12. 南廻りの選択
逃げた馬を追いかけていった黒鉄が戻ってきたころには、追手の始末はあらかた終わっていた。始末と言っても怪我人の息の根を止めるだけ、あとは所持品のうち、使えそうな物を持って行くぐらいだ。
「兄貴、この短めの刀も貰っていい?」
「ああ、適当に良さそうなのを持って行け、美紗緒の分も頼む。」
「はーい。あ、妖術符もある!」
「何でもいいけど、持てるだけにしておけよ?」
汐風の質問に適当に答えながら、牙馬は朝食の分だけでなく、昼と夜の分まで合わせて肉を処理していた。どうせ大量の死体があるのだから、不要な皮や骨を一緒に捨てていこうと言う魂胆である。
第一陣の時は妖獣の仕業だと思わせたかったことから、何も取らずにそのまま死体は捨てておいた。しかしここまで来ればそんな必要はない。必要な物があるなら、それを拾って持って行くのは当然のことだ。
「あの、私が刀を持っていても……役に立たないと言うか……」
「ん~、姉さんは考えすぎだよ。重かったらその辺にポイって捨てちゃえば良いんだし。」
汐風の言う通り、何も難しく考える必要はないのだ。便利そうなら持って行けばいいし、重くてかさばるなら捨ててしまえば良い。
「汐風、その脇差は良さげだけど、鞘に家紋が入っているから、削り取っておいてね。」
「あ、本当だ! 綺麗な鞘なのになぁ、勿体ない。」
我馬の指摘を受けて、汐風は短刀を取り出して朱塗りの鞘を削り始めた。
討伐した盗賊の持ち物をどうしようと構わないのだけれど、それが元で盗賊と間違われるのも困る。家紋のような出自が分かりやすいものは持って行かないに越したことは無い。
「おお! こいつの財布、けっこういっぱい入ってる!」
覆面で襲い掛かってきた者たちが盗賊なのは間違いないが、こうしてふところを漁っている姿を見れば、どちらが盗賊なのかわからない、そう言われても仕方がない気がする。
美紗緒はそんな汐風の姿を目で追いながら、何もすることなく、その場に座り込んでいた。さすがに一緒になって死体漁りをする気にはならないし、だからと言って他に何かすることがあるわけでもない。
山の中で襲われた時もそうだったけれど、今回の襲撃にも知り合いがいたのだろうと思う。覆面をしたままなのではっきりとしないが、どこか聞き覚えのある声がしたのは確かだ。
ついこの間まで一緒に笑っていた人が、自分を可愛がってくれた人が、今こうして骸を晒しているのかも知れない。そう思うといたたまれない気持ちになってくる。
しかし、そうした人たちが覆面で正体を隠し、名前も名乗らずに襲い掛かってきたことも、まぎれもない事実だ。つまり自分は、そんな盗賊の集団に囲まれて、笑いながら暮らしていたということなのだ。
盗賊には名前は要らない。顔も要らない。だから覆面のまま、盗賊のまま死なせるのだと牙馬は言う。覆面を取り、ふたたび名前を名乗って、侍に戻ることを許さないのだと言う。たとえ過去がどうであろうと、先祖が誰であろうと、彼らはここで盗賊のまま命を落とし、盗賊のまま朽ちていくのだ。
「そろそろ移動するよ。」
「兄貴、了解です! って、うわっ!」
いろいろ漁りすぎて重たくなった背負い袋が支えきれず、汐風がヨロヨロとふらついてしまった。
「ほら、だから持てるだけだって言ったでしょ?」
「でも、兄貴……」
「身動き出来なくなったら死ぬぞ?」
「ううう……」
泣きそうになっている汐風から、大きな肉の袋を奪い取ると、我馬は川下に向かって大股で歩き出した。
「これは次の場所まで運んでやるから、そこで荷物整理しろよ?」
「はい、兄貴……。」
肉は牙馬が大量に持っているから、汐風が持って行く必要はないのだけれど、それでも彼女には、なかなか捨てる勇気が持てないのだ。背負い袋の中には、我馬から見ればガラクタの様な物もたくさん入っているのだろう。朝食の後で、それも大量に捨てることになりそうだ。
先ほどの追手に取り逃した者がいたかも知れない。それに遠くから様子を覗っている者がいたようにも感じた。しかし牙馬はそれをあまり大事なことだとは考えていなかった。
最初の六人と合わせて、既に三十人ほどの追手を斬っている。それだけの損害を受けては、これ以上の人数はそうそう出せないはずだ。それにそれだけの人数を皆殺しにするような相手を追撃するなら、いったい何人出せばいいのか。
こちらの情報が伝わるにしろ、伝わらないにしろ、どちらにしても次の判断はかなり困難になるはずだ。
「うー、兄貴ぃ、重たいです……。」
「汐風、お前いったいどれだけ持ってきたんだよ……。」
肉の袋を除いても厳しいほどの荷物を背負った汐風を見て、やはり次の場所でほとんど捨てさせるしかない。我馬は心を鬼にすることに決めた。
寂し野に朝日が差し込み始めた頃、一行は朝食のための休憩を取ることになった。戦闘のあった場所からは、かなり下流の方に離れている。これだけ離れていれば、妖獣たちの餌の奪い合いに巻き込まれる心配はないだろう。
「ふへえ、重たかった……。」
休憩と決めた途端に、汐風がへこたれたように座り込んでしまった。美紗緒もかなり疲れたようで、その横で腰を落ち着けることにする。
今日の分の食事の下ごしらえはほとんど終わっている。我馬は肉を簡単に切り分けて三人分の肉を焼き、大きな塊を黒鉄と白銀に用意すると、自分も二人の近くに腰を下ろした。
美味しい肉ではあるけれど、毎回こう同じ味だと有難味が薄れてしまう。少しは別のものも食べたいと思うが、それを言うのは贅沢すぎるというものだ。
「飽きてきた頃だと思うけど、心配しなくても十日ほどは同じ食事だ。」
牙馬が妖獣肉の詰まった麻袋をポンポンと叩きながら軽口を言う。
「贅沢は言えませんけど、時々は違うものを食べたくなりますね。」
「兄貴、川があるんだから、魚とか獲れないですかね?」
「いや、それがなぁ……」
確かに川は流れているし、魚がいてもおかしくないのだけれど、このあたりの川ではあまり魚を見かけることが無いのだ。
「多分だけれど、妖獣ワニーが多すぎて、魚が食べ尽くされているんじゃないかな。」
「うわぁ……、それは酷い……」
もっと奥地に入れば多種多様な妖獣と出会うことが出来るのだけれど、このあたりはまだ妖獣の種類が少なくて、しかも美味しい妖獣となればワニーしかいないというのが現実だ。
「ワニー以外となると、狩りにくくて不味いのばかりなんだよね。」
「我慢するしかないのかぁ。」
ワニー肉がかなりの高級品であることを考えると、汐風の言い草は贅沢極まりないものだったが、我馬にしたところで同じ気持ちだったので、特にそれをたしなめたりはしなかった。
「この近くの町は待ち伏せされているだろうから、迂回して行くからね。別のものが食べられるのは、港町に近づいてからかな。」
「海の幸ですね。」
「ボク、楽しみだなっ!」
ずっと歩き通しなのが効いているのだろう、飽きたなどと言いながらも、三人と二匹の食欲はかなりのもので、お代わりのために、我馬は二回ほど追加で肉を焼くことになってしまった。
出発前に汐風の荷物の整理でひと悶着あったものの、それ以外はとても平和に旅の続きに戻る。追手が来るのを待ち構えていた昨日までが、まるで嘘のようだ。汐風も最初はしょぼくれていたが、道を進むうちに元々の陽気さを取り戻していた。
「結局は南廻りで都を目指すことになったんですね。」
「ああ、北廻りだと食事が貧しくなるからね。」
北廻りや中央突破は美紗緒の足が持ちそうにないというのが主な理由だけれど、南廻りを選んだ理由はそれだけではない。追手をしっかり叩き潰したことで、南廻りの危険性が大きく下がったこともあるし、それに北廻りとなると、下手すればずっとワニー肉だけの食事になってしまう。できれば牙馬もそれは避けたかったのだ。
「どうしても北廻りや中央突破が良いなら、今からでも変更するけど?」
「いえ、やめて下さい、南廻りでお願いします……」
「そうだよ、兄貴! ボクたちには海の幸が必要だよ!」
「そうですよ、海の幸! 頑張って歩かなきゃ!」
「ワウッ!」「ウォンッ!」
それでやる気になるなら安い物だ。一行は魚を食べることを想像しながら、南へと荒野を進んでいく。
「兄貴、今夜はこの辺りにしませんか?」
「そうだね、良さそうな場所だ。」
「ワオンッ!」「ワウワウ!」
昼食を含む何度かの休憩を挟んで、我馬たちは野宿するのに都合の良い場所に行きついた。妖獣の気配は薄いし、黒鉄と白銀も賛成のようだ。
寂し野の荒地は比較的平らな上、川下に向かう場合は少し下り坂になっているので、山道のような険しさはない。しかし大きな石がゴロゴロ転がっていて、とても歩きにくく、足に負担がかかって非常に疲れやすいと言える。
美紗緒などはよっぽど疲れ切っていたのか、そのまま言葉も漏らさずにしゃがみこんでしまった。歩いているのは道ではない、ただのでこぼこした荒地なのだから、歩きなれている者でなければ疲れがたまるのも仕方がない。
「かなり疲れたみたいだね。」
「ええ。疲れたのもそうですが、追手のことをいろいろ考えてしまって。」
我馬からすれば、あんな盗賊どものことなど、とっとと忘れてしまうのが良いと思うのだけれど、美紗緒にはそれが出来ないようだ。
「私、知らなかったとはいえ、あんな覆面で顔を隠して人を襲うような者たちと、笑いあって暮らしていたんですよね。」
何が天下に聞こえた天城侍だ。蓋を開けてみれば、ただの破廉恥漢ではないか。騙されていたという思いもあるし、その仲間だったという罪悪感もある。
「盗賊とそうじゃない者の違いなんて、そんなに大きなものじゃないよ。ただ、やったか、やってないか、それだけしかないんだ。」
良い人だったはずなのに突如として盗賊に豹変することもあるし、その逆に悪漢だと思っていたのに、清廉潔白なことだってある。それに気が付かないことは恥かも知れないが、決して罪ではない。
「簡単な話でもないから、ゆっくり考えて自分なりの結論を出すしかないんじゃないかな。」
「そうですね……」
「それじゃ、もうそんな話はやめて、食事にしようか。」
「ボク、お腹すいたけど……、どうせまたワニーの肉だよね。」
「文句言うなら食事抜きになるよ?」
「いや! 文句言いません! ワニーおいしいです!」
美紗緒が深刻なことを考えるのが馬鹿らしくなるほど、夕食は賑やかに終わった。
この道中、まだまだ先は長い。すご腕の討手も追って来ることだろう。
しかし牙馬はひるまない。襲い掛かって来るものを討つ。彼の頭の中にあるのはただそれだけだ。




