。陛下。……うん、状況がでかすぎて、逆に現実感がない。
護衛に促され、俺はふらふらと立ち上がった。鏡を横目で見て、息を呑む。黒髪は同じだが、顔が若い。十年くらい戻ったような――いや、これは別人の器だ。
廊下は広く、石畳が磨かれている。絵画、装飾、すれ違う侍女の視線。みんな俺を知っているようで、知らないようで、距離を測っている。
……会社みたいだな。噂が先に走って、本人は何も知らされない。
大扉が開いた。
眩しいほどの光。赤い絨毯。高い天井。両脇に並ぶ貴族たち。中央、玉座に座る男。白髪、鋭い眼。空気が一段階、重くなった。
「臨時再建官レイ・サカモト、参上いたしました」
護衛が言う。俺も見よう見まねで膝をつく。
皇帝が口を開いた。
「起きよ。……レイ、貴様に任務を与える」
いきなり“貴様”。あ、これ、優しくないタイプの上司だ。
「グラスト辺境伯領。再建期限は一年。成果がなければ、没収。――以上だ」
それだけだった。
質問する空気はない。説明もない。相談など、最初から想定されていない。
……ああ、知ってる。この感じ。
理由を聞いても「決定事項だ」で終わるやつだ。前世で何度も味わった。
「承りました」
俺は反射的にそう答えていた。
正直に言えば、理解が追いついていない。
死んだ。転生した。貴族の末席になっている。
そして今、よく分からないまま「失敗した領地を何とかしろ」と言われている。
現実感が、薄い。
まるで長時間残業のあと、深夜の会議室で聞いている無茶振りみたいだ。
眠い頭で「はい」と言ってしまい、翌朝になってから後悔する――あの感じ。
ざわざわと、周囲の貴族たちが小声で話す。
「一年か」
「持たんな」
「前の再建官も半年で逃げたと聞く」
誰かが笑った。
俺のことではなく、結果が見えている“案件”を嘲る笑いだ。
……まあ、そうだろうな。
俺自身、今の時点では「何をどうするか」なんて、全然見えていない。
ただ一つ、分かっていることがあるとすれば――
ここで「無理です」と言える立場ではない、ということだけだ。
謁見はそれで終わった。
大扉が閉じると、さっきまでの張り詰めた空気が嘘みたいにほどけた。
同時に、身体の力も抜ける。
廊下を歩きながら、俺は自分の手を見つめた。
若い。
前世よりも、ずっと。
「……本当に、転生したんだな」
小さく呟くと、声が石壁に吸われて消えた。
護衛が無言で先を歩く。
この人たちにとっても、俺はただの“使い捨ての再建官”なのだろう。
「明朝、馬車で出発する」
護衛が事務的に告げた。
「グラストは辺境だ。道中、快適とは言えん」
「そうですか」
それ以上、言葉が出なかった。
部屋に戻され、一人になる。
椅子に腰を下ろした瞬間、どっと疲れが押し寄せた。
……早いな。
転生して、まだ半日も経っていない気がするのに。
ベッドに横になり、天井を見る。
頭の中では、前世の記憶が断片的に浮かんでは消えた。
終電。
真っ暗なオフィス。
「お前がやらないなら誰がやる」と言われた会議。
あの時も、考える余裕なんてなかった。
目の前の仕事を片付けることで精一杯で、「どうすれば良くなるか」なんて後回しだった。
……今回も、同じだ。
少なくとも今は。
俺は、グラストがどんな土地かも知らない。
人が残っているのか、どんな問題があるのか、何が壊れているのか。
分かるのは――
「壊れている」という結果だけだ。
「現地を見ないと、何も分からないな」
それは、独り言だった。
前世でも、会議室で百回議論するより、現場を一度見た方が早いことは多かった。
だが、それを許されない職場も多かった。
今回はどうだろう。
答えは、まだない。
翌朝、馬車に揺られながら、俺は窓の外を眺めていた。
帝都の石造りの街並みが、少しずつ遠ざかっていく。
この時間になって、ようやく少しずつ思考が動き始める。
――もし、前の世界と同じやり方をしたら。
怒鳴って、急がせて、無理をさせて、数字だけ合わせて。
……たぶん、同じ結末になる。
根拠はない。
ただ、経験として、そう思う。
「今回は……」
言いかけて、言葉を止めた。
今は、結論を出す必要はない。
出せる材料もない。
まずは見る。
聞く。
壊れているなら、どこが壊れているのかを知る。
それだけでいい。
馬車は、ゆっくりと帝都を離れ、未舗装の道へと入っていった。
この先にあるのは、追放地と呼ばれる領地。
壊れた土地。
壊された人たち。
俺は、深く息を吸った。
少なくとも――
もう一度、何も考えずに潰れるつもりはない。
それだけは、はっきりしていた。
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