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File.2:囮捜査

 ー西暦2030年11月16日午前0時00分・千葉県■■■市■■町 千葉県立■■■■高校ー


side.桜乃 薫(警察官・怪異対策部第一課特捜班”旭”)

『よし、ゼロアワーだ。桜乃捜査官、始めてくれ。』

「了解、行きましょう。」

 無線の向こうから僕たちにつけたカメラで現場を確認している捜査本部の人達の指示を聞き、僕がそう言うと後ろにいる捜査員の人達が頷く。

 それを確認してから僕は目の前にそびえる高校の門をくぐって、体育館の入り口を目指して歩き出す。

「瑠璃、紅葉、どう思う?」

「・・・やはり、神域じゃな。かなり薄くて弱いが神域の境界結界を越えた感覚があった。」

「でも、それにしてはカミの気配がないですよね。・・・もう、ここの主は居ないのかな・・・?」

「わからぬ。そもそも自ら神域を捨てる奴など妾は見たことがないが・・・死んだか、顕現が切れたか、はたまた・・・」

 ふむ・・・とりあえず事前に説明してもらった通り、ということか。瑠璃と紅葉が考察を並べるのを横目に、僕はさっき・・・と言っても6時間程前だが・・・に行なわれた捜査状況の報告を思い出していた。


 ー西暦2030年11月15日午後6時12分・千葉県千葉市中央区 千葉中央警察署ー


 外も暗くなってきた頃、ようやく千葉県警の刑事たちが衝撃から立ち直り、捜査状況の報告が始まった。

「さて、調査課の捜査と一課の捜査で色々わかった事件状況と情報を整理するぞ。」

 すっかり現場指揮官としての顔に戻った羽川警部がそう言いつつ、プロジェクターを操作する。

 そこには事件の状況が時系列で示されていた・・・若干字が細かくて少し、後ろからじゃ見づらいけど・・・

「まず、本日0時半頃。被害者4人の高校生たちと、通報者の宮本英里さんが、彼らが通う高校にトイレから侵入。その後職員室から鍵を回収し、体育館に入った。その後、被害者のうちの一人である中村雪さんが邪気を察知し、出処である武道館に向かった所、”なにか”に襲撃された・・・となっている。桜乃警部補、質問があったら今のうちに頼む。」

 ・・・つまり、高校生が夜の高校に不法侵入して怪異に襲われた、ということだろうか。

 邪気を感じられるような霊能者がそんなところに何故突撃したのか、とか、セキュリティのガバとか、色々聞きたいことはあるが・・・

「・・・被害者の方々を襲った”なにか”とは?」

「それが、よくわからないのだ。通報者の宮本さん曰く、必死で逃げてきたからよく覚えていない・・・と。」

 覚えていない・・・?そんなことあるか?

「認識阻害や憑依されたという可能性はないのですか?」

 つまりは、怪異の霊術や妖術により認識や記憶が妨害されているか、それらが彼女に取り憑いてるという可能性はあるか聞いたのだが・・・

 もし認識阻害があったなら捜査の難易度が跳ね上がるし、憑依となると・・・彼女が餌にされてる可能性が拭いきれない。霊格が高く賢い怪異だとそういうことをする奴がたまにいるのだ。人に取り憑き、操る。どちらかというとマインドコントロールが近いだろうか。

「なさそうだ、霊力検査の結果はオールグリーン。というか桜乃警部補、普通の高校生は怪異を前に君ほど冷静ではいられないものだ。あまり気にするな。」

 ふむ、そういうもの・・・なのかな。まぁでも、とりあえず捜査で厄介なことになることはない・・・かな?

「・・・そうですか、ならとりあえずは大丈夫です。」

「うむ、では続けよう。その後、宮本さんは高校近くの警察署に駆け込み、通報。その後明朝6時から調査課が捜査を開始。わかったのが・・・これだ。」

 時系列表がズームアップされ、1枚の捜査報告書が映し出される。

 報告書の内容は・・・なに?

「そう・・・これを見れば分かるだろうが、問題は”全く問題がない”ということなんだ。」

 そう、そこには霊力探知機・・・文字通りその場の霊力や邪気を継続するための機械で、霊力版のガイガーカウンターのようなものなのだが・・・その計測値は多少普通より濃いぐらいで正常値。

 その他の異常現象の類も一切無し。

「正直言って、我々ではお手上げになってしまっている。今まで我々が扱ってきた怪異事件では計測器などに異常があることが大半で、そうでなくともなにかしら異常が起こったものなのだが・・・」

 一切無し、と。ふむ・・・

「桜乃警部補、一課いや、旭に所属している捜査官としての経験を頼りにしたい。なにか、心当たりかなにか無いだろうか。」

 その羽川警部の声で刑事たちの視線が一気にこっちに集まる。

 いやいや・・・うぅん、なんて無茶を。とはいえ無いわけではないが・・・

「・・・一応、ないわけでは、ありませんが・・・唯の推測になりますが・・・」

「構わない、頼む。」

「了解しました。僕が境界課に居た頃と、特捜班”旭”で似たような案件の記録を見たことがあります。・・・その時は堕落した神が人を襲っていたという事案があり、その時の捜査記録には一切の異常が無かった・・・と。それと本件は酷似しているので、この案件と同様に本件は比較的思考能力の残っている神格怪異が関わっているのでは・・・と考えた次第です。」

 僕がそう言うと、捜査本部になっている会議室が静まり返る。それから一瞬のフリーズを挟んでから一気に会議室が喧騒に包まれる。

「神だと!?」

「まてまてまて、神格が関わってるってのか!?」

「まじかよ・・・」

「さ、桜乃警部補、ほんとなのか?」

「はい。旧神域区域として、その場所を保護している境界課と・・・それから、(くだん)の堕ちた神の討滅を担当した”旭”の捜査記録に確かにアーカイブされている情報です。とはいえ、本件に関してはそのアーカイブからの推測に過ぎませんが・・・」

 僕は念の為にそう付け加えて言うが、羽川警部は首を横に振る。

「・・・いや、こういう場合は君のほうが詳しいだろう。相手は神格だと思って動いたほうが良さそうだ。」

「警部。だとしたらここにいる面々、桜乃警部補以外は少々対処が難しいですよ。勝浦に回した特捜班を呼び戻すべきでは・・・」

「”頬白(ホオジロ)”か・・・だが、あちらはあちらで怪異捜査中だ。大化生相手で状況も厳しいと報告が来ている。あいつらからの応援は望めんだろうな。」

「てことは俺たちでやるしかないのか・・・」

「なに、俺らも怪異捜査一課には変わりないんだ。ビビってねぇで腹括れ。」

 ・・・話聞いてる感じ、ここに居るのは一課の主力じゃないのか?

「・・・羽川警部、一つお聞きしてよろしいでしょうか?」

「構わんが、どうした?」

「ここにいらっしゃる面々の捜査実績をお聞きしてもよろしいですか?」

「・・・」

 僕の問いに刑事たちが僕から視線を背けて、羽川警部が難しい顔で黙り込む。・・・冗談だろ?

「それがな・・・千葉南部で怪異事件が連続していたことがあって熟練の奴らのほとんどはそっちの捜査に出てる。そして、ここに残ってるのは・・・」

 そこからは羽川警部も言葉を探すように黙り込む。

 まぁ、つまりは経験が足りてない新米ばかり、という所なのだろうか・・・まぁ、ここにいる刑事たち、僕ほどじゃないけど皆若そうだしな・・・

「・・・了解しました。なんとなく察しました。では、神格との戦闘経験のある方は・・・?」

「・・・」

「・・・」

 そんな申し訳なさそうな顔で黙り込まないでほしいのだが・・・やっぱり特捜班でもないと神格に対処したことがある人がいるはずないか。いや、そもそも神格に関わること自体がレアケースか・・・

「・・・そちらも了解しました。そろそろ捜査方針を考えましょう。捜査結果から見て、ただがむしゃらに高校の体育館周辺、内部を捜査しても意味はないでしょうし・・・なにより先の繰り返しになりますが、低下しているとは言え知恵と思考能力があるはず。事件状況を再現すれば、あるいは・・・と考えますが。」

 僕がそう言うと刑事たちが小声で近くの同僚と話し出し、羽川警部の眉間にしわがよる。

「・・・まさかとは思うが囮捜査をすると?」

「はい。それしかないかと。」

「いや、待て・・・本件の被害者は民間人、それも未成年者もいるんだぞ。流石に状況の再現は・・・」

 いや、流石に僕でもそんなことはしないぞ。羽川警部、僕に対するものか旭に対するイメージなのか知らないけど、なんだと思ってるんだ・・・?

「いえ、そこまでする必要はないかと。先に必要なのは・・・この高校付近での失踪事件記録と行方不明届の情報です。」

「何故そんなものが?」

「堕ちた神格・・・いや、大化生もですが・・・まぁ邪気にあてられた(あやかし)は基本的に、ですが霊格の上昇を目指すものが多いです。となれば事件現場付近で喰われた人が居てもおかしくない。その中に大人が含まれるのなら、必要なのは時間条件のみとなります。」

「・・・なるほど、わかった。すぐに用意しよう。」

「それと、人の方に条件があったとしても問題ありません。僕は18ですし、瑠璃と紅葉は正体はともかく・・・見た目だけ見たら高校生か中学生くらいにしか見えません。向こうの霊力感知が敏感だったら難しいですが、見た目だけで判断されるなら僕と彼女らで囮として問題ないかと。それに、最低限思考力が残っていても、本来なら堕ちた神格は思考能力がかなり低下しまともな思考もできなくなります。」

 僕がそう言うと羽川警部が少し悩んでから、頷く。

「・・・それも、そうだな。危険な役回りとなるかもしれんが、頼んだぞ、桜乃警部補。」

「了解しました。」


 ー西暦2030年11月16日午前0時03分・千葉県■■■市■■町 千葉県立■■■■高校ー


 夕方から夜にかけての捜査会議を回想している内に着いたらしい。この高校の体育館の入り口に着いた・・・着いたのだが・・・

「なんだ、この邪気に、プレッシャーは・・・」

「・・・随分と濃いの。甘ったるい匂いがしよる。・・・嫌な匂いじゃ。というよりも、この濃さ。なにも対策せずじゃと妾たちですら危ういぞ。」

「それに、なにこの神威・・・これホントにただの土地神なの?」

 僕が思わず口からでた呟きに、瑠璃と紅葉がそれぞれ邪気と目の前から感じる神威についてそう感想を述べる。・・・どうやら、あまり状況は芳しくないらしい。予想以上に。

『桜乃警部補、状況は?』

「良くはありません。邪気、神威共にかなり強力です。どんな化け物が出てくるか・・・」

 後ろを見ると、僕のサポート、という名目で共に出動することになった刑事たちの顔が若干蒼くなっていた。まぁ、そりゃそうだよな・・・ここの邪気は尋常じゃなく濃すぎる。神威から来るプレッシャーも・・・

 ここまでのは旭に異動してから始めてかもしれない。

「というか、この神威・・・どうやって隠してたんだろ。近づくまで全く気づかなかったんだけど・・・」

「たしかにの。・・・いや、待て。恐らくじゃが二重に結界を貼っておる。気のせいかと思ったのじゃが、先に結界をもう一枚越えた感覚があった。邪気と神威を閉じ込めるように結界を貼っておったのやもしれん。」

「・・・なぁ瑠璃、紅葉。相手の霊格、どれくらいだと思う?」

「邪気の濃さから見て大化生のレベルは優に越しておるし、神威も感じる。まず間違いなく堕ちた神格、もはや邪神のものじゃ・・・が、妙じゃな。」

「・・・うん、姫様と同感かな。ここまで邪気に塗れてるならとっくに正気を失って邪気と神威を隠す結界なんて貼らないと思うんだけど・・・それに、神とはいえ、とっくに信仰を失っている神でこの神威は異常だよ。」

 ・・・結局捜査本部で資料をかき集めて調べた所、この高校が建っていた所には土地神の祠があったらしい。いつの日か土地神としての存在は忘れ去られ、空き地だったこの土地には学校が出来た・・・ということらしい。

 そして、信仰を失った神格はやがて(あやかし)に身を落とす。そうなれば大体の場合は普通の怪異と変わらない。まぁ信仰を取り戻せば話は別だが、本件に関してはそれはないだろう。

 それを考えると確かに紅葉の言う通りだ・・・つまりはなにか、イレギュラーが起きているのか?

 神格が信仰を喪っても強力な神威を放つレベルの霊格を維持し、瑠璃・・・つまり水神レベルの神格だとしてもとっくに正気を失って暴れ回る量の邪気にあてられているにも関わらず、自らを隠匿し力を溜め込もうとする思考能力が残る・・・そんな事態が。

 さっき捜査本部であげたアーカイブされていた事案ももう50年近く前のものだ。滅多に起こることではないはず。

「・・・だとしたら、救えるのかもしれないな。」

 イレギュラーなら、またそれゆえにイレギュラーを起こせるかもしれない。神格の討滅はリスクが高い。もし救えるなら・・・

 そんなことを考えている僕の呟きは誰にも聞こえなかったようで、瑠璃と紅葉はお互いに意見を交わしてるし、後ろの刑事たちは各々の討滅具に手をかけて臨戦態勢をとっている。

『桜乃警部補、話を聞く限り、かなり危険な相手のようだ。くれぐれも・・・』

「・・・な・・・た・・・れ。」

 うん?捜査本部からの通信中に・・・なにか聞こえた?

「瑠璃、紅葉、聞こえたか?」

「聞こえたの。祝詞じゃ、なんの術かまではわからぬかったが・・・」

「ごめん、薫。うちも姫様と同じ。よくは聞こえなかった。」

『・・・』

 瑠璃と紅葉の返事を聞きつつ、捜査本部と直接繋がっている無線に再び耳を傾ける・・・が、なにかおかしい。なぜ捜査本部からの通信が途絶えた?

「こちら桜乃。捜査本部、応答せよ。」

『・・・』

 返ってくるのは、ノイズ・・・だけだな。

「こちら桜乃、本部、応答を・・・駄目か、もしかしてやられたか?すみません、鹿島警部補、捜査本部に繋がりますか?」

「え?あ、はい。こちら鹿島。捜査本部、聞こえますか?・・・あ、あれ?捜査本部?聞こえますか!?」

 鹿島警部補・・・この囮捜査で僕の援護として投入された捜査隊の指揮を執っている、割と若そうな男・・・彼の反応を見るに通信網が遮断されたのか。

「・・・やられたか?紅葉、式神を。」

「・・・!わかった!」

 僕が紅葉にそう言うと、紅葉はすぐに椛の葉を取り出す。

「”吹けよ秋風。駆けよ紅き狐たち、舞えよ、椛狐。”」

 紅葉がそう彼女の式神を呼び出す祝詞を唱えると、彼女の手の内にある椛の葉に妖炎が灯る。最初はただの火の玉だったのが、少しずつ狐の形となり紅葉の周りの宙を駆ける。

 そして無言のまま紅葉が腕を天に向けると、火の狐は天に駆けていき・・・なにかにぶつかったような動きをし、一瞬水面が揺らがしたような夜空が見えたが、その一方で火の狐は消滅した。

「・・・やられたか。」

「というか薫。あの結界、霊力を相殺するんじゃなくて魂核の椛の葉が消滅した・・・物理的に触れたら、多分死ぬよ。」

「恐らく、妾たちが相当美味しそうに見えたのじゃろうな。なんとしてでも喰らう構えじゃろ。」

 その声に、後ろに居た刑事たちの顔に影がかかる。・・・よりにもよって、こんな案件に出動が中々無かった新米が巻き込まれるとは・・・だが。

「・・・仕方がない。奴を討滅して、帰るぞ。無事に。」

 すぐに帰れないなら行くしか無い。僕は一歩前に踏み出した。


 それから二手に別れて捜査を開始。恐らく、元凶がいる武道館は僕、瑠璃、紅葉で。比較的安全だと思われる体育館とその中にある倉庫群を一課の刑事に担当して貰っている。

 ・・・安全だと、良いのだが。

「・・・瑠璃、紅葉、行けるか?」

「少々邪気が濃いが・・・この程度なら首飾りでどうとでもなる。心配せずとも良い。」

「うん、大丈夫。伊吹の破魔飾、これがなきゃ危なかったけどね・・・大丈夫。やれるよ。」

 そう言う瑠璃と紅葉は首にかかっている、胸元のペンダントをこっちに見せてくれる。

 伊吹の破魔飾・・・元は僕の家で作っていた、ほんの弱いものだが邪気祓いの効果を持っているペンダントだったが、瑠璃の力で神や(あやかし)たち怪異が邪気の根源に突っ込んでも狂うことがないように強力な邪気祓いのできるペンダントになったものだ。

 ・・・だが、邪気にあてられることに変わりない。さっさと終わらせたい所だ。

「よし、行くぞ・・・3、2、1。」

 僕はカウントで武道館への扉を一気に開ける。

 そして、すぐに中に飛び込んだ・・・のだが。

「・・・誰もいない?」

「おらぬな・・・どうなっておる。」

 そこにあったのは無人の、床が半分畳、もう半分はフローリングになっている武道館のみだった。

 おかしい。邪気の濃さ、神威の強さ的にここにいるはず、いや居たはずだ。・・・いや、まさか、これ自体が想定されていた?この邪気も神威も囮だった?

 じゃあこれが囮だとしたら?狙うのは・・・千葉県警の一課の人達しかない!

「くっそ!やられた!・・・こちら桜乃、鹿島警部補!聞こえていますか!?こっちは囮でした!本命は・・・」

『こちら鹿島、どうかしまし・・・うわぁ!?やばい!撃て!撃てー!うわぁぁぁぁ!!』

「鹿島警部補!返事を!・・・くそ!」

 何度か呼びかけるが、聞こえるのはノイズのみでなにも聞こえなくなる。

 あぁくそ!完全に読み違えた・・・いつものパターンなら邪気、神威が濃く強い所に常に元凶が居た。ただえさえでもイレギュラーだらけだったんだ、もっと慎重に動いていれば・・・

「落ち着け、薫。早く戻るぞ。まだ間に合うやもしれん。」

 ただ焦りと後悔だけが渦巻いていた思考の中に瑠璃の透き通った声が通る。・・・そうだ、落ち着け。慌てたところで、なにも解決しない。

「・・・わかった。行くぞ。」

「それで良い・・・じゃが、嫌な予感がするの。」

 僕たちが振り返って走り出すと、瑠璃が走りながらそう言う。

「嫌な予感って、どんな感じにだ?」

「わざわざ妾たちではなく、ただの人間を喰うことを優先したのじゃ。普通なら喰って、より利のあるこっちに向かってくるものじゃが・・・」

「そうしなかったってことは、うちらが危ないってことを判断できる冷静さが残ってる。・・・やっぱり異質だよ、ここにいる神・・・いや、邪神は。」

「あまり考えたくないがの・・・先に見た、行方不明の者共が書かれた書、あの内の少なくない数がこやつに喰われたのじゃろうな。気づかれぬように喰らったのじゃろう。」

 ・・・捜査本部で取り寄せてもらった、この周辺の行方不明者届。決して少なくない数だった。だが・・・時期がまばらであったり、被害者に一貫性がないなどで事件として集中捜査されるレベルではなかった。

 想像以上に状況が最悪だ。相手が悪すぎる。

 しばらく邪気の中を駆け抜け、さっき通った体育館と武道館を分ける分岐点まで戻り、体育館の方向に走り抜ける。

 そして、半開きになっていた扉から体育館に飛び込んだ。

「うわぁぁぁ!?やめて、たすけっ・・・うがぁぁぁ・・・」

「・・・くそ、間に合わなかったか・・・!」

 遅かった。最後まで戦っていたのだろう刑事が喰われた・・・明らかな異形に、目の前で・・・!

 刑事を喰らった異形はまるで泥かヘドロのようなもので身体が構築され、あちこちに泥でできた人の顔のようなものをちらつかせている。そして、刑事を喰らった口が閉じて咀嚼するような動きを見せる。くそ!もっと速く来ていれば・・・!

「・・・なぁ、瑠璃、紅葉。あれが神か?」

「あれが神じゃと?笑わせるでないわ・・・よくて邪神の使いじゃよ。」

「うちもそう思うよ、薫。神威は感じるけど・・・ここの神には思えない。本体は・・・別なんじゃないかな。」

「フ、フフ・・・かンが、良いねェ、アナタ・・・タべちゃいたいクライ、ね・・・」

 ・・・誰だ。

 紅葉の声の後に聞こえた、幼い少女のようだが、どこか歪んだようなものに聞こえる声が聞こえる。と、それと同時に瑠璃が所々錆びついた刀を抜刀し、紅葉は椛の葉と枝を取り出す。

 それを横目に刑事を喰らった異形の化け物を見ていると、その影になっていたところから瑠璃と紅葉と同じ、いや彼女たちより・・・見た目だけなら・・・だが多分、一回り小さい女の子が姿を見せる。だが、ただの少女じゃないな?

 元気さを感じさせるオレンジ色の目、所々に目と同じ色が目立つ黒髪を踊らせている。だが、その目に光はなく、深淵を覗いているかのような印象を与える。そして邪気の如く黒々とした和装に身を包み、赤色の宝石かなにかがはめ込まれた首飾りをしていた。

「ヤツじゃな。」

「あの子だね。」

 そう判断すると、同時に瑠璃と紅葉がそう言う。・・・ということは、やはりあの少女が元凶か。

「薫、刀を抜け。奴は殺る気じゃ。」

「・・・わかった。」

 瑠璃の言葉で左腰に差していた妖刀”冰桜”を抜刀する、と少女が放つプレッシャーが一気に増す。・・・神威ではなく、純粋な殺意と殺気。僕たちを、殺す気だ。

「ネェ、アソンで・・・よ!」

 彼女がそう言うと異形がこっちに突進してくる。

 そのまま突撃してくるのかと思ったが・・・突然急停止した後、自らの泥のような身体のあちこちから何本もの触手のようにして身体を伸ばし、その触手で泥のような身体の一部を掬って固めるような動作をとってからボールのようにして飛ばしてくる。まるで本当に泥団子を作って飛ばしてきているように・・・

「うわっ!?危な!」

「こやつ、遠距離攻撃をしてきよるのか・・・薫、さっさと仕留めるぞ!」

 紅葉の珍しく本気で驚いていそうな声と、瑠璃の普段より鋭さを感じる声を聞きつつ、飛んでくる泥団子を左右へのステップで回避する。

「わかった。」

 泥団子みたいな攻撃を躱し、奴の動きが一瞬止まった隙に冰桜を構え直して、息を吸う。

 邪気の甘ったるすぎる、気持ち悪い空気の味が喉を突くが・・・大丈夫だ。余計なことを考えるな。

 父と祖父に叩き込まれた構えをとり、冰桜に霊力を込めるイメージをする。それだけだ。

「”桜花冰する雪風、怪異滅する神風ならん。”」

 冰桜と、相手の立ち位置と行動に全神経を巡らせ祝詞を唱える。すると冰桜の周りに見慣れた、凍りついた桜の花びらが踊るように舞い、刀に少しずつ貼り付いていく。

 手にはめている戦闘用の保護グローブまで凍りついていくが・・・気にすることはない。冷たさは感じないし、支障はない。

「”凍てつきし伊吹の氷刃よ、ここに。”」

「”燃ゆる丹波紅葉、天狐護する炎具なれ。”」

 そして僕が祝詞を唱える横で、瑠璃と紅葉がそれぞれ同じように祝詞を唱えあげる。

 すると瑠璃の錆びた刀が刹那光を放った後、一本の雪の結晶を散らせる大太刀になり、一方で紅葉の持つ椛の枝はそれを核とするようにして一気に燃え上がり、持ち手以外が炎でできた薙刀となる。それと同時に、普段は彼女たちが隠している角と耳、そして尻尾が姿を現す。・・・そして、それが彼女たちが隠蔽霊術を切って戦闘に霊力を注いでいる証である。

 これで僕たち全員が完全に戦闘態勢となったわけだが・・・僕たちの目の前に立つ異形と少女はただ静かに佇んでいた。・・・静かに殺気を放ちながら、だが。

 少しの間、静かで殺気に塗れた空気が流れていたが少女の顔・・・いや、口元が愉しげに歪む。できあがったのは背筋を凍らせる、不気味な笑顔だった。

「・・・ふ、フフ・・・イい、よ。ジュンビ、デキた?あそ、ぼ?」

 その笑顔から放たれるその声に、不気味さと本能的な恐怖を感じつつ、それを一部塗り潰すような違和感を感じる。・・・何故だ?・・・そうか、どことなくだが邪気の流れが・・・妙なような・・・?

「薫!なにを呆けておる!」

「っ!?」

 しまった!考え込みすぎたか!

 気付けば目の前に異形の奴が投げ込んできただろう泥団子が迫ってきていた。

 避けるのは間に合わない、ならば!

 僕はそう判断して迷わず冰桜の文字通りの氷刃を左から右に振り抜く。

 すると刀が近づいた所から泥団子は凍りついていき、刃が触れると凍ったことで文字通りに真っ二つに切り裂かれる、が。

 何故か死の予感を感じる。背筋が泡立ち凍るような、嫌な予感が本能的なところから伝ってくる。目の前のこの物体はマズイと。

「アハッ、ハジケちゃエ!」

「な、あっつ!?」

 嫌な予感通り、少女が愉しげに弾んだ声で言うと、真っ二つになった泥団子が弾けて・・・いや、爆発して異形を構成していた泥のような粘ついた液体が飛散する。

 それが着ていたパーカーに触れた瞬間にパーカーがじゅわ、と音を立てて溶解し、そのまま下に着ていた服を溶解させていく。それが目に入ったと思ったら、驚く間もなくあの泥に触れた左腕の前腕に焼けるような痛みが走る。

 というか嘘だろ、耐怪異戦闘用の防護プロテクタまであったっていうのに貫通したっていうのか!?

 傷の確認に腕を見ると溶け落ちた服とプロテクタの先に恐らく若干皮膚が溶かされたのか真っ赤な上に、ほんの少し出血しているのが見える。それに若干腕が動かしにくい。それにこの感じは・・・

「くそ、侵食だと・・・!」

 侵食型の怪異・・・奴らは文字通り攻撃・捕食対象を侵食することでダメージを与える。この侵食は2種類あり、物理的肉体を喰らう奴と精神を喰らう奴の2種類がある。こいつは物理侵食らしい。小さく空いた服の間からミミズみたいに蠢いている泥のような奴の身体だったものが見える。多分、少量だから肉体への侵食は遅いが体力を一緒に喰われてるな。

 ・・・くそ、嫌なことがフラッシュバックしかける。

「薫!?・・・やりおったな貴様!」

 一方で僕の呟きか聞こえたのだろう瑠璃が殺気と怒気を振りまきつつ大太刀を構える。

 恐らく、彼女も僕と同じ記憶を手繰り寄せられたんだろう・・・あの最悪な七夕の日のことを。

「姫様!?」

「もう、あのような事は二度と・・・覚悟せよ!」

「ヒィッ!?ヤメろ!オマエは・・・クルなァ!」

 その様子に驚く紅葉を横目に、瑠璃が脇構えとでも言うような構えで凍りついた大太刀を持ち、姿勢を低くし突撃する構えをとる。

 そしてそれを見た少女が少し怯えたような声を出しつつこちらに腕を振るう・・・と、ほぼ同時に泥の異形の怪異が泥団子を投げつつ突撃して来る・・・3体に分裂して、しかも僕たちそれぞれに。

「な、薫!」

「大丈夫だ、これぐらいなら問題ない。紅葉!」

「りょーかい!一体ずつね、いくよっ!」

「・・・無理はするでないぞ。」

「わかってる。」

 いつも通り元気な紅葉と、どこか不安げな瑠璃の声を聞きつつ、真正面から向かってくる一回り小さくなった異形をしっかりと捉えて構えをとる。

 仕切り直しだ。特捜班・旭の・・・いや、神職の名家、桜乃の者として。

「邪気に堕ちた邪神は・・・」

 できるなら、救いたい。だが・・・前例が数件しか無いものに期待しちゃだめだ。今は私情を捨てなければ。この少女は・・・強い、間違いなく。

「・・・討滅する。・・・ゆくぞ!」

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