File:新人研修ログ
前置きはなしだ。さっさと始めよう。といっても君たちにとっては退屈かもしれない座学の時間だがな。まずは復習といこう。
「怪異」
我々は世の不思議なモノや生き物をそう呼んでいる。化学や物理学、各種力学、生物学・・・世の中の法則を無視したような摩訶不思議な存在だ。
それは人類に有益なモノも、逆に脅威となり得るものも存在する。
ここに来るまでに習っただろうが復習しようじゃないか。そこの君、有益な怪異の例を挙げてみてくれ。
・・・うむ、そうだな。教本通りの模範的な回答感謝する。だが、身近な怪異もある。そこの君、わかるか?
・・・そうだ、ここにおいて100点の回答だ。君たちが持つその武器。それの一部は怪異技術の応用品。見方によっては怪異そのものだ。勿論、人類技術のみで作られているものも多数あるが少なからず応用品があるのが実際の所だ。目には目を、歯には歯を、だ。
では、逆に脅威となる怪異。これについては・・・そこの君、わかるかな?
・・・うむ、そうだ。よく勉強しているな、教本に載っていないものまでよく答えられた。
他のものだと5年前の黒龍襲撃事案が記憶に新しいんじゃないか?あれは中々・・・いや、思い出語りはまた時間のあるときにでもしよう。
次に怪異の階級だ。知っての通り、怪異には"リスククラス"と呼ばれる階級がある。階級は下から緑、黄、赤、黒だ。
緑は安全、もしくは収容にあまり危険がないような怪異につけられる。まぁ、簡単に言ってしまえば雑兵共だ。それに大抵のリスククラス緑の怪異は人類にとって利用しやすい。そうだな・・・例えば君たちは一度でも"テレポーター"を使ったことがあるだろう。あれは怪異技術、いや怪異そのものを使ったものだ。まぁだからこそあれは数があまりないのだがな。
次に黄。これはそこそこ危ない、と言ったところだ。だが、油断はならない。リスククラス黄の怪異は緑と違って割り当てられる怪異のほとんどが生き物や、無機物でも明らかに危険があると判断されたものばかりだ。油断してかかればリスククラス黄に殺される平均年間死亡者の千人弱のうちの一人になることになるだろう。
次に赤。これはわかりやすく危険な怪異だ。積極的に人を襲うもの、害をもたらすモノ・・・形は様々だが、とにかく危ない怪異がこれにあたる。まぁだからといって特筆事項はない。強いて言うならこいつによる平均死亡者数は多く、時間あたりの死者もリスククラス黄の比ではないことを忘れるな。収容は細心の注意を払え。でなければ即座にあの世行きだぞ。
最後に黒。こいつが現れることは滅多にない。年に数回・・・と言いたいが最近はリスククラス黒の怪異が増えてきている。リスククラス黒の怪異は最悪の場合、街一つ無くなるような力を持つものもある。実際、50年前に記録上存在したはずの街がその記録ごと抹消されたこともある。つまりはものによっちゃ・・・所謂"現実改変"を起こせるわけだ。そして、こいつによる死者は洒落にならんほど多い。年間では年によるがリスククラス赤に比べて死者数は少ない。だが黒は「1体あたりの」死者数が段違いだ。こいつに出会った時、死を覚悟しろ。それとともに周囲のものをフル活用して、生き残る努力をしろ。無駄な足掻きだとしてもだ。それが後続の警官たちの命を救うこともある。
では、次の話に進むぞ。怪異犯罪についてだ。まぁこれはよく知っているだろう。ニュースでもよく見るしな。
怪異犯罪はそのまま怪異を利用した犯罪だ。怪異は現実の法則を超越したものを指す。それを利用してカメレオンの如く透明化したり、温度センサをすり抜けたり・・・まぁモノによるが色々とできる。それを利用して強盗や痴漢をするのが一般的な怪異犯罪、軽怪異犯罪と呼称されるものだ。とは言っても一般人の手に負える怪異の殆どはリスククラス緑で取るに足りない。
問題はリスククラス赤を使う重怪異犯罪だ。一年前、ロシアのサンクトペテルブルクで毒ガステロがあった。あの毒ガスは怪異の一種で鎮圧まで28時間、死者・行方不明者257人、負傷者・中毒患者974人・・・地獄のような事件だったが、我々はそのような事件を止めなければならない立場なのだ。覚悟をしておけ。
怪異犯罪ついでに怪異の生まれ方も復習しよう。
怪異にはおおまかに3種類ある。
一つは大昔から存在する怪異。神格クラスの怪異のほとんどはこれに属する。神格怪異のほとんどは大人しく、人に牙を剥くことは少ない・・・が、相手は神話で出るような神や仏だ。決して無礼を働くなよ。一度逆鱗に触れれば確実に災厄が訪れるからな。
2つめは最近・・・過去数千年から現代で生まれた怪異。普段目にしたりする怪異のほとんどはこれだ。
そして最後に3つめ、人間が作った怪異だ。時に怪異は人為的に生み出されることがある。機械系の怪異はほとんどがこれだ。さっきも言ったとおり君たちの武器も、だ。ちなみに怪異は人の感情を媒介に生まれることもある。所謂"妖怪"などもこの一種とされている。妖怪は神への信仰・・・付喪神だのの神を強く信じる想いが弱く神になり切れない怪異が生まれたときだとか未知への恐怖の心から生まれたと言われている。とはいえそれなりに強い思いでないと生まれないらしいが・・・メカニズム自体が解明されていないのだからどうすることもできないな。
雑談はここまでにしよう。怪異対策部の各部署についてだ。
怪異対策部は主に「第一課」「第二課」「第三課」「回収課」「調査課」あとはいくつかの部署もあるが大多数は今の5つの課のいずれかに配属される。もう知っているはずだが改めて説明しておこう。
まず、調査課だ。この部署は主に未収容の怪異の事前調査に当たる。危険だが、偵察という最も重要な役職の一つを務める部署だ。ここの部署は最近損耗率が酷い。機材も人間もな。第一課や第二課のような直接戦闘する課に比べりゃましだが一つのミスが死に直結する危険な仕事でもある。配属されたヤツラ、気を引き締めろよ。
次に回収課だ。ここは一番裏方に近いが重要な部署だ。無力化した怪異や物品の回収にあたる。ここが無ければ研究や応用なんて以てのほかだ。・・・そこの君、ここが楽な仕事だと思ったか?それは違うな。大間違いだ。場合によってはここが一番危ないんだ。死んでから新しい異常性を発揮するものもある。・・・随分前の怪異事案において死体回収中に無力化されたはずの怪異が自爆して18人が死んだ。回収課に配属された奴も気を抜くな。
次に第三課だ。ここがある意味一番大変だが楽だ。調査課からリスククラス緑と判断された怪異の無力化ないし収容を行う。危険度は基本低いが数が多いから出動も多い。まぁ同僚もその分多いから仲間と協力して出動を乗り切ってくれ。ただ、油断するな。調査課の偵察は隠密偵察であって威力偵察ではない。いざ収容を始めたら危険な場合もある。2ヶ月前にリスククラス緑から黒に跳ね上がったものもある。そのような時は第三課が遅滞戦闘を行う。普段の訓練を怠るな。
次に第二課だ。ここはリスククラス黄と赤の対応、軽怪異犯罪の取り締まりを行う。まぁ少し危険度が増した第三課だ。だがまぁリスククラス赤の相手をする時は第一課や自衛隊も手を貸してくれることもある。あまり気負わず、適度な緊張感で任務に挑め。油断すれば死ぬのは第三課と同じだ。ちなみに、俺も第二課所属だ。第二課配属のヤツはこれからよろしく頼む。バディを組むこともあるかもしれんからな。
最後に第一課。・・・ま、ここに所属する者たちに説明は要らないだろう。第一課はエリート中のエリートの集団。君たちが出動するのは恐らくはリスククラス赤か黒、重怪異犯罪が原因のものがほとんどだ。まさに、精鋭という呼称が相応しい者たちだろう。・・・そして、「目には目を」を体現した部署でもある。間違っても仲間に武器を向けるなよ。・・・あぁそうだ、それと第一課は関東各所、場合によっては全国に出張して貰うこともある。ま、公費で旅行できて良かったとでも思ってくれ。
次に装備品について・・・と思ったが残念なことに説明役の飯島さんが体調不良で代役も立てられなかったらしい。これについてはまた今度だ。
ん?すまない、連絡だ。
・・・おう、それで・・・。なんだと?!わかった、すぐに向かう。なんとか持ちこたえさせてくれ。
非常事態だ。調査課が偵察中にリスククラス赤の怪異に襲われたとのことだ。そして、上からの指示だ。第二課と第一課の諸君、座学の時間は終わりだ。あとは実戦と行こう。
なに、緊張することはない。適度には持って欲しいがな。
では諸君・・・仕事を始めよう。