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あやかし野合戦  作者: 大沙かんな


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04. 追手

 美紗緒(ミサオ)牙馬(ガマ)に言われた通り、伸びをしてしっかり体をほぐすと、道端の倒木に腰を落ち着けた。


 周囲を見わたしてみると、この辺りの道は少し太くなっている。二人が横に並んで戦うには少し狭いが、一人と一匹なら十分な余裕がありそうだ。そして道の両側は切り立った斜面になっており、左右を抜けて後ろに回り込むのはかなり困難だと見受けられる。


 山へ向かう道も、里へ下る道も、どちらもゆるやかに曲がっているが、見通しはそれほど悪くない。これなら妖獣の不意打ちも避けやすいだろう。こうして腰を下ろす倒木もあって、休憩するにはちょうど良い、うってつけの場所だと思える。


 確かにここなら待ち伏せしてもまったく不自然とは思えない、もってこいの場所だった。


「顔は隠すようにね。」

「そうですね、わかりました。」


 良家の子女は人前では顔を見せないものだが、今はそれだけではない。おそらく追手は美紗緒を追ってきているのだから、そんな相手に顔を見られるのは得策ではない。美紗緒は言われた通り、顔を隠すようにさらにローブを深くかぶる。


 山を半ばまで下りたからだろう、風は穏やかになり、突きさすようだった寒さも鳴りを潜めている。鳥や獣の鳴き声もまばらで遠い。冷たく澄んだ空気の中でこうして(たたず)んでいると、何もかもが夢の中のような、幻のような気さえしてくる。


 しかしこれは現実だ。これからここで戦いになるのだ。殺し、殺されることになるかも知れない。それを思うと美紗緒は体が自然と強張ってくるのを感じる。追手の中には知り合いの姿があるかも知れない。昨日まで一緒に笑いあっていた人たちの姿があるかも知れない。美紗緒の心に恐い考えが浮かんでくる。


「休んでいて良いけど、今は眠っちゃだめだよ。」

「私は眠ってなど!」


 牙馬の声で我に返った美紗緒は、抗議するように声をあげた。


「でも、よだれが垂れているよ?」


 我馬が口元を人差し指でトントン叩く。美紗緒はその仕草を見てハッとし、自分の口元をぬぐおうとした。


 あれ? 濡れてない?


「酷い! 騙したのね!」


 お腹に手を当てて、クスクスと小さな声で笑っている牙馬の姿を見て、これは騙されたと悟った美紗緒は頬を大きく膨らませた。


「はははは、悪い、悪い。でも緊張は解けたでしょ?」

「牙馬さまは意地悪です! もう、知りません!」


 まったく今がどういう時なのか、この男は理解しているのだろうか。まだ笑いやまない牙馬を非難するように、口を膨らませたまま睨みつけてやる。


 美紗緒は意識していなかったが、確かに緊張はすっかり解けていた。



 山の方からこちらに向かって歩いてきたのは、侍のような風体をした六人組だった。


 普通の侍と違うところは、全員が覆面で顔を隠していることぐらいだろう。この集団の上役なのか、一人だけ上等な衣服を身に着けており、集団の後ろに控えているのが、松明の灯りのお陰で遠目でも良く見えた。


「おい、女がいるぞ!」

「捕まえて顔を(あらた)めろ!」


 かなり失礼なことを口走りながら、その集団は小走りで牙馬と美紗緒の二人に近づいてくる。


 牙馬はそんな追手の所作を見て、大した腕ではないことを見て取った。犬や馬を連れているわけでもなければ、伏兵を潜ませている様子もない。この程度なら何とでもなりそうだ。


 この下品な態度を見ていると、武士なのかどうかも疑わしい。追手ではなく、本物の盗賊なのかも知れない。


「妖獣狩りの河津(カワヅ)牙馬(ガマ)とその妻だ。こんな真夜中に覆面で登場とは、あまり穏やかではないなあ。」

「この覆面はお役目ゆえのことだ。下衆が口を挟むようなことではない!」


 覆面男の大上段から恫喝するような物言いに、我馬は(あき)れてしまった。真面目に返事をするのも馬鹿らしくなってしまう。


「名乗り返しもしない、覆面での役目なんて、悪事以外に無いでしょうに。夜盗の言うことは理解しがたいね。」

「無礼な、妖獣狩りの分際で!」

「ただでは済まさんぞ!」

「夜盗ごときに無礼呼ばわりされる理由は無いよ。」


 この阿呆どもは、無礼の意味をわかった上で使っているのだろうか。


 ここら辺りの国々ではどこであっても、名乗りに対して名乗り返さない者は盗賊と決まっている。その上しっかり覆面までしているのだから、誰がどう見ても盗賊以外の何物でもない。


 夜盗と言われたことで腹が立ったのだろう、上役と思われる一人を残して、五人は刀に手をかけて我馬の前を塞ごうと、押し合いへし合いを始めた。気の早い者などは、すでに刀の鯉口を切っている。


 しかし、その状況でどうやって刀を抜くのか。仲間ごと斬るつもりなのだろうか。まったくもって度し難い。


 このまま切り捨てても問題ないが、そうするには相手があまりに物知らず過ぎる。下手に恨まれて化けて出られても困るので、しっかりと説明しておいた方が良いだろう。


「知らないみたいだから教えてあげると、こちらが名乗ったら覆面を取って名乗り返すのが礼儀だ。そうしなければ盗賊として斬られることになるよ?」

「黙れ、貴様!」

「我らを愚弄する気か!」


 牙馬の説明に、覆面集団はさらにいきり立つ。



 激昂した集団が刀を抜こうとするが、上役と思われる一人が集団に声をかけてそれを引き留めた。


「まあ待て。まだ抜くな。」

「しかし、弾正様……」

「まずはわしに任せて少し控えておれ。」

「…………はい、失礼いたしました。」


 もしかしたら、少しは話が出来る奴だろうか。牙馬は別に殺人鬼ではないし、誰彼かまわずに殺して回りたいと思っているわけではない。しかし盗賊なら斬らねばならない、それは妖獣狩りとしての正義だ。


「名も顔も明かせぬ無礼はお許しいただきたい。当方は訳あって渚という娘を探しておる。そこの女人の顔検め(かおあらため)をさせていただきたい。」


 その言葉を聞き、牙馬は残念な気持ちになった。言葉は丁寧なように聞こえるが、名乗りもせず覆面のままでは、そこには何の意味もない。牙馬には盗賊の言葉に従ういわれなど無いのだ。


「ほう、無礼と知りつつそれを押し付けるのか、なかなか大した盗賊ぶりだね。どちらにせよ彼女は渚ではなく、俺の妻で美紗緒という。お主らの探している娘ではないな。」


 相手は夜盗に過ぎないが、それでも牙馬は筋だけは通し、美紗緒の名前を告げていく。例え犬猫に劣るような輩であっても、それに合わせてこちらまで落ちることはない。


「その言葉が真実かどうか、顔を検めさせていただく。」

「お断りだ。他人の妻の顔を覗き込もうだなんて、とんでもない痴漢どもが!」

「き、貴様!」

「もう許せん!」


 牙馬は一歩も引く気はない。それを見て取った上役の男が下がると同時に、他の五人が一斉に前に出た。とはいえ細い山道のことだ、同時に相対できるのは多くても二人、それ以上は後ろで控えているしかない。


 先頭の二人が怒りに任せて刀を抜いたが、右手側の一人が抜刀の勢いに押されて道から下に落ちそうになる。それを隙と見た牙馬は大きく踏み込み、一瞬のうちにその男を斬り倒して、それに慌てた左手側の男を返す刀で斬り伏せる。牙馬はさらに大きく踏み込んでいくと、後ろに控えていた一人を袈裟斬りに切り捨てた。


 追手たちがなんとか刀を抜き、戦闘態勢を整える頃には、すでに半数の三人が倒されている。それはあまりにも不甲斐ない有様だった。


「なん……だと!」


 慌てふためいてさらに下がろうとする追手の一人を、我馬は一文字に斬り倒した。後ろは上り坂なのだから、大きく飛び下がるようにしなければ、逃げられるはずがない。


「ひ、ひい、助けて……」

「黒鉄、追え!」


 こちらに背を向けて逃げ出そうとする覆面を背中からばっさりと斬り、手下を後に残して逃げ出していた上役には黒鉄を差し向ける。こいつらは盗賊だ。誰一人として逃がしはしない。


「は、放せ、この畜生め!」


 この山道で人が犬から逃げ切れるわけがない。上役の男は黒鉄に簡単に引き倒され、押さえつけられてしまう。牙馬は男の前に進み、ゆっくりと刀を構える。


「貴様、このわしを誰だと……」

「阿呆か? 名乗りもしなかったのに、知るわけがないだろう?」


 上役の男の首が飛んだ。終わってみれば何のことは無い、あっけないほど簡単な戦いだった。



 まだ息のある者もいたのだが、順番にしっかりと命を奪ってから、斜面の下に放り投げていく。わざわざ死体を埋めることもしないし、ましてや墓地に埋葬などするはずもない。彼らは覆面のまま、盗賊として野垂れ死んで、野生の獣や妖獣の餌になるばかりだ。


 戦闘が始まる前に弾正とかいう名前が聞こえた気もするが、弾正と言えば昔の警察のことだ。盗賊が名乗って良い名前ではない。それがわかれば地獄でゆっくり反省出来るだろう。


「牙馬さま……、何も命まで奪うことは……。」

「ここは町中じゃないよ。盗賊は殺すしかない。」


 これが町役人ならば、手当をしてから縄で縛って牢につなぐのかも知れないが、妖獣狩りの流儀はまったく違う。人里離れた辺境では、犯罪者を捕またところでどうにもならない。斬るしかないのだ。


「し、しかし……」


 牙馬は困ったような顔をして肩をすくめた。


「生かしてどうするの? ここは妖獣の縄張りだ。逃げないと妖獣に生きたまま食われることになるよ。盗賊を手助けしながら逃げるの? それとも命がけで妖獣から盗賊を守るの?」

「それは……でも……」


 美紗緒にだって牙馬の言う事は理解できる。しかし、自分を命がけで妖獣から助け、ここまで背負ってきてくれた優しい男と、敵とはいえ人を簡単に殺す残酷な男、それがどうしても同一人物のことだとは思えなかったのだ。


 この人とこのまま旅を続けていいのだろうか。美紗緒にはわからなくなってしまった。



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