表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あやかし野合戦  作者: 大沙かんな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/6

02. 撃退

 この一進一退の膠着状況を崩したのは、やはり妖獣クマーだった。


 牙馬(ガマ)だけでなく、黒鉄(クロガネ)白銀(シロガネ)も、もしも一対一ならこの妖獣クマーに敵わないだろう。クマーにしてみれば、ただの餌に過ぎない、その程度の相手のはずだった。


 そんな弱者が徒党を組んで邪魔をしてくるなど、このあたりを縄張りとする妖獣にとっては初めての経験である。それはとても許せることではないと、強者である妖獣の自尊心を大いに傷つけた。


 怒りに震える中、我馬がボスだと悟ったのだろう。妖獣は大きな体を震わせ、ひときわ大きな声で唸ると、我馬に狙いをつけて飛びかかったのだ。



 大きな隙を見せたクマーの両方の後ろ足に、黒鉄(クロガネ)白銀(シロガネ)左右から牙を突き立てる。しかし妖獣クマーはそれを顧みることもなく、牙馬(ガマ)に向けて右の前足を振り上げた。


 牙馬は振り下ろされる前足を払うように刀を振ると、同時に後ろに飛びすさった。妖刀の切っ先が妖獣の毛皮を切り裂き、前足の爪が牙馬の額をかすめるように通り過ぎる。妖獣の血が飛び散り、牙馬の前髪が木の葉のように散る。


 しっかり踏み込むことが出来ず、浅手に終わった斬撃に牙馬は苦笑する他はない。確かに妖獣に傷を負わせはしたが、肉を断ち切った感触は全く無かった。これでは妖獣の戦闘力を削るには至っていないはずだ。


 足場の悪さの影響は思っている以上に大きいことを、牙馬は心に刻みつけた。妖獣クマーは怒りのあまり、逆に落ち着きを取り戻したのか、足を止めて牙馬を強くにらみつけている。黒鉄と白銀は既にクマーの間合いの外に退避して、牽制する構えだ。



 妖獣クマーは馬鹿ではない。どちらかと言えば頭は良いほうだ。正面からの戦いを好むのは、何も考えていないからではない。むしろ彼我の力の差を正しく判断し、自分の力が相手よりも圧倒的に上だと理解しているからに他ならない。


 後ろの二匹には自分の足を嚙み砕くだけの力はない。正面の一匹、あの鋭い刃は自分の生命にまで届くだろう。しかし機動力という面で非常に劣っている。今の一連の戦いで、そのことをしっかりと理解したのだ。


 そして妖獣がそう理解したという事実は、牙馬にも、そして黒鉄と白銀にもしっかり伝わっていた。次は確実に命のやり取りになる。次で決める、それが敵対する一人と三匹の共通認識となっていく。


 静寂の時は短かった。妖獣クマーが唸り声を上げることなく牙馬に襲い掛かったのだ。右から、そして左からと、前足の爪を叩きつけるようにして前に出ていく。黒鉄と白銀が後足に噛みつくが、それをものともせず、引きずるようにして前に出る。必殺の気合だ。


 それを受け流し、あるいは左右に飛びのいて避ける牙馬。傍からすれば危険な状況に見えるかも知れないが、内心ではひどく落ち着いて対処出来ていた。妖獣の攻撃だけでなく、しっかり周囲の状況もしっかり把握できている。そうして攻撃を避けながらも、クマーをある地点へと誘導しているのだ。


 牙馬は左右に避けながら、じわじわと後退してく。妖獣クマーは噛みついた二匹の犬を引きずりながら前へ前へと突き進んでいく。


 ここだ!


 妖獣が力を溜め、ひときわ大きく飛び掛かったのに合わせて、牙馬は大きく左後ろに跳んだ。


 跳んだ先、そこには大木が生えていた。その木のせいで右前足では攻撃できない、そう瞬時に悟った妖獣は左足での攻撃に切り替えようと立ち止まらざるを得ない。そしてそれは大きな隙になる。


 スパンッ!


 妖獣クマーが左の前足を振り上げようとした刹那、牙馬の斬撃が走った。妖獣の左手から血しぶきが宙に舞う。


 ここで仕留める!


 しかし次は牙馬が驚く番だった。裂帛の気合で、さらに踏み込んで放たれた牙馬の逆袈裟の追撃は、まさか、ぎりぎりのところで妖獣に(かわ)されてしまったのだ。


 敵もさる者、妖獣クマーは一瞬にして自分の不利を悟り、逃走に切り替えたのだ。噛みついた二匹をものともせず、すごい速さで山を駆け下っていく。


「黒鉄、白銀、もう追わなくていい、戻って来い。」


 手負いの妖獣を逃がすのは良くないが、かといって牙馬には追いかける足がない。ここは妖獣を褒めるしかないだろう。それに妖獣を追うよりも、襲われていた少女の容態を確認するのが先だ。



 牙馬は刀の血をぬぐって鞘に納めると、妖獣に襲われていた少女に向かって足を運んだ。あまりの緊張が解けたからだろうか、少女はどこか放心状態で、どこか遠くを見つめながら尻餅をつくようにして座り込んでいる。


「大丈夫? 怪我はないかな?」


 牙馬は少女に手を差しだして助け起こす。


「ありがとうございます、怪我はありません。助かりました。」


 少女は小さな声でそう答えたものの、腰が抜けている様子で、まったく足に力が入っていない。ふらふらして倒れ込みそうになるのを牙馬は力強く抱きかかえた。


 こんな調子でよくも深夜に、一人きりで辺境の山中を進もうなどと考えたものだ。頭から外套を羽織っていて分かりにくいが、年は牙馬よりも二つか三つほど下、少女といってもまだ幼く、あどけない顔つきをしている。


 なぜこんな少女が深夜の山中に一人でいるのだろう。連れとはぐれでもしたのだろうか。様子を見る限りでは妖怪変化というわけでもなさそうだし、何か深い事情があるのかも知れない。


「まあ無事に済んで良かった。ここは血の匂いがするから早めに移動したほうがいい。先ほどの妖獣も追い払っただけで、まだ近くに潜んでいるだろうし、ここに留まるのは危険だよ。」

「はい、でも足が震えて……」


 少女の足はまだプルプルと震えが止まらない様子だ。仕方がないとばかりに牙馬はしゃがみこみ、少女に背中におぶさるようにうながすが、そこまで迷惑をかけるわけにはいかないと、固辞するばかりだ。


「迷惑をかけていると思うなら、今すぐに俺の背中に乗りなさい。ここは俺にとっても危険な場所だ。下手に留まられるほうがよっぽど迷惑だよ? それとも担いでいった方がいい?」

「ご、ご面倒をおかけします……。」


 美紗緒は目を白黒させながらなんとか声を絞り出すと、我馬の背中にぎゅっとしがみついた。


「上か下か?」

「ええっと、それはどういう意味でしょうか?」

「ここから登って峠を越えて隣国に行くのか、それとも下るのか、どっちに向かうかってこと。」


 少々ぶっきらぼう過ぎたかと、牙馬は反省して言いなおす。


「ああ、あの、下りでお願いします。」

「了解、それじゃあしっかり掴まっているようにね。」


 牙馬は美紗緒の小さな体を軽々と背負い、険しい山道をまるで飛ぶようにして、どんどん下り始めた。



「あらためて名乗っておくと、俺は河津(カワヅ)牙馬(ガマ)、妖獣狩りだ。それと俺の相棒、こっちの黒いのが黒鉄(クロガネ)、真っ白なのが白銀(シロガネ)。」

「ワフンッ!」「ワウッ!」


「……妖獣狩り……、河津様は妖獣狩り、なのですか。」


 我馬の背中に、少女がキュッと身を固くしたのが伝わってくる。


「そうだけど、何か悪いうわさ話でも聞いたの?」

「……はい、妖獣狩りというのは、妖獣を頭から丸かじりにするような化け物だと……」


 牙馬は思わず吹き出してしまった。


「ならず者だとか、盗賊に毛が生えたようなものとか、そういったうわさは聞いたことがあるけれど、妖獣を丸かじりにするなんて話は初めてだ。」


「す、すみません、失礼なことを言ってしまって。」

「謝らなくていいよ、半分くらいは合ってるから。」


 妖獣狩りはその名前の通り、妖獣と殺し合いをするのが仕事だが、ただ闇雲に妖獣を狩っているわけではない。妖獣狩りとは、その土地の領主や大商人などから依頼を受け、国から国へ、辺境から辺境へと渡り歩いて、妖獣の討伐や護衛などを行う、妖獣対策の専門家なのである。


 身分の上では武士だが、侍のように特定の誰かに仕えているわけではない。自分の身一つ、武芸の腕だけで生きていく荒くれ者ぞろいだ。そのため世間では、盗賊や山賊のようなものだと思われていることは、牙馬ももちろん良く知っていた。


 これはただの噂というだけではなく、実際に悪事に手を染める妖獣狩りはそれなりに多い。しかしそういった悪党は、同じ妖獣狩りの手によって粛清される。それが妖獣狩りの鉄の(おきて)だ。


 悪事を働いた妖獣狩りだけではなく、盗賊の類も同様である。悪人を牢に入れて裁けるならばそれに越したことはない。しかし人里離れた辺境で、どうやって悪人を牢に入れればいいのか。


 妖獣の闊歩する辺境においては、町中の秩序など守ろうとしても守れない。辺境では犯罪者は斬るしかない。それはどうしようもない現実なのである。



「まあ怪しいのはわかるが、それなりに信頼できるとは思うよ。」

「それなりに……」


 美紗緒にしてみれば、それはまた、なんとも頼りない返答だ。


「町中と辺境とでは、守るべき正義が違うからね。背中に乗るか乗らないか、そんな些細なことでも違いがあったでしょ? だからお互い、こんなはずじゃないって落胆することもあるんだ。そういう意味で『それなり』だね。」


 守るべき正義が違う、確かにその通りかも知れない。


 何しろこの男、今まで身近に暮らしていた人たちとは、かなり違うのだ。へんてこ、そう言ってしまってもいい。信頼していいのか悪いのか、この男と話をしていると、そんなことすら良くわからなくなってくる。


 あの妖獣との闘いは、まさしく命がけだった。妖獣などというものに初めて対面した美紗緒でも、それぐらいのことはわかる。この男には見ず知らずの少女を助けねばならない理由など、どこにも無かったはずだ。行きずりの見知らぬ者を助ける、ただそれだけのために、この男は即座に命をかけて戦うと決めたのだ。


 美男子とまでは言えないが、ある程度整った顔立ちの若い男だ。そして何より、意志の強そうな眼をしている。腰を抜かして歩けなくなった自分を、こうして背負ってくれている男の背中はとても暖かい。


 考え続けているうちに、美紗緒はなんだか可笑しくなってきた。すでに自分はこの男を信頼しているではないか。とは言え、出会ったばかりで完全に信頼するなんてことは、どんな相手であってもあり得ない。彼の言う通り、まさに『それなり』の信頼だ。


 分かってしまえば簡単なことだ。旅立ってから初めて、美紗緒の心は軽くなった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ