表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/58

6 話し合い

 その時、二人の部屋のドアをノックする音が室内に響いた。根来がドアを開くと、そこには英信が不安そうな表情を浮かべて立っていた。


「今からリビングで、東三さんとの話し合いが始まりますから、よろしくお願いします」

 と英信が言ったので、

「何の話し合いですか?」

 と根来は尋ねた。

「いよいよ暗号が公開されるのです。良いですかな。暗号を見た瞬間からあなた方は推理を始めて下さい。あいつは埋蔵金を分配することを提案してくるかもしれませんが、私どもはそれを決して認めません。とにかく、暗号の内容を読んだら、すぐに推理を始めて、彼らよりも早く埋蔵金を見つけるのです」

「そんな喧嘩腰で良いのですかなぁ」

 と根来は不機嫌そうに答えた。

「そんな態度を取れば、それこそ血で血を洗うようなことになりかねんのでは……」


「いいえ! 埋蔵金は、私どもが手に入れるのです! この点に関してはいかなる助言も受けませんぞ。あなた方は、とにかく暗号を推理して頂ければそれで良いのです」

 何を言っても分からなそうなので、根来はむすっと黙って、つまらなそうに頭を掻いた。


「それでは、一階のリビングでお会いしましょう!」

 と英信は叫んで、震える手足を動かして、廊下を走り、バタバタと音を立てて階段を転げ落ちるように降りて行ったのである。


 根来と祐介がしらけた気持ちになりながら、螺旋階段を降りてゆくと、二階の廊下から黒眼鏡の男が現れた。

「ああ、あなたは双葉(そうよう)さんですな」

 根来はそのように話しかけた。

「あなたは……お話は伺っています。群馬県警の……」

「根来です」

「なんでも、私どもの間でトラブルが起きないように見守って頂けるということですね。群馬県の方ですか」

「そうですな」

「ふん。それなら私と似たようなものですな」

「なんですって?」

 男は黒眼鏡をついと上に押し上げると、さもつまらなそうに、

「なに、そのことは帰りの船ででもお話しましょう」

「そのご様子ですと、双葉さんは群馬県のご出身ですかな。しかし、お父さんの和潤さんは山梨県の方だと思いましたが」

「なに、母のことですよ」

 その後、男が何か意味ありげに黙ったので、根来はいささか妙な気分になって、

「すると、お母様は群馬の方ですか」

 と尋ねた。

「ええ。高崎の人間でした。そのことは今は語りたくありませんな。それよりも、これから始まることをどうお考えです」

「なんですって?」

「血が流れることになるだろうとは思いませんか。私はこんなふざけたことは嫌だな。それでも金は金ですよ。莫大な資産だ。やれるだけのことはやるつもりです」

 それだけ言って、黒眼鏡を抑えながら、さっさと階段を下ってゆく後ろ姿を、根来と祐介はぼんやりと眺めていた。


 かくして、リビングに集まったのは十一人。古い長時計がかかっていて、カチリカチリと音を立てている。長方形のテーブルを囲むように一同は座った。

 愛人の子供である東三は、集まった人間をじろりと睨みつけると、何も言わずに、鞄の中から一枚の和紙を取り出した。

「そ、それが……」

 英信は弾かれたように立ち上がった。東三は不満げに唸って、それを座らせると、

「ちょっと落ち着いて頂きましょうか。英信さん」

 と鋭く睨みつけた。


 すると、英信の長男である二十代後半の元也は、クックックとさも可笑しそうに父を笑い、

「そうだよ。父さん。そんなに慌てていたら、恥をかくだけだよ。なぁ、幸児」

 と言って弟の幸児を見る。


 ところが、幸児は何も言わずに元也の目を見ているだけだった。それを聞いて、英信は恥ずかしそうにハンカチで額を拭ったのであった。


「ご承知の通り、父は我々に埋蔵金の場所を示しているという暗号文を残しました。それがこれです」

 東三を除いた十人の視線が、一斉にその和紙に集まる。根来と祐介も、さてどんなもんだろう、と目を輝かせて椅子から半分立ち上がると文面を覗き込んだ。そこには、筆でしたためられた四行ばかりの文章があった。


  天狗の鼻が突き出すところ

  極楽へ向かえ

  右の手に

  青月の夜


 しばらくの沈黙の後、英信は首を傾げながら顔を上げた。そして、

「天狗の鼻……」

 訳のわからないとばかりにポツリと口に出したのであった。


「分からんでしょう」

 東三は、半分は確認するような、また半分は断定するような強い口調で誰にいうともなしに言った。


 テーブルの席に座っている者は、誰も何も言えずにその暗号文を見つめているばかりなのであった。

「へえ。これは狂った暗号だな。面白いじゃないか。天狗の鼻が突き出すところだって、そんなところがあるのかい。この島に」

 元也はさも可笑しそうな口調で言った。祐介は先ほどまで、この元也の言動がどこかひどく浮かれているような、狂気に満ちているような、風変わりで、この状況の深刻さに相応しくない、調子外れな感じがしていた。ところが暗号文が明かされた今では、この調子はずれの感じがかえって、このリビングの異様な空気を象徴的に物語っているもののような気がした。


「天狗の鼻……ありますよ」

 突然、予想外の言葉が響いた。一同は、一瞬誰の発言かが分からずに、いくつもの視線がテーブル上を交差した。

 すると、英信の妻である時子が真剣な顔をして、一同の顔を見まわしてから、

「天狗の鼻、私、聞いたことがあります。和潤さんから」

 と言った。


 英信は一瞬、ぼけっとした顔で時子の顔を見ていたが、はっと何かに気づいて、慌てて人差し指を立てて口に添えて、しーっと言った。東三と双葉の二人に、この事実を隠そうとしたのだろう。しかし時子はそんなことは構わずに、

「島の北側に、天狗岩という岩があると、和潤さんから聞いたことがあります。天狗の鼻と言うのは、そのことでないかと……」

 と言った。英信は、この人言っちゃったよ、といかにも残念そうな顔をして、不安そうにあたりの様子を伺う。


「天狗岩。それは確認してみる必要がありますね」

 東三は感情のこもらない声で応えると、しばらく考えてから、鋭い視線を一同に走らせた。


「皆さん。祖父、明安の遺言によれば、埋蔵金の相続権はこの場にいる、私、英信さん、双葉さん、さらに元也君、幸児君、沙由里さんにあると思われます。しかし、残念ながら、実際に埋蔵金を手に入れるのはその内のたった一人です」

 と語り出した。


「狂った遺言だわ」

 一同の視線が沙由里に集まる。

「だって、そうでしょう? 違った?」

 そう言ってから、沙由里は不機嫌そうに視線を背けた。


 東三は沙由里をジロリと睨んでから、また語り出す。

「沙由里さんの仰る通りですな。確かにこの遺言は狂っている。だからこそ、この狂気を終わらせようと思うのです。さて、この通り、暗号文は公開されました。埋蔵金はこの島のどこかにあると思われます。ここにいる人間は埋蔵金を手に入れる条件が同じということになります。さて、帰りの船が到着するのは四日後です。それまでに我々はこの埋蔵金を見つけるべきだと思う」

「それでは、見つけた埋蔵金は分配するのですか!」

 英信は不安とも恐怖ともつかぬ声で叫んだ。


「しない!」

 東三が、殺意のこもったような声でそう叫んだので、空気が一気に張り詰めた。


「祖父の遺言の通りです。手に入れるのはたったの一人だけだ。だからこの四日間という間は、皆、敵同士なんだ。いえ、表現が過激でしたか。我々はライバルというものですね」


「それこそ狂ってるわ!」

 沙由里は興奮したように立ち上がって叫んだ。

「何が狂っているというんだ!」

「絶対におかしなことになります!」

「分からんかな。沙由里さん。私はこの通り、預かった暗号文を君たちにちゃんと公開をしているのだぞ。本来ならば、君たちに教えなくったって……」

「それとこれとは問題が違います!」

「じゃあ、君は権利を放棄するというのか!」


 この口論の様子を、一同は呆気に取られて見つめているばかりで、誰も仲裁に入ろうとしない。英信は腰を抜かしたような顔をしているし、元也は狂っているかのようにへらへらと笑い、お人好しの幸児はずっとうつむいていた。


 根来は(言わんこっちゃねぇ……)と祐介を見た。(俺が、あの東三って男を背負い投げすれば、済む話なのか?)と背負い投げの手つきを見せると、祐介は首を横に振った。


「まあ、良い。これからの四日間はこんな口論ぐらいじゃ収まらんだろう。しかし、埋蔵金を手に入れる者はたったの一人だ。忘れるな!」

 東三がテーブルを蹴るようにして立ち上がると、椅子がギッと音を鳴らし、彼は何も言わずにそのままリビングから疾風のように出て行った。暗号文はテーブルの上に残したままだった。


「こんな、こんなふざけた……」

 英信は立ち上がると、なぜか祐介の方に掴みかかって、悲痛な声を上げた。

「あいつら、予想を遥かに越えて、喧嘩腰じゃないですか!」

「僕に言われましても……。まあ、ここには根来警部もいますし、善処しましょう」

「おい。なんか最悪な事態になってないか?」

 根来は立ち上がると、腕組みをして、いかにも不機嫌な声を出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ