プロローグ
地獄。その光景を一言で表すならばその一言に尽きるだろう。
森の中に一つ佇む古びた教会は炎を纏い、音を立てながら崩れていく。
辺りの森も炎に包まれその熱気が辺りの物に伝播し焼き焦がしていく。
しかしその熱でさえ燃え行く森の中に佇む10歳前後の子供達の心の中に芽生えた憎悪の焔には到底及ばないだろう。
子供達の輪の中には力無く倒れた一人の老齢の男が近くの青髪の女の子の頭を撫で、幸せそうな、それでいて悲しそうな表情で目を閉じる。
少女の頭の上に乗せられた手が力なく地面に落ちると子供たちの慟哭が夜天に木霊する。
頭を撫でられていた少女の中で何かが壊れる感覚と共にその体から可視化する程の魔力の奔流が解き放たれる。
魔力は周囲の木々や教会に吹き付け森を赤一色の染め上げた炎すら掻き消す。それでは飽きたらず魔力の奔流は周囲の物を凍てつかせ始める。
氷点下まで冷え込んだ周囲とは裏腹にその瞳には一層強く憎悪と恩讐の焔が燃え盛り少女の理性を焼き焦がしていく。
周囲の子供たちも同じ焔を瞳に宿す者、悲しみ絶望に沈む者と様々だったがこの現実を受け入れられない事だけは共通していた。
青髪の少女が一歩森の外に歩みを進めるのに少し遅れて何人かも同じ方角に歩き出す。
そんな背中を小さな角の生えた少女が遅れて追いかけ青髪の少女の服の袖を掴んだ。
「...行か、ないで......お姉ちゃんまで居なくならないで!」
裾を掴まれた事など意にも返さず歩みを止めなかった少女がそこで初めて足を止め、少し開けて振り返った。
そこには肩を震わせながら魔力の奔流の根源である少女を掴んだせいでその手が徐々に凍り付きながらも必死に離すまいとする姿が目に入る。
顔は涙でぐちゃぐちゃでその涙が凍り付き目も開けるのもやっとといった目も当てられない姿を見て硬直する。
怒りに任せ解き放った魔力が辺り一帯を凍り付かせるだけに飽き足らず大切な家族まで傷つけていたのだ。
周囲を見渡せば燃え盛る森も教会も無く、家族の子供達までその肌に薄っすら霜を付け凍えていた。
それを見届けた少女はその身体から立ち上る魔力が消え失せ辺りに静寂が訪れる。
「..エル」
「お父さんやお姉ちゃんや皆まで居なくなるなんていやだよぉ、うわぁぁん」
「ごめん、ね。ごめんね。エル」
そっと青髪の少女がエルを抱きしめるとエルは大泣きしてしまった。
その際叫んだ言葉はきっと子供たちの心の中で共通した物だったのだろう。家族を失いたくないと思うが故に家族を奪った者達が許さなかったのだろう。
そんな当たり前の事さえ見失ってしまった者達も理性が戻り時には膝から崩れ落ちながら悲しみを吐き出し続けた。
そんな子供達を優しく月明かりが包み込みいつしか森に静寂が戻って行った。
歴史にも記されず、一つの悲劇が幕を閉じた。
目を開けるとカーテンの隙間から差し込む朝日がまだはっきりとしない意識を覚醒させていく。
大人へと近づきながらも幼さを若干残した顔つきの青い髪の少女の顔色は優れず目元には薄っすらと涙の跡が残る。
「..また懐かしい夢を...」
呟きながらも目元を手で拭い、ベットの上で一つ伸びをし、立ち上がると窓へと歩きだしカーテンを勢いよく開ける。
まだ朝早くだというのに多くの人が街を行き交い、賑やかな喧騒が聞こえてくる。人々は笑顔を浮かべ時には喧嘩もしている。実に平和な街並みと先ほどの夢の落差に眩暈を覚えるも頭を振って直ぐに切り替えると気品を感じるこの国の最高学府の制服に袖を通す。
胸には知恵を意味するとされる水面に月のエンブレムがガルガンティア学院の生徒である何よりの証拠であると主張する。
髪紐を手に取ると手慣れた様子で髪型を整えポニーテールにすると宿のドアを潜り歩みを進める。
根無し草の冒険者となって久しいカナにとっては随分と久ぶりである定住地のガルガンティア学院へと歩みを進めていく。