41 洞穴の探検
根来は、洞穴の中に入るとすぐに、暗闇が覆われた堂内を眺めながら、
「おい、懐中電灯がないと調べんのはさすがに無理だろ」
と呟いた。確かに、元也に斬り殺されると思って、慌てて洋館から逃げ出してきたので、ふたりとも懐中電灯を持って来なかった。
「どうしますか、僕が洋館から取ってきましょうか」
「お前はあくまでも一般人だ。ひとりになった時に犯人や元也と出くわしたらまずい。刑事である俺が行こう」
「お言葉ですが、ここに一人で待っていても犯人がきます。それにどちらにても元也さんと出くわすリスクは変わりません」
「それもそうだな。この際、二人で行動するのが何よりも安全だ。ここらへんで、犯人を待ち伏せすることもできるのだし、何も洞穴の奥まで入ることはねえな。よし、ちょっとその辺で待ち伏せするか」
根来はそう言うと満足そうに、洞穴を出て行った。そして洞穴群の周辺を二人でしばらく歩いた時、根来は、一つの洞穴の入り口を覗き込んで驚きの声を上げた。
「お、おいっ! 羽黒、これを見てみろ」
「なんですか?」
祐介が走って行くと、その洞穴の中に一つの鞄が落ちていた。それは確か、英信の鞄だった。
「どういうことだ。これ、犯人がここに持ってきたのかな……」
「どちらにしても、中を見てみましょう」
二人がその鞄を開くと、中から懐中電灯が二つ出てきた。
「都合が良いじゃねえか。おい、ちゃんと二個あるぞ」
「なんですかね、この罠みたいな感じ……」
「いや、罠じゃねえよ。とにかく、これを持って、ひとまず埋蔵金とやらを確認してみようじゃねえか!」
根来は嬉しそうに、その懐中電灯をペンライトのように振り回した。
こうして二人は、その洞穴から出ると再び、元の洞穴へと戻った。懐中電灯の光をあてると、暗闇に呑み込まれてしまって、洞穴の奥ゆきは果てしなく感じられる。
「よし、中に入ってみよう。暗号によると、曲がり角があったら、右、左、左だな」
「違います。左、右、右です」
祐介はやれやれといった顔をして言った。
二人は鍾乳洞の中へと入ってゆく。
七、八歩だけ進んだその時であった。二人の背後でカタリと物音が聞こえた。二人はぎょっとして振り向くと、そこには日本刀を握りしめ、腰から懐中電灯をぶら下げ、憎しみの表情を浮かべている元也の姿があった。
根来と祐介は顔を見合わせて、思わず黙った。状況がよくなかった。こちらは何も持っていない。相手は、日本刀を握りしめているではないか。
「あんたら……何しているんだ……埋蔵金を探しているのか……?」
元也が握りしめている日本刀の切っ先が、今度は二人を脅かす。二人は抵抗することができずに、おずおずと後ずさりをする。
「元也さん、これは犯人をあぶり出す為の作戦で……」
「おいっ! お前ら、最初から埋蔵金に興味があったんだろっ!」
どうやら、元也は二人のことを犯人と疑っているらしい。
「それで……東三や双葉を殺した……父さんを殺して……富美子も殺しやがったなっ!」
その切っ先は、感情を漲らせて、小刻みに揺れていたが、その分、強大な力が込められているようにも見えた。
「違うんだ、そうじゃないっ!」
根来は必死の声を上げる。音が洞穴に響く。二人は出入口に向いて、後ずさりをしているので、どんどん周囲は暗がりに包まれてゆく。
根来は、後ずさりをしている内に、洞穴の石につまずきそうになった。祐介はそれを見て、ある作戦をふと思いついた。
「どうして……富美子を殺した……お、お前たちにとっては……あ、あいつの命は……どうでも良かったのかっ!」
元也の日本刀の動きが大きく乱れる。その瞬間、祐介は足元の石を掴んで、元也めがけて勢いよく投げつけた。石は、元也の手の甲に命中した。元也が悲鳴を上げてひるむ。
「うわっ……なにしゃあがる!」
その瞬間、根来と祐介は懐中電灯をかまえると洞穴の奥へと全速力で走り出した。
暗い鍾乳洞を走ってゆく。後ろから元也の足音が近づいてくる。捕まったら斬り殺される。その恐怖感が二人の足を速めさせた。
その時、洞穴の分かれ道が近づいてきた。根来は慌てていたので、右側の道に飛び込む。それは確かに埋蔵金のある道ではなかった。しかし、今は元也の視界から一刻も早く消えようとするあまり、埋蔵金とは違う道を選んでしまったのだ。
二人はとにかく、元也からがむしゃらに逃げた。暗い鍾乳洞の中をどこまでも、突き当たりまで足を止めるつもりはなかった。ところが、どこまでも行っても洞穴には終わりがないのだった。鍾乳洞は迷宮のように枝分かれしているようだった。
このままやみくもに突き進んだら、道に迷うのではないか、という心配が、祐介の頭に幾度もよぎったが、迫ってくる元也の足音はいつまでも止まないのだった。
突然、祐介が声を荒げた。
「根来さん! 止まってください! 元也さんの足音じゃありません。自分たちの足音が反響しているだけです!」
「えっ」
根来は素っ頓狂な声を上げると、飛び上がって地面の上に両足で着地し、立ち止まった。大きな音が響き渡って消えた。確かに元也の足音と思っていたものは、その途端に、しんとして静まり返ってしまった。
「なんだ、脅かしやがって……」
「ところで、ここはどこでしょう……」
二人は知らぬ内に、洞穴を突き進み、想像を絶する奥深きところにたどり着いてしまったのである。




