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あやかし野合戦  作者: 大沙かんな


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01. 妖獣狩りと少女

 ここは桜蘭(オウラン)国という辺境の小国、その中でも西の果てにある辺境の中の辺境だ。


 若き『妖獣狩り』の牙馬(ガマ)は二匹の大きな犬を供にして、十六夜(いざよい)の丸い月明りだけを頼りに、その辺境にそびえ立つ天嶮(テンケン)山脈の険しい山道を下っていた。


 季節で言えばそろそろ暖かくなり始める頃合いだが、一人と二匹の吐く息はとても白い。深夜の山中ということもあって、骨の芯までかなり冷える。服の上から革鎧、そしてその上から雨露を避けるために、分厚い外套を羽織っているにも関わらず、山の空気は肌を刺し貫くような冷たさだ。


黒鉄(クロガネ)白銀(シロガネ)、ちょっとこっちに来て?」


 牙馬は二匹を呼び止め、抱き寄せて撫でてやる。二匹の体は、我馬の凍りついた体を溶かしてくれるように暖かい。


「ワフン!」 「ワンッ!」


 牙馬の手があまりにも冷たかったのか、二匹は軽く抗議の声をあげ、少し離れたところまで逃げてしまった。


「なんだよ、けち。少しくらい温めさせてくれてもいいじゃないか。」

「ワウウ!」 「ワウワウッ!」


 もう一度温めて貰おうと何度か呼んでみたものの、二匹は我馬を遠巻きにしたまま、警戒して近づこうとしない。俺たちだって寒いんだ、勘弁してくれ、とでもいったところだろう。


「立ち止まっていると余計に寒いね。馬鹿なことはこれぐらいでやめて、先に進もうか。」

「ワンワンッ!」 「ワンッ!」


 どうやら黒鉄と白銀も、その意見に賛成らしい。これから朝方にかけてさらに冷え込むことになるだろう。とりわけ急ぐ旅ではなかったが、早めに山を下りてしまった方が良い。



 深夜の深い山道のことだ。肉食の獣や盗賊が出ることもある。それどころか、そいつらよりもはるかに危険な『妖獣』に襲われることだってある。ずっと緊張し続ける必要はないが、警戒を怠ってはいけない。これは安全な旅路ではないのだ。


 妖獣とは、妖気を体にまとった怪物だ。野生の獣が妖気に侵されて変質した姿とも、(たた)られた古い神々の末裔とも言われるが、真実は定かではない。しかし獣などとは比べ物にならない巨体と強靭な筋肉、鋭い爪と牙を持つ化け物であることは間違いない。


 牙馬はそんな化け物を狩ることを生業にしている、そんな妖獣狩りの一人である。だからと言って妖獣を相手に無双できるわけではない。妖獣との闘いはいつだって、どちらが勝つか負けるかわからない、過酷で危険な命のやり取りなのだ。


 それでも牙馬には、そこいらの妖獣に負けることは無いという自信があった。我馬には黒鉄と白銀という、とても頼りになる仲間がついている。今までも、一人では難しい相手を、一人と二匹で力を合わせて打ち破ってきたのだ。その経験が我馬の自信をしっかりと支えていた。


 気を抜くことなく歩き進んでいると、甲高い悲鳴が牙馬の耳にまで届いた。その音は非常にかすかで、ヒュウヒュウと吹きすさぶ風の音に紛れそうだったものの、それは明らかに悲痛な叫び声だった。


「あらら、何か出ちゃったみたいだね。黒鉄、白銀、行くよ!」


 そうとわかれば迅速果断、二匹の愛犬に声をかけると、牙馬は声がした方向に向かって、道を外れて急勾配の斜面を素早く駆け下りていった。



 旅装束の上から顔を隠すようにローブを羽織った少女、美紗緒(ミサオ)はただ一人、必死の思いで辺境の山道を里へ里へと急ぎ足で下っていた。


 この辺境で育ったとは言っても、一人で山中に出るのは初めてのことだ。しかも今は深夜である。月明りがあるにはあるが、深く茂った木々がそれを遮ってしまい、周囲が良く見えない。多くの供や護衛に守られていた時とでは、見える物も感じる物も全く違っている。


 いつもなら暖かい布団に包まれて、楽しい夢を見ている時間だろう。それがどうしてこんなことになってしまったのだろう。それを考えると悲しくて、澄んだ両目に自然と涙がいっぱいに溜まってくる。でも泣いている場合じゃない。ここには誰も助けてくれる人はいないのだから。


 風が吹いて草むらが揺れるたびに、遠くから鳥や獣の鳴き声が聞こえてくるたびに、恐怖で足がすくみそうになる。止まっちゃ駄目だ、歩き続けなきゃ駄目だ。早くこの山から、そしてこの領地から離れなければならない。こんなところに一人でいれば、恐ろしい妖獣がやってくるに違いない。


 妖獣、妖気をまとう化け物。その危険な怪物のことは、幼いころから何度も何度も言い聞かされてきた。この辺りではたとえ一人前の武士であっても、夜遅くに一人で出歩くことは無い。妖獣というのは、それほどまでに恐ろしい、この世に現れた死神なのだ。


 さらには、そんな恐ろしい妖獣を食い殺してしまうという、妖獣狩りというとんでもない化け物まで出るという。美紗緒には想像すらつかないが、おそらく口が耳元まで裂け、頭には鋭い角を生やした悪鬼なのだろう。そんな化け物が出れば、自分のような小娘はペロッと一呑みにされるに違いない。



 美紗緒は頭を振って恐ろしい想像を頭の外に追いやった。目の前の草むらがガサガサと音を立てて揺れたが、どうせ風のいたずらだ、大したことじゃ無い。


「あれ? でも今、風なんて吹いていなかったはずじゃ?」


 恐怖のせいか、思わず独り言が出てしまう。


 いや、風は吹いていたはずだ。そうじゃなければおかしい。でも、もしもそうじゃなかったとしたら?


 何かの異常を感じて足を止めた美紗緒の目の前で、草むらはさらに大きく音を立てて揺れ、中から大きな真っ黒いかたまりが姿を現した。


 爛々(らんらん)と光り輝く金色の双眸、嵐のように妖気が渦巻く黒い巨体、そしてこの世の終わりを思わせるような圧倒的な威圧感。


 これはただの獣じゃない、妖獣だ!


 自分でも気が付かないまま、美紗緒は大きな悲鳴を上げていた。護身用の小剣を抜こうにも、手に力が入らない。あとずさって逃げようにも、足がまったく動こうとしない。まるで自分の体が消えてしまったかのように、手足の感覚が感じられない。


 目を閉じることすら出来ない美紗緒を前に、妖獣はニターっとおぞましい笑みを浮かべた。


「あ、あ、ああ……。」


 言葉にならない声が美紗緒の口から洩れた。知らず知らずのうちに涙が溢れ出す。終わりだ。もうどうしようもない。こんな化け物、どうしようもない……。


 もう駄目だと美紗緒が観念しかかっていたその時、ふたたび草むらがガサガサと大きく揺れた。



 山の斜面をまるで滑り落ちるように駆け下りていく牙馬の視界に、小柄な少女がたった一人、妖獣と対峙している姿が映った。


 深夜にたった一人で、こんな山奥でいったい何をしているのか。そんな疑問が頭に浮かばなかったわけではないが、そんなことは妖獣を始末してから問いただせばすむ。


 そんなことよりも、あの大きな妖獣は……あの姿は間違いない。妖獣クマーだ!


「俺は妖獣狩りの河津(カワヅ)牙馬(ガマ)! 助太刀に来た!」


 牙馬は黒鉄(クロガネ)白銀(シロガネ)の二匹を大型の妖獣に向けて解き放つと、妖獣の気を引くように大きな声で名乗りをあげた。


「ワウッワウッ!」

「ワウーッ!」


 二匹がまるで疾風のように飛び出し、クマーの巨体に駆け寄る。目の前の妖獣はクマーとしてはかなり小型の部類だろう。しかしそれでもクマーはクマーだ。人を遥かに超える巨体を持ち、妖気を放つ凶悪な怪物だ。


 黒鉄と白銀はただの犬ではない。そこらの妖獣に簡単に負けるような二匹ではない。しかし敵が妖獣クマーとなれば話は別だ。強靭な肉体と鋭い爪をもつ大型妖獣のクマーが相手では、二匹にはかなり分が悪いと言える。


 妖獣とは、その体に妖気をまとった獣だ。たとえ姿形が同じように見えたとしても、その強さはただの獣とは比較にならない。その体から溢れる出す妖気が、妖獣の肉体を大いに強化するのだ。


 妖獣クマーは唸り声をあげ、さらに濃密な妖気をただよわせる。妖獣の体が、そして筋肉が、さらに一段と大きく膨れ上がった。



 牙馬も遅れて妖獣に駆け寄ると、腰の愛刀を抜き放ち、真っすぐ青眼に構えた。クマーの放つ強烈な妖気を受けて、その刀身がほのかに青白い光を放つ。妖刀『霧雨(キリサメ)』。これは妖獣を殺すための刀だ。これは妖獣を切り裂き、地獄に送るための刀なのだ。


 襲われていた少女を見やると、その腰は引けていて戦力になりそうもない。自力で後ろに下がり、クマーとの距離を取れるかどうかも怪しいところだ。下手に動いて転べば、クマーに絶好の機会を与えることになってしまう。


 それを一瞬で見て取ると、牙馬はクマーを誘うようにしながら、左へと回り込むように移動を開始した。


 強敵を相手にして上を取っている意味は大きいけれど、急斜面になっている後ろには下がれない。クマーを少女から引き離すためには、好位置を捨てざるを得ない。厳しい寒気の中だというのに、牙馬の額に汗がにじむ。


 今まさに獲物に食らいつき、その血を啜ろうとしていたところを邪魔されて、妖獣クマーは怒り狂っていた。そして牙馬の狙い通り、クマーは釣られるようにして少女から一歩、また一歩と引き離されていく。


 少女とクマーの間には、すかさず白銀が少女を守るように滑り込む。黒鉄は右手の方向からクマーを牽制する。クマーを左手側、つまり下に押し出すような陣形だ。


 人の足では不可能だが、妖獣クマーや愛犬たちであれば、急斜面を駆けあがることも無理ではない。有利な立ち位置は捨てざるを得なかったが、そのまま敵にその位置を取られることは避けねばならない。



 黒鉄と白銀はクマーが隙を見せれば襲い掛かり、攻撃してくれば左右に、そして後ろへと飛び退くようにして、妖獣を牽制する。その動きが妖獣クマーの苛立ちを徐々に募らせていく。


 そのもどかしさを隠しもせず、グルルルと太い唸り声をあげる妖獣、どこまでも冷静な姿勢を崩さず、妖獣を吠えたてる黒鉄と白銀。そして妖獣に必殺の一撃を放とうと、妖刀を構えて隙を伺う妖獣狩りの牙馬。


 クマーが黒鉄に爪を立てようと近づけば、白銀がクマーに牙を立てようと近づき、白銀を迎撃に向かえば、黒鉄が攻撃に向かってくる。だからと言って犬どもだけに注意を払っていると、青く輝く刃が死角から襲い掛かってくる。


「グオオォォォオオオオーッ!」


 妖獣クマーは憤怒の雄たけびをあげた。



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