1.出会い
祈る以外は何もできない15歳の王女様が、偶然出会った同い年の男の子と恋に落ちてどったんばったん大騒ぎするお話、だと思います。
恋のキーアイテムがコーヒーというだけのライトファンタジー恋愛譚です。
ほぼ祈る事しかできないし、何も知らない王女様がヒロインです。
基本スペックは普通の女子から変わりません。
ヒロインの容姿は低身長で長い亜麻色の髪の女の子です。
「お嬢ちゃん、ちょっと遊んでいこうぜ?」
私の周囲を六人の若い男たちが取囲んでいた。
働き盛りと言って良いはずの彼らはしかし、労働とは無縁の風体をしている気がする。
私は小首を傾げ、声をかけてきた男を見上げて尋ねる――私は背が低いので、男性が相手だと見上げなければ顔を見ることが出来ないのだ。
「遊ぶって、何をして遊ぶの?」
私の答えの何が面白かったのか、周囲の男たちはお腹を抱えて笑い始めた。
「ヒャハハハ! そりゃお前、決まってんだろう? ”楽しい事”だよ!」
「んー、よくわからないけど、私は行かなきゃいけないところがあるから遠慮するね。白竜神殿へはどう行けばよいのかな? 知ってる?」
目の前の男は「あーん?」と少しの間考えてから、再び大笑いを始めた。
「ヒャハハハ! あー勿論知ってるぜ? そこまで連れてってやるよ」
「ほんと? 助かるよ! うっかり迷子になってしまって困ってたんだ!」
私は男たちの一人に背中を押されつつ、彼らが誘導する方角へ歩き始めた。
良かった、これでナディアには怒られずに済むかもしれない。
男たちは大通りから外れ、人気のない裏道へ進もうとしているみたいだった。
私は疑問に思い、男たちに尋ねてみる。
「ねぇ、この先に神殿があるの? 神殿は大通りにあったはずだけど」
私の背中を押す男の力が、どんどん強くなっていく。
なんでこんなに力を入れるのかな? 歩き辛いんだけど。
「ねぇ、もう少しゆっくり歩いてくれないかな? 後ろからそんなに強く押されたら歩きにくいよ」
先頭の男が振り返って、とても下卑た笑顔になった。
「あーあー、お嬢ちゃんはちっちゃいからなぁ。だが急がないと神殿がしまっちまう。しょうがないから俺たちが抱えてやるよ」
んー、なんだか遠慮しておきたい笑顔だな。背筋に嫌な感じが走ってる。
「ゆっくり歩いてくれればいいだけだよ?」
「まぁまぁ遠慮すんなよ!」
男の一人が私を抱え上げようと伸ばした手が迫る。
背中を抑えるように押されているので逃げ道はない。ちょっと困ったな。なんとなく触られたくないんだけど。
私は咄嗟に身を屈めて男の手を避けた。
そのまま男たちの足の隙間を目掛けて腰を落としたまま駆け出した――のだけれど、着ていたローブの裾を踏まれて地面に転んでしまった。
「あいたっ! ――ちょっと! 裾を踏まないでよ!」
額を地面に打ち付けてしまい、大変痛い。
振り向いて抗議したのだけど、男たちは裾を踏んだままニヤニヤと下卑た笑いを浮かべ、無言で私を見下ろしていた。
「えーと……なんで笑ってるのかな?」
男たちは私の問いに応えず、再び手を伸ばしてくる。
今度こそ逃げ場がない私としては、身を縮めて目を瞑り、両手を握って創竜神様にお祈りを捧げた。
――創竜神様! なんかよくわかんないけど、お助け下さい!
何かを叩くような鈍い音が頭上で響き、地面に重たい物が落ちる音が続いて聞こえてきた。
「――なんだてめぇ!」
「邪魔する気か!」
若い男たちの苛立った声が頭上から降ってくる。
何が起きてるのか、おそるおそる目を開けてみると、目の前に立つ、金髪の男の子の背中があった。
ちらっと辺りを見渡すと、私を取り囲んでいた若い男の一人が地面の上に仰向けで寝ているみたいだった。
残った五人の若い男が、私と私を背中に庇う様に立ち塞がる金髪の男の子を取り囲んでいる。
「あなた、だーれ?」
私の問い掛けと同時に周囲の若い男たちが金髪の男の子に襲い掛かった。
あっ! ――と思った瞬間に、若い男たちが次々と金髪の男の子に殴り飛ばされていく。
気が付くと、その場に立って居るのは金髪の男の子が一人だけ。私はしゃがみ込んでいるのでノーカウントだ。
「……怪我は無いですか?」
男の子が私に向き直り、手を差し伸べてきた。
なんだか安心できるその声を聞いて、私は素直に手を取って立ち上がる。
「怪我はないよ。おでこが痛いけど」
男の子の青空のような瞳が私の額に向けられ、男の子は眉をひそめた。
「……擦りむいてるじゃないですか。さっき転ばされた時ですね」
どうやらローブの裾を踏まれたところを見られていたらしい。
ということは、その時見事に転んだところも見られてたのか。ちょっと恥ずかしいな。
「あはは、このローブ、逃げ回るのに向いてないからねー。でも、この人たちはなんだったの? 親切そうかなって最初は思ったんだけど、途中からなんだか怖かったし、殴ってしまって大丈夫だったの?」
私が小首を傾げて尋ねた言葉に、金髪の男の子は呆れたように口を開けていた。
「まさか、気づいてなかったんですか?」
「何に気づいてないのかな? 私が”白竜神殿に行きたい”って言ったら、案内してくれるって言ってくれたから親切な人かなって思ったんだけど、なんだか笑い方が嫌な感じがしたんだよね。あんな笑い方をすると、印象が悪くなると思うんだけど。人生、損しちゃうと思うんだ」
男の子はしばらく呆れた顔になった後、「白竜神殿ですね、それなら僕が案内します」と手を引いてゆっくり歩いてくれた。
男の子は多分、身長百七十センチくらいかな? 百五十センチに満たない私の手を引くのは、少し歩きにくそうだ。
「ねぇ、貴方の名前はなんていうの? 私は……えーと、ゲルダよ」
本名を伝える訳にもいかないので、とりあえずこちらの名前を伝えておく。
「僕は……フィル、と呼んでください。そのローブ、竜の巫女のローブですよね。巫女なのに神殿の場所を知らないという事は、遠くから巡礼に来たんですか?」
名前を名乗る前の間がなんとなく気になったけど、私も本名を名乗ってるわけじゃないから突っ込み辛い。素直に質問に回答しておこう。
「巡礼というか、挨拶? みたいな」
男の子――フィルは少し不思議がっているみたいだ。
「挨拶ですか? 神殿に? 巫女がですか? 聞いたことがないな……」
私は「あはは……じゃあ巡礼ってことでいいよ」と適当に目を逸らして笑って誤魔化しておく。
んー、このままじゃまずい気がする。とりあえず話題を変えよう。
「フィルは何歳なの? 喧嘩が強いんだね。私は十五歳だよ」
「えっ」
「……その”えっ”ってどういう意味かな? 怒らないから正直に話してみてもらえる?」
私の責めるような眼差しを受けて、フィルは目を逸らしながら応える。
「……いや、もっと小さい子かと思いました。まさか同い年とは思わなくて」
「いいよ、小さい子に間違われるのは慣れてるし――でも同い年なのかー。それであんなに喧嘩が強いなんて、凄いんだね!」
私が素直に笑顔で褒めると、フィルは一度私を見た後、すぐに頬を染めて目を逸らした。
どうやら女子耐性があんまりないみたいだ。綺麗な顔をしてるし、途中までは女の子には慣れてそうだったのに……変なの。
「どうしたの? 急に目を逸らして。もしかして、褒められ慣れてなかった?」
「いえ……その、なんでもありません」
「話をする時は、ちゃんと目を見て話さないと失礼なんだよ?」
「そういうゲルダさんも、先程目を逸らしましたよ?」
フィルは目を逸らしながら的確に痛い所を抉ってきた。
「……この勝負、痛み分けだね」
「そういう事にしておいてください」
しばらくフィルと歩いていて、私は気が付いたことがあった。
「ねぇフィル、さっきから私たちを遠巻きにして、兵士さんが付いてきてない?」
六人くらいの兵士が、八メートルぐらいの距離を保って私たちに付いてきてる気がする。
今のフィルは私の歩幅に合わせてる。大人の男の人なら、とっくに追い抜いてるはずだ。
もしかして見つかっちゃったかな? だとしたらナディアに怒られることが確定しちゃうな。思わず気が滅入る。
「――申し訳ありません、見つかってしまったみたいです。彼らは無害なので、気にしないでいいですよ」
「その言い方、フィルが兵士さんから逃げてたってこと? フィルってもしかして悪い人なの?」
まぁとてもそうは見えないんだけど。
フィルは意表を突かれた顔をした後、お腹を抱えて笑いだした。
「あはは! そうか、兵士から逃げるのは悪い人、確かにその通りだ――だとしたら、ゲルダさんはどうするんです?」
楽しそうな笑顔で私の顔を見るフィルに、私は笑顔で応える。
「フィルは悪い人には見えないから、きっと兵士さんの勘違いじゃないかな?」
再びフィルは頬を染めてしばらく私の顔を見つめた後、またふいっと目を逸らしてしまった。
「……ねぇフィル、もしかして女性慣れしてないの? 頬が赤いよ?」
「いえ、あの……では、そういう事にしておいてください」
歯切れの悪い回答だなー。
てくてくと兵士に囲まれながら大通りを歩いていると、遠くに白竜神殿が見えてきた。
私はフィルを見上げて笑顔で告げる。
「ありがとうフィル! ここからならもう迷うことはないから、一人で大丈夫だよ!」
「いえ、ゲルダさんを一人にするのは危なっかしい。きちんと神殿まで送ります」
私はむすっとして抗議する。
「子ども扱いしてない?! 十五歳なんだよ? 私は!」
フィルは優しい笑顔で私に応える。
「子ども扱いではありませんよ。先ほどの男たちを見て、”親切な人”と言ってのける人を街中に放り出すわけにはいきません。それだけです」
私は小首を傾げてフィルに尋ねる。
「結局、あの人たちは何だったの? ”楽しい遊び”とかなんとか言ってたけど、それってどんな遊びなのかな? 教えてくれなかったんだよね」
「……いえ、おそらく貴方が知る必要がない事でしょう。あの男たちの言った事は忘れてください」
「んー、よくわからないけど、フィルがそう言うなら忘れるね!」
てくてくと白竜神殿が近づいていくと、神殿周辺を兵士や神官、巫女たちが慌ただしく走り回っているのが見えてきた。
んーこれは大変よろしくない状況だ。
私はフィルを見上げてもう一度告げてみる。
「えーと、フィル? これだけ近ければ、さすがに大丈夫だよ? ここまででいいよ!」
「いえ、きちんと神殿の前まで送ります」
フィルの手は優しいけれど、がっちり私の手を掴んでいる。これを振りほどくのは私の力では多分無理だな……
しょうがない、怒られる覚悟を決めておこう。
白竜神殿が近づき、私たちの事が目に入った神官が一人、こちらへ駆けてくるのが見える。
その神官に続くように他の兵士や巫女たちも、群れを成してこちらへ駆け寄ってきた。
とりあえずフィルの後ろに回り込んで姿を隠しておく。
フィルが不思議そうな顔をして駆け寄ってくるみんなや、背中に隠れている私の事を交互に見ていた。
「フィル、できれば手を離してくれると有難いかな……」
「いえ、それはできません――ですが、彼らは何故駆け寄ってくるんですか?」
「……見つかっちゃったから、かな」
「どういうことです?」
「いやその……あはは」
私が笑って誤魔化している間に、先頭の神官が目の前までやってきた。
「アデラガルト殿下! こんな所におられたんですか! ――しかし、何故フィリップ殿下とご一緒なんですか?」
神官の言葉に、私の思考が一瞬停止した。
「殿下?!」
「殿下?!」
上を向く私と振り向いたフィルが顔を合わせ、その声がハモった。
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