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あやかし野合戦  作者: 大沙かんな


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07. 新たな道連れ

 さすがにもう大丈夫だろう。言いつけを守って後ろに控えていた美紗緒と、彼女を護衛していた白銀を呼び寄せた。


「今は大丈夫だけど、血の匂いを嗅ぎつけて別の妖獣が寄ってくるから、気は抜かないでね。」


 言われなくても、川の水は大きな妖獣の流した血で真っ赤に染まり、あたりには血の匂いが充満しているのがわかる。川の流れが速いので、上流側の水は透明なままだけれど、下流側はまったく水の中が見えないほどだった。


「これじゃあ、顔や手を洗ったり、飲んだりするのは無理ですよね。」

「このぐらいなら綺麗なほうだよ? これから獲物を解体するから、まだまだ汚れるし。」


 これで綺麗なほうなら、汚い水というのはどれだけ濁っているのだろうか。美紗緒には想像したくもない世界だ。


「あの、何か手伝うことはありますか?」

「それなら、出来るだけでいいから、周囲の警戒をお願いするよ。」


 解体作業を行っていると、どうしても警戒がおろそかになりがちだ。美紗緒が妖獣を発見できる確率は低いかも知れないけれど、それでもゼロというわけではない。それにこちらが警戒していることは敵にも伝わるので、何もしないでいるのと比べれば、襲われること自体が少なくなる。


「ワニーは足と、あと尻尾の肉が美味しいんだ。」

「ワウッ!」「ワオオン!」


「ああ、わかっているって。肝が一番って言いたいんだろ?」

「ワオンッ!」「ワフンッ!」


 我馬は軽口を叩きながら、仕留めた獲物の処理を始めた。妖獣ワニーは仕留めるのも面倒だったが、仕留めた妖獣ワニーを陸に引っ張り上げ、血抜きをして(さば)くのも面倒な作業だ。


 四匹のワニーの頭を落とし、首を下にして川につけ、腹を裂いて内臓を取り出していく。妖獣は妖気に包まれているからか、肉だけでなく内臓も腐りにくいのだけれど、それでも早めに捌くに越したことは無い。


 黒鉄と白銀が、早くしてくれと、尻尾をぶんぶんと千切れるほどに振って催促してくるけれど、いくら()かされても、一人で巨大な妖獣をそんなに素早くばらすことは出来ない。



「ああもう、しょうがないなぁ。」


 このままだと、警戒心も何もあったものじゃない。牙馬は妖獣の腹の中から赤黒い塊を取り出して、いくつかに切り裂いてから黒鉄と白銀の二匹に差し出した。


「ワフー!」「ハフハフ!」

「よーし、食べろ、食べろ。その代わり、あとでしっかり見張りしてもらうからね?」


 返事もせずに食事に集中している二匹に、我馬も苦笑するしかない。


「ええっと、あれ、何なんですか?」

「妖獣の肝。」


 妖獣の巨体に見合うように、取り出した肝もかなりの大きさだったのだけれど、それは一瞬のうちに二匹の腹の中に消えてしまった。


「ワオーン!」「ワンワン!」

「ああもう、わかっているからっ!」


 二匹は心臓や胃腸などもかなり好物で、いつもなら喜んで食べるのだけれど、今回は大物が四匹もいる、つまり大きな肝がまだまだ出てくるのがわかっているので、他の部位にはまったく手をつけようとしない。


「四つ全部は駄目だぞ、俺と美紗緒の分もあるんだから。」

「ワフン。」「ワン。」


 我馬の言っていることがわかっているのか、わかっていないのか。二匹はキリッと引き締まった真剣な顔をしているが、尻尾はぶんぶん振られたままだ。


「私の分は、黒鉄ちゃんと白銀ちゃんにあげても……」

「それは駄目。」


 牙馬はきっぱりと否定する。


「しっかりちゃんと食べないと。」

「肝はあまり好きではなくて……」


「好き嫌いしていると、大事な時に力が出ないよ?」

「ええええ~! はい……。」


 結局、切れ端をいくつか残しただけで、四つの大きな肝は全部二匹の胃袋に収まることになった。その上二匹は、おやつのように心臓や砂肝を嬉しそうに齧っている。


 運ぶ手間を考えれば、食べられるだけ食べてしまった方が良いとはいえ、これにはさすがに牙馬も呆れてしまった。



 血抜きと内臓の取り出しを終えると、牙馬は妖獣の手足や尻尾を切り取り始めた。背嚢から大きな麻袋を二つ取り出して、その中に切り出した部位を無造作に詰め込んでいく。


「あの、ここで食べるんじゃないんですか?」

「ああ、妖獣が集まり始めているからね。食事は場所を変えてからにしよう。」


 真っ赤に染まっていた川の色は、すでにかなり透明度を取り戻している。それはつまり、それだけ広範囲に血の匂いが広まったということでもある。その匂いに惹かれて、別の妖獣ワニーが近寄ってきている。


「……ちょっとお肉が多すぎて、袋に入りきらないですね。」

「さすがに四匹は多すぎた。勿体ないけど捨てていくしかないね。」

「クゥーン……」「ワフン……」


 こうなることは妖獣と戦い始めた時からわかっていたし、倒さないという選択肢は無かったのだけれど、実際にこうして捨てていく段になったら、やはり勿体ないという思いが湧いてくる。黒鉄と白銀もお腹をポンポコポンに膨らませながら、悲しそうな顔をしている。



 大きな麻袋を振り分けにして肩に担ぎ、歩き出そうとしたところで、低木の茂みがゴソゴソと揺れた。そしてそこから一人の人影が現れて、牙馬たち一行に遠慮がちに声を掛けてきた。


「あの……、あのお肉、捨てていくならボクに分けて貰えないですか?」


 その人影は牙馬と同じように革の鎧を身に着けている。もしかすると妖獣狩りなのかも知れないが、それにしてはかなり若い。というよりもまだ子供のようにしか見えない。


「ああ、構わないよ、どうせ捨てていくだけだから。」

「ありがとうございます、兄貴、恩に着ます!」


 その子供は喜んで、我馬が切り出したまま放置していた肉の塊を、自分の麻袋に仕舞っていく。


「うわ、重たい!」

「持てるだけにしておけよ?」

「ううう……、勿体ないなあ。」


 あまりの重さにひっくり返りそうになった子供は、我馬の注意を受けて、がめつく仕舞い込んだ肉を捨てようとして、でも捨てられなくて袋に戻す。それを何度か繰り返し、結局泣きそうになりながら半分ほどは捨てていくことにしたようだ。


「早くしないと、妖獣が来るぞ?」

「ああ、でも……」


 捨てると決めても心残りがあるのだろう、何度も振り返ってはそれを眺めている。そんな様子を見ていると、よっぽど食べ物に困っているか、それとも困った経験があることが感じ取れた。



「あの、我馬さま、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫って、何が?」


 美紗緒が小声で心配そうに問いかけてくる。


「あの少年です。追手の一味では無いのでしょうか?」

「ああ、あの子は美紗緒と合流する前、山の向こうからずっと隠れてついてきていたから、関係ないだろうね。それと、あの子は少年じゃなくて少女、女の子だよ?」

「えええ? あの子、女の子なんですか?」


 少女は確かにまるで少年のような、というよりか、妖獣狩りのような恰好をしている。よく見ればわかるのかも知れないが、一目ではわからない。それどころかこうしてしっかりと見ていても良くわからないぐらいだ。


「ありゃりゃ、しっかり気配を消していたのに、気づかれていたとは。さすがは兄貴です!」

「何を言っているんだか。時々わざと気配を見せるようにしていたでしょ?」


「うわあ、それも見破られていたとは! やっぱり兄貴です!」

「どうでも良いけれど、その兄貴って言うのは何なの?」


「兄貴は兄貴ですよ、我馬の兄貴! ボク、兄貴を一目みて、兄貴みたいな妖獣狩りになりたくて!」


 牙馬が妖獣や盗賊を楽々狩っているところを見て、追いかけてくることにしたそうだ。声を掛けようかとためらっていたら、美紗緒と合流してしまったので様子を見ていたのだけれど、ワニーの肉が捨てられるのを見て、辛抱溜まらず出てくることにしたらしい。


「ボク、妖獣狩りの見習いで、汐風(シオカゼ)って言います。きっとお役に立ちますから、ボクを一緒に連れて行ってくださいよ、お願いします!」

「俺たちには追手がかかっているから、それほど安全じゃないんだ。それでも良いの?


「昨夜の襲撃は見ていましたし、それはわかった上でのお願いです!」

「それなら別に良いよ。どうせ断ってもついてくるでしょ?」


「はははは、おっしゃる通りです。我馬の兄貴に、美紗緒姉さん、それと黒鉄、白銀ですよね? これからよろしくお願いします!」


 この汐風という少女、牙馬たちの名前もちゃっかりと陰から聞いていたらしい。


 美紗緒は汐風の同行に反対したいようだったけれど、自分も押しかけ同然なので、正面切って反対するわけにもいかず、おろおろするだけだ。


 我馬にしても汐風を完全に信用したわけではない。何かを企んでいるような気もするけれど、気配を殺しながらついて来られるより、すぐそばにいて貰ったほうが警戒だってしやすい。彼女の同行を許可したのは、そんな消極的な理由からだった。


 それに牙馬には、この汐風と名乗る少女をどこかで見たような記憶もあった。


「たしか、風祭一家、だったっけ。」


 牙馬の記憶を手繰るようにして洩らした言葉に、汐風は劇的に反応した。


「兄貴、覚えていてくれたんですね! ボク、大感激です!」

「お、おう。」


 汐風はご機嫌な顔で、足取りも軽く進んでいく。


 我馬は以前に、妖獣に襲われていた旅の曲芸一座を助け、そのまま次の町まで護衛したことがあったが、汐風はその曲芸一座の一員だったようだ。話をするうちにだんだん記憶が戻ってきたが、汐風には確かにあの時の子の面影が強く残っていた。


 あれから曲芸の一座がどうなったのか、興味がないわけではないが、我馬はそれを聞くことはしない。一緒にいないということは、どうせ禄でもないことが起こったに決まっている。わざわざ他人の古傷を引っ掻きまわさない、それが妖獣狩りの流儀なのだ。



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