呆れ果てて言葉も出ない
「──どうしてだ! どうして見つからない!!!」
探索術式は無情にも答えを返さない。この失敗ももう何度目になることか。
溜まりに溜まった鬱憤が激発し、ユフリは苛立ちのあまり空へと叫んだ。
あってはならないことが起きていた。
魔王を探し出すための術式が不具合を起こしている。ユフリにはそうとしか思えなかったが、それは彼にとって許しがたい出来事だ。
賢者としてのプライド、前回の成功体験、それ以上に約束を守れない自責の念。
ユフリが自身を納得させるために魔王を探しているというのに、それが叶わないとなれば彼は自分をどうやって認めれば良いのか。
ひとしきり吠えた後、冷静さを取り戻した彼は荒げた息を整えながら術式の見直しを始める。
これも繰り返してきたことだ。失敗の度に調整をし、これ以上はないと思える出来でありながらユフリはさらにいじくり回す。
その様は執拗であり、偏執的だ。彼はとうに平静とは程遠いところにいる。
そんな彼をミノリは冷めた目で見ていた。
声をかけることはない。
言われるがままに探索術式を起動させるだけ。それ以外は黙って脇に座っていた。
物言わぬ人形にも似て。しかし思考はしているのだろう。
彼女は、ユフリの荒れように顔をしかめていた。
朝方から始まった作業は延々と続き、日は中天に座している。
ユフリは何も言わず、ミノリも黙ったまま。
緊迫した空気を孕みながら、術式の調整は続けられている。
人探しの魔法。それは初歩の初歩の技だ。
ユフリが生まれる以前から存在していた願掛けに、失せ物探しの術式を組み合わせて彼が完成させた最初の魔法。
彼はそれで亡くした母を探そうとした。魔法は正しく作用して、彼の母が眠る墓を指し示した。
死者ですら探し当てる魔法に更なる改良を施した魔王探しの魔法が沈黙している。
初めての事態だった。
ユフリの、百を遥かに越える長い人生の中で初めての経験。
よもやこのタイミングで魔法の才が枯れ果てたか。彼は自らをそのように疑いすらした。
無理はない。突如として才を失った天才を幾人も見知っていたのだから。
しかし彼の疑いはすぐに払拭される。他の魔法を試してみれば、そのどれもが正常に作動した。
火灯しの魔法。影遊びの魔法。風止めの魔法に鳥寄せの魔法。
人探しも失せ物探しも対象を切り替えればきちんと動作する。
だというのに、魔王探しの魔法だけは空転していた。
不甲斐ない自身への怒りに、ユフリは肩を震わせる。
彼は意固地にすらなっていた。もはやこれは、己れとの戦いだと彼は感じている。
長きに渡って磨き上げた魔法に関する技能、それに対する挑戦だ。
躍起になって問題に取り組むユフリは、当事者であるミノリをも放置して、魔法へと向かい合う。
個々に分解すれば、それぞれが真っ当に働くのだ。それらを組み合わせて魔王を探そうとした時だけ、指針が全く動かなくなる。
唸りながら彼は術式を睨んだ。
やはり指針は微動だにしない。
「どうして動かないんだ」
呻く彼をミノリは静かに見つめていた。
穏やかな春の日差しは直上から過ぎ去り、ゆるやかに傾き始めている。
いい加減、彼女も疲れてきた。
二週間以上も塞ぎ込んでいた少女の体力は、当然のことながらユフリには遥かに劣る。いやさ、そこらの町人よりも弱っていると言って良い。病人半歩手前なのだ。
ただ待つだけでもミノリには負担となる。
──だから彼女は、教えてあげることにした。
それは傍らに居ただけの少女でさえ気が付くような魔法の欠陥。
魔法について何も知らぬ小娘ですら理解が出来た賢者の失敗。
「ねえ」
気だるげな声にはどこか諦念のようなものが滲んでいる。
ミノリの声かけにユフリは思考の海から復帰を果たす。はっと顔を上げてミノリの方へ向いたユフリに、彼女は決定的な一言を放った。
「それ、ちゃんと動いているよ」
「……は?」
底冷えするような低さの声だった。ユフリ自身、こんな声が出るとは知らないほどの。
認められない、認めてはいけない指摘に、ユフリは彼女を威圧する。撤回するなら今だと視線に力を込める。
どうしてそんなに許せないのか、彼自身の理解が追いつくよりも前に態度に出ていた。
そんなユフリの変容に、ミノリは顔を青ざめさせていたが、しかし指摘を翻すことはない。
彼女に恐れがないわけではなかった。握りしめた拳には血管が浮かび、肩は竦めて、全身が強ばっている。
──恐れないはずがないのだ。
ユフリがその気になればミノリは死ぬ。直接的な暴力であっても、間接的なものであってもだ。
帰るどころか、そもそも彼女が生きていくためには彼を頼る他にない。何故ならば勇者として召喚されたミノリはこの世界に寄る辺なき存在であるのだから。
それでもミノリは、恐怖に平伏さずユフリへの指摘をした。その魔法は間違いなく動作しているのだと主張する。
「そん……、そんなはずがあるか!」
震える唇でユフリは否定をする。
庇護すべき少女に向けて彼は激していた。
「動いているものか! これは、これは何かがおかしいんだ! どこかに間違いがある、そうに違いない!」
魔法が作動せぬことを嘆いていたはずのユフリが、魔法が作動しているはずがないと叫ぶ。
自身の持つ致命的な矛盾から目をそらして、彼は魔王を探すことに執着していた。
魔王を探すための指針は、しかしぴくりとも動かない。全くの静止だ。
針はこの場を指し示している────。
「嘘だ」
ユフリの口から嘆きが漏れた。
「嘘だ嘘だ嘘だ」
術式をいじる手は止まっていた。
これ以上改善すべき箇所などない。いやそもそも、直すような不全などなかった。
「嘘だ……。嘘だと言ってくれ──」
ユフリの手が力なく下がり、その場に膝から崩れ落ちた。
魔王を探す魔法は最初から間違うことなく働いていたのだ。
人を殺し、国を害し、勇者を拐かす。
考えればこれほどまでに魔王と呼ばれるべき人物はそう居まい。
ユフリはようやく気が付いたのだ。
あるいは、逃げ場を失ったとも。
「は」
「はは」
「ははははは」
ユフリは笑っていた。己れの愚かさを。
なんと滑稽なことだろうか。
魔王を憎むあまり召喚魔法を組み上げて、人としての生を投げ捨てて勇者送還のために働いて、あげく手を汚し続けた罰として憎んだ魔王に成り果てる。
彼は何のために生きてきたのか分からなくなってしまった。
もう日は随分と傾いて、西の空は茜色に染まりつつあった。
この哀れな男に、ミノリはかける言葉が見つからず、ずっと笑うままにしている。
小屋の入り口に腰を下ろして、彼女は笑い続けるユフリをぼんやりと見ていた。
やがて、東の空が藍色に塗り潰された頃。
ユフリの笑い声が止まった。
それからゆっくりと立ち上がった彼は、よろめきながらミノリへと近付く。その足取りは覚束ない。
そうしてふらふらとミノリの前までやって来たユフリは囁くように言った。
「──殺してくれ」
カラン、とナイフが落ちる。
どこからともなく現れたそれは、きっと魔法によるものだったのだろう。鈍く光るそれは命を奪うに足る力を持っていた。
ミノリは地面に転がったそれを取り上げて──。
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