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6.魔力測定

 ――王宮、朝の静かな礼拝堂。


 毎朝の礼拝が終わり、私はフィルやナディアと共に立ち上がる。

 歩きながら、フィルが笑顔で私に語りかけてくる。


「父上から承諾を得られました。ゲルダさんの望む形で学院に通えますよ」


「やった! ――でも、まだ魔導学部の魔力検査は終わってないよ? 通えるか分からないうちにそんなに色々決めても大丈夫なの?」


「それは今日、これから王宮内で先行して魔力検査を行います――ナディアさん、ゲルダさんに付ける侍女見習いたちは何人を予定していますか?」


「現在随行している殿下と同年代の侍女見習い全員に魔力検査を受けさせ、合格した中から私が選抜します。おそらく一名から二名に絞る事になるかと思います」


 フィルが頷いた。


「そのくらいの人数でしたら問題ありません――ではゲルダさん、朝食の後で迎えに行きますので待っていてください」


 フィルは礼拝堂前で分かれ、私たちも部屋に戻っていく。


「ねぇナディア、私たちと一緒に来てる同年代の侍女見習いってそんなに人数居るっけ?」


「該当するのは五名だけです。何人が合格するかは、検査を受けてみないと分かりません」





 私たちは客間で朝食を済ませ、食後の紅茶を楽しみながらフィルを待った。


 部屋の中には五人の女の子が控えているので、彼女たちが検査を受ける侍女見習いなんだろうな。

 遠目で見た事はあるけど、こうして近くで顔を合わせるのは初めて、かな?

 みんなどこか緊張してるみたい。


「ねぇみんな、なんでそんなに緊張してるの?」


 一人の女の子が、びくっと肩を震わせて私に返事をする。


「いえっ! 竜の寵児であり第二王女でもある殿下のお傍に侍る事になるかと思うと、あまりの光栄に身が竦んでいるだけでございます!」


 私の一団は、フリートベルク王国というより白竜教会としての面が強い。

 一緒に来ている彼女たちも、もちろん敬虔な創竜神様の信徒である。

 そんな彼女たちにとって、神と対話できる竜の巫女――特にその中の一握りである、竜の寵児に対してとっても緊張している、ということみたい。

 正式な侍女は成人する十八歳以上だけど、十五歳である彼女たちのような侍女見習いが王族に侍る事は珍しい事じゃないし。


 私は、にへらっと笑って応える。


「そんな緊張する必要なんてないよー。創竜神様と会話が出来る以外、私は普通の女の子と変わらないよ?」


「いえ、信仰する神と対話できるというその事実だけで、我々とは既に大きく異なる存在で在らせられます!」


 うーん、余計に緊張させてしまった気がする。失敗したかな。


 ナディアが苦笑しながら話しかけてくる。


「ご心配なく。あと二か月の間に、私がしっかりと心得を躾けておきますので。入学までには自然体に戻せるでしょう」


 そういうもんかな? 二か月で自然体かー。

 ……ナディアの躾け、厳しそうだな。とか考えていると、ドアがノックされてフィルが入ってきた。


「ゲルダさん、準備が整いましたよ。中庭にいきましょう」


「中庭? 魔力検査をするのに?」


「竜種の魔力を測定する装置を使います。大型の物ですので、屋内には持ち込めません」


 なるほど、竜種に匹敵する寵児の潜在魔力だから、竜種用の装置を使うって事か。


 フィルについて中庭に出ると、何人もの魔導士や兵士が大きな装置の周囲で控えていた。

 装置の大きさは……縦横だいたい五メートル以上ありそうだなぁ。さすがは竜種用だ。


 侍女見習いたちは人間用の検査器具を使うらしく、私とは別れて検査を受けに行った。


 私は魔導士の一人の指示に従い、装置に付いている人間大の宝玉の前に立っている。


「これって魔石だよね? こんな大きな魔石、すっごい高いんじゃない?」


 魔導士が苦笑を浮かべながら応えてくれる。


「大型の竜から採取した魔石です。これ一つで、我が国の一年分の予算が吹き飛びます。壊れることはないと思いますが、念の為お気を付け下さい――さぁ、その魔石に手を触れてください」


 私は言われた通り魔石に両手を付けた。


「これでいい?」


「ええ、構いません。では術式を発動させますので、そのままお待ちください」


 魔導士が魔導術式を展開すると同時に魔石が白く輝き始め、とっても眩しくて見ていられなくなって目を瞑ってしまった。


「ちょっと、これ凄い眩しいんだけど?! 大丈夫? 壊れない?」


 なんだか周りの大人たちが凄いざわついてる声が聞こえる。

 フィルが魔導士に尋ねる不安げな声が聞こえてきた。


「これは……どうなんだ?」


「我が目を疑いましたが……信じ難い事に、アデラガルト王女の潜在魔力は、大型の竜種に匹敵します。確かに、人間とは規格が違う魔力です。我が国が所有する竜でもここまでの魔力を持った個体はいません」


 竜? 竜が居るの?

 私は目を瞑ったまま、その単語に反応する。


「ねぇフィル、竜が居るなんて初耳だよ? これが終わったら会わせて! どんな竜なのかお話したい!」


 フィルが苦笑する気配が伝わってくる。


「わかりました、これが終わったら竜舎へご案内します――それで、これは試験として結果はどうなるんだ?」


「言うまでもなく、合格です。むしろ、これだけの魔力をきちんと制御する技術を魔導学校で身に着けて頂かないと、恐ろしくて傍に近寄り難いくらいですよ。よく今まで魔力暴走を起こさずに済んだものです」


 眩しかった魔石の光が収まっていき、ようやく私は目を開けられた。


 周りの大人たちは呆然としてるみたい。

 傍に居た魔導士に私は尋ねてみる。


「ねぇねぇ、大型の竜種って、どのくらいの大きさ?」


「この魔力なら、全長五十メートルクラスでしょう。退治するのに一国の軍隊が必要な竜種と同等の魔力です。属性は創竜神と同じ聖属性ですので、どの魔導術式とも相性が良いはずです。いやはや、竜の寵児と呼ばれるのは伊達ではありませんね」


「さっき言ってた魔力暴走ってなに? それが起こると困るの?」


「魔力が制御できず身体から溢れ、時には爆発を引き起こします。仮に殿下の魔力が暴走したら、最悪この王宮が丸ごと吹き飛ぶ、と申せば恐ろしさは御理解頂けますか?」


 この王宮、かなり大きいと思うんだけど……丸ごと吹き飛ぶの?


「それは怖いね……わかった、ちゃんと暴走しない様に勉強してくるね!」




 侍女見習いたちの魔力検査も無事終わり、合格したらしき二名がナディアの前に並んでいた。


「貴方たち二人に殿下に付いて貰います。二人が庇い合えば、なんとかなるでしょう。覚悟はできていますか?」


 合格した二名がガチガチに緊張して頷いた。既に声も出せないみたい。


 ナディアがこちらに振り向いて、合格した子たちと一緒に私の元へやってきた。


「殿下、このティナとアーネが殿下と同じ学級に配属されます――さぁ、自己紹介なさい」


 栗色の髪の女の子が名乗りを上げる。


「あ、あの、ティナ・エルリヒと申します! よろしくお願いいたします!」


 ティナは勢いよくお辞儀をして頭を上げた。

 十五歳としては標準的な印象を持つ子かな。翡翠の瞳が可愛らしく感じる。


 金髪の子が今度は名乗りを上げる。


「……アーネ・ヴィンクラーと申します。お見知りおきください」


 アーネは静かに恭しくお辞儀をしてみせた。

 十五歳としては大人びた、というか地味な印象の子かな?

 青い瞳が落ち着きなく動いてるから、それなりに緊張しているみたい。



 私も、にへらっと二人に笑いかける。


「よろしくね、二人とも!」


 フィルと私、それにティナとアーネを含めた四人が、二か月後から魔導学院に通うことになる。

 卒業まで居られるかは分からないけど、それなりに長い付き合いになるはずだ。

 仲良くなれそうな子たちで良かった。


「それではゲルダさん、竜舎へご案内しましょう」


 ナディアに指示を受けた別の侍女頭が、ティナとアーネを連れてどこかへ歩いていった。

 私はフィルやナディアと共に、竜舎へと向かって行った。





****


 竜舎は王宮内の中庭から遠くない位置にあった。

 中から竜の声が聞こえてくる。ほのかに竜の匂いも漂っていた。

 入り口には見張り番の兵が二人立っている。

 竜種は貴重な財産だから、見張りが必要なんだって言ってた。


「ここに我が国が所有する竜が居ます。全百頭ですが現在、何頭かは出払っています」


 フィルに案内されつつ、中に入っていく。

 百頭居るだけあって、竜舎は中々の大きさだ。


 私は大声で竜のみんなに呼びかける。


『みんな元気してるー?』


『おー、寵児かー。元気だぞー』

『ここは飯も美味いし、待遇は悪くないなー』

『仕事が少ないから、ちょっと運動不足だなー』


 どうやら竜たちに大きな不満はないみたい。

 竜たちは人間に捕まると契約を結ぶことになる。

 人間に負けた事で相手の力を認めた竜が、契約範囲で力を貸すことに同意する――そんな関係だと教えてもらった。

 人間たちも創竜神様の眷属を大切に扱うので、不満を持つ竜は滅多にいない。



 フィルとナディアは、入り口で見張りの兵と一緒に待機して、私の様子を見てるみたいだった。

 私は一人で竜舎の中を歩き回り、一頭ずつ様子を見ながら会話をしていく。

 やっぱり竜種のみんなは明るく陽気だ。


 そうしてある元気のない竜をみつけ、話しかけてみた。


『貴方、元気ないけどどうしたの?』


『足の裏に木の棘が刺さってるんだけどさー、自分じゃ抜けないんだよ。人間も気づいてくれなくてなー』


『竜の身体に、木の棘なんて刺さるの?』


『鱗の隙間に入り込んだみたいだ。滅多にないんだが、俺も年を取った証拠かなー』


 よくみると、その竜は右足を気にしてる様子だった。

 私はフィルに振り返り大声で叫ぶ。


「ねぇフィルー! この子、右足に木の棘が刺さって痛いんだってー! 抜いてあげてー!」


 慌ててフィルと見張りの兵が一人、私の元へ駆け寄ってきた。


「ゲルダさん、竜の足に木の棘、ですか?」


「びっくりだよね。でも痛がってるから、抜いてあげて?」


 兵士が竜を寝転がせ、右足の裏を詳しく調べていく。


「……これ、ですかね。確かに細かい木が刺さってます」


 兵士が指でつまんで引き抜くと、竜の機嫌がよくなった。


『おーそれそれ! ようやく抜けたよ! ありがとなー寵児』


『どういたしましてー』


 私が笑顔で竜と会話してると、フィルが不思議そうに尋ねてきた。


「ゲルダさん、もしかして今も竜と会話してるんですか?」


「そうだよ? なんだか、竜の会話は人間には聞こえないみたいだね。私はさっきから大声で話してるけど、全然聞こえなかったでしょ? 竜が多い所はすっごい賑やかだけど、人間はそれに気づかないみたいだし」


「……もしかして、この静かな竜舎も賑やかなんですか?」


「静か? 私は大きな繁華街と変わらないくらい騒々しい場所だと思うけど? あっちこっちで竜が会話してるよ?」


 フィルは呆気に取られて周囲を見渡している。

 彼にとっては見慣れた静かな空間が、実は陽気で喧しい場所だと言われても、すぐには信じられないのかな?


 ナディアが微笑みながら私に話しかけてきた。


「そろそろご満足頂けましたか? もうじき昼食です。部屋に戻りましょう」


 私は頷いて竜舎を出ていき、入り口で振り返って竜のみんなに挨拶した。


『みんなー! また今度ねー!』


『おー! またなー寵児ー!』


 百頭近い竜が一斉に吼えたので、見張りの兵士とフィルが驚いていた。


 うーん、そこまで元気よく返事しなくてもいいと思うんだけどな。





****


 部屋に戻り、私たちは昼食を口にしていた。

 テーブルにはフィルも席に着いている。


「本当に竜種と会話できるんですね……初めて見ると衝撃が大きいです。魔力の大きさといい、これが竜の寵児なんですね……」


 私はポリポリと野菜を齧りながら小首を傾げた。

 ごくんと飲み込んでから尋ねてみる。


「今まで、フィルの中にある寵児のイメージってどんなだったの?」


「力の強い竜の巫女、という感じでしょうか。彼女たちは強い加護を持ちますが、それ以外は特筆して普通の人間と変わったところはありませんから――そういえば、ゲルダさんが加護を祈るところを今まで見ていませんね。まさかゲルダさんは加護の力を使えないのですか?」


 創竜神様の加護――俗に竜の加護と言われる力は、巫女に強い力を与える、らしい。


「私は創竜神様から”まだ早いから止めときー”って止められてるんだよね。だから使い方もよく知らないんだ。祈りを捧げればいいだけだって、他の巫女からは聞くんだけど」


「おそらく、殿下の魔力暴走の危険を考えて止めてらっしゃるのではないでしょうか。魔力制御を習うまでは、控えた方が良いのでしょう」


 ナディアが紅茶を楽しみながら応えてくれた。


「じゃあ学校に通うようになれば許可が下りるかもだねー」


 私はお肉にフォークを突き刺して頬張っていく。

 もぐもぐ。うん、やっぱりこの国の味付けは私好みだ。


 フィルが少し引きつった笑顔で私に尋ねてくる。


「ゲルダさん、その……ナイフは使わないのですか?」


 もぐもぐごくんと飲み込んでから私は応える。


「ナイフ? なんで? ナディアが切ってくれるだけで充分でしょ? 使う必要ある?」


 大きなお肉の場合、ナディアが最初に食べやすい大きさに切ってくれる。

 私にはそれで充分だ。

 だから自分でナイフを握る事はない。


「いえ、学院に通う間は昼食を学院でとる事になります。そのテーブルマナーでは、目立ちますよ?」


「堅苦しい食べ方をしても好きに食べても、ごはんの味は変わらないもん。なら、楽に食べてもいいじゃない?」


 ナディアが苦笑している。


「殿下はこの通り、いくらテーブルマナーを教えても覚えてくださらないんです。求められる機会もこれまで多くありませんでした。必要性を感じておられないのでしょう。殿下のフォローは、ティナとアーネにしっかりと伝えておきます。学院でも問題はありません」


 私は遠い目をしたフィルくんに見守られながら昼食を完食した。


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