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14 アリバイの問題

 次に根来は、その場にいる人間のアリバイを確認することにして、その事情聴取の説明を開始した。


「それでは、これから皆さんに色々とお尋ねしていきたいと思います。まず第一に、双葉さんが亡くなったのは少なくとも夕食後のことと思われます。何しろご本人が食事の席にいましたからね。食事が終わったのは、午後八時頃のことです。そして、我々が双葉さんの死体を発見したのは、それから二時間ほど後の午後十時頃のことになります。こうしてみると殺人は、この二時間の内に決行されたものと考えられるのです。

 さて、双葉さんの死体は発見時、少なくともすでに死後一時間以上が経過していました。そうしますと、午後八時から午後九時の一時間の内に、殺人が決行されたというところまでは断定できるのです。さらに、東三さんの遺体が見つかった午後九時ごろに、皆さんには、このリビングに集まって頂きましたね。皆さんが集まったこと、私自身もこの目で確認しています。

 さて、双葉さんの死体の発見された場所というのは、この洋館から片道二十分、往復では四十分かかる砂浜の上でした。つまり犯人は、この八時から九時の一時間の内、少なくとも四十分間は、誰からも目撃されていない時間がある人物ということになります。それでは、午後八時から午後九時の間、皆さんがどこで何をしていたのかお聞きしたいと思います」

 尾上家の人間たちは、さも不安そうに顔を見合わせた。根来はこうした前置きをおいてから、一人ずつ、ダイニングルームに呼び出すことにした。


 はじめに英信がダイニングルームに呼ばれた。

「私はずっとダイニングにいました。夕食後、ほとんどの人間はダイニングルームにいたのです。本当です」

「ほお。具体的に誰がいたのですか?」

「妻と元也、そして富美子さん、そして沙由里がいました」

「なるほど、それでは、あなたを含めた五人がダイニングルームにいたのですね。そこであなた方は一体何をしていたのですか」

「妻と富美子さんは、食事の後片付けをしていましたな。私どもはただ下らない雑談を……」

「ふうむ」


 根来は、英信が嘘をついていないか調べる為に、些細な会話の内容などを執拗に聞き出した。もし自分の家族を庇おうとして嘘を言っているのなら、どこかで証言の中に、つじつまの合わない事実が出てくるはずである。


 続いては元也であった。元也もまた同様のことを言った。その供述は、英信の話と完璧に一致したのである。

 時子、富美子、沙由里もまた同様であった。この五人は、ずっとダイニングルームにいたというのである。ダイニングルームから外出した時間と言っても、せいぜい十分から二十分程度のものだったらしい。


 二十分間というと一応、殺害現場にたどり着くことはできても、午後九時までに洋館に帰ってくることはできない程度の余裕である。


 残りの幸児と未鈴は、根来や祐介と一緒にリビングにいたという。それは根来も祐介も共に記憶している疑うことのできぬ事実だ。この二人もその間、十分程度しか席を立っていなかったように根来は記憶している。


 根来は、これらの情報をまとめて、リビングに待っている尾上家の人間に、

「皆さんのアリバイが全て確認できました。これで犯人が外部の人間であることがはっきりしました」

 と伝えた。一同はそれを聞いて、すっかり安心したようであった。


「しかし、そうなると、この島のどこかに殺人鬼が潜んでいるということになりますな。皆さん。戸締りを必ず確認してください。そして、もしものことがあったら、叫び声を上げるなり、物音を立てるなり、まわりの人間に気づかれるようにしてください。ちなみに夜中は、私と羽黒が廊下を巡回することにしますので、どうぞご安心ください」

 祐介は(根来さん、それじゃ僕たちはいつ眠るんですか?)と訴えるような目をした。(交代だよ。わかるだろ)と根来が見返す。



 このようにして悪魔の一日は終わった。と言っても、明日になれば、悪魔の二日目が始まるのに過ぎないのだが……。


 果たして、尾上家の人間は、部屋の中でぐっすりと眠れているのだろうか、それとも神経が逆立って眠れないでいるのだろうか。そんなことは分からないが、祐介と根来はただ黙然として、静かになった洋館の廊下を交代で定期的に巡回していたのである。


 そんな祐介が洋館の廊下を歩いている内は、特に事件らしいことは何一つ起きなかった。


 それにしても、と祐介は思う。根来の話では、全員のアリバイが確認できたということだが、本当にこの洋館の人間の中に犯人はいないのだろうか。根来は、容疑者に嘘がつけないように、執拗に質問したと言っていた。だとすれば、彼らのアリバイはまず間違いないものなのだろう。


 しかし、祐介には、この二件の殺人が尾上家の埋蔵金の騒動と、まったく関係なく起こったものだとは到底考えられなかった。偶然にしては出来すぎている。また、こんな島に得体の知れない殺人鬼が潜んでいるということの方がよっぽど非現実的な幻想のように思えたのであった。


 祐介は窓の外を見る。日本刀のような鋭利な刃物を持った殺人鬼が、この闇の中を疾走しているのだろうか……。

 祐介はその時、ある疑問が浮かんだ。なぜ第一の殺人では、被害者は刃物で切り殺されているのに、第二の殺人は石を使った撲殺だったのだろうか。


 二つの殺人は、同一人物の犯行ではないのだろうか……。それとも、もっと別な理由が存在するのだろうか。


 しばらくして、祐介がリビングへ戻ると、根来がソファーで静かに横たわっていた。

「根来さん」

 名前を呼んだ。反応がない。

「根来さん!」

 ところが、根来の反応はなかった。祐介は嫌な予感がして、根来を揺すった。すると、根来は大きな欠伸をしたかと思うと、寝返りを打った。


「なんだ……」

 祐介はおかしくなって笑いそうになったが、眠気が強すぎるあまり、笑い声が喉の奥で詰まって、ついに出てこなかった。

(早く寝たい……)

 祐介は根来の体を目一杯、揺すった。


 しかし、根来はなかなか起きて来なかった。

 祐介は諦めて、窓の外の景色を眺めた。見れば、大きな月が雲の隙間から青白い光を覗かせていた。ああ、ここは青月島と言うんだな、と祐介はあらためて思ったのである……。

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