あのバイクの奴、死ねばいいのに
いきなり猛スピードのバイクが路地から飛びだしてきた。
「うわっ」
俺はびっくりして後ろへ飛び退き、尻もちをついた。
近くを歩いていた小学生も棒立ちになって、すくんでいる。
バイクは停止線を5メートルほどオーバーしてブレーキをかける。
「チッ」
バイクの奴は舌打ちしてこちらを一瞥し、すぐに走り去った。
黒いベースに赤の塗装をした毒々しいカラーリング、ヘルメットもフルフェイスの真っ黒だ。
お前の顔は忘れない。いや顔はわからんが、そのヤドクガエルのような色は忘れないぞ。
ふつふつと怒りが下腹部から上半身、そして胸から頭に上がってきた。
頭に血が上りきった俺は立ち上がって、ズボンを脱ぐ。
そして「ガチャリ」と腰椎の上部についたリミッタートリガーをはずした。
小学生は手に持っていたリコーダーを震わせて、小さくなったバイクの後ろ姿と俺を交互に見ている。
俺は小学生に話しかけた。
「ああいう輩にはいろいろ思い知らせねばならないと思わないか?」
小学生はいきなり下半身をブリーフ1枚にしたおっさんに話しかけられて固まった。
俺はもう一度小学生に優しく微笑む。
「なあ、君。懲らしめた方がいいと思うが、どうだ?ん?」
小学生は瞳孔を開き、足を震わせてウンウンと何度も頷く。よかろう。俺に任せろ。
「じゃあ、君のそのリコーダーをおじさんに渡しなさい。大丈夫、後で一万倍にして返すから」
小学生が眼を見開いたまま動かないので、手を出して「ほれほれ」と催促する。
小学生は俺に震えながらリコーダーを差し出した。
俺はニッコリと笑って受け取り、力強くサムズアップする。
「ありがとう。一万倍といってもリコーダーを一万個とか一万倍大きなリコーダーとか一万倍の唾液をつけて返すとかではないから安心しなさい。ウヒヒヒヒ」
小学生が気を失いそうな顔をしている。気の毒に、よほどバイクの無謀運転が怖かったのだろう。絶対に仇は取るからね。
俺は全速力で走り始めた。
腰椎上部のリミッターを切った俺の走力は新幹線こだまの1,3倍ほどだ。微妙だな。
それでも地上を走るのならば、凶暴なスピードであることに違いない。
途中で邪魔になったトラックを2台横転させたが、やむを得ない。あのバイクの奴を退治するのだ。どけどけどけ。
件のバイクが信号待ちをしているところに20秒ほどで追いつき、俺は奴に優しく呼びかけた。
「そこのヤドクガエルのような趣味の悪い塗装をしたバイク、止まれ。止まらんとボコボコにするぞ。止まってもボコボコだけどな」
バイクの奴がちらりとこちらを振り向いた。
「何だ。おっさん。誰だよ」
…覚えていないらしい。たったの20秒前の出来事を忘れてしまうとは若年性か急性の何かだ。
「さきほど危ない目に遭った者だ。通りかかった小学生にも頼まれた。そっちの路側帯に停車しろ」
「へっ」
バイクの奴は吐き捨てるかのように下品な声を出すと、必要以上の轟音でスタートさせた。
ほう、無視するか。
俺は小学生からもらったリコーダーをペロリと一なめした。ムヒヒヒ。これでチャージできた。小学生のリコーダーに含まれるパワーは家庭用電源に換算すると一般家庭3年分だ。
俺が小学生パワーを得た状態で大声を出すと、声の大きさは概ね140デシベル、だいたいジェットエンジンを耳元で聞いたような大音響となる。
「止まれ!止まらんと殴るぞ、ヤドクガエル!止まっても殴るけどな。こら」
すでに100メートル以上向こうに行ったバイクの奴がびっくりして、こちらを振り向いているのが見えた。それでも奴は止まらずに走り去った。
やむを得ん。俺は首の裏側にある第2リミッターシリンダーサスペンダーをペキッと折った。
胸の内側にある原子炉が発電を始めるのに3秒ほどかかった。
俺は全速力で走り始める。お尻の穴からは1800バームの白煙があがった。ターボがかかった俺の速さは新幹線のぞみの2億万倍だ。
「バビューン!」と口で言いながら、俺はバイクの走り去った方向へと向かう。あっという間、いや「あ」の半分くらい、「ぁ」くらいで追いつき、追い抜いた。さすがにバイクの奴は引き攣った顔になっている。
俺は反転し、バイクの進行方向に立ち塞がった。バイクの奴は急ブレーキをかけたが間に合わず、俺に衝突した。
バイクの奴が悲鳴をあげる。
「うわぁ。何すんだ!」
俺にはダメージなどない。今の俺は常人の2兆万倍の丈夫さと若干の風邪の引きにくさを保っている。
ガシッとバイクを正面から受け止めると、股間から出てきたバイクストッパーがガッチリと前輪を固定した。シュウウウと摩擦で白い煙が下腹部からあがる。
「お、おっさん、何なんだよ。追いかけてくるなよぉ」
「お前が逃げるから追っている。ヘルメットをとって『ごめんちゃい』という顔をして正座せよ」
俺は奴に忠告しつつ、小学生のリコーダーを自分の鼻の穴に差し込んだ。こうすると俺の悪人征伐能力は東京ドーム5個分になるのだ。
バイクの奴はすでに泣き顔だ。ヘルメットをしていても、俺の悪人征伐ビックリドッキリアイは見逃さない。
「う、うぜぇぞ。ふざけんな。クソ野郎」
「ピー、クソはともかく、野郎とは何だ。ピョー、このバイクの奴。ピョロロー」
「どこが引っかかるとこなのか、わかんねえよぉ。離せよぉ」
ちなみに『ピー』とか『ピョー』はリコーダーに俺の鼻息が入って鳴っている音だ。
俺は鼻で笑って、片方はリコーダーが入っているのでもう片方の鼻の穴で笑って、額から5寸釘を27本取り出す。
「ピョロロロ。ムハハハハ、ピョロー」
「な、何する気だ。やめろ、やめてくれ」
俺は構わずバイクのタイヤに釘を27本×15回刺した。ボフンボフンと音がして、前輪から空気が抜けていく。
「ピョー抜けたな。見事にピョロロー。ムハハハハハ。抜いた抜いた。すっきり賢者タイムだピー」
「け、警察にいってやる。訴えるぞ。器物損壊だ」
俺は口を普段より4倍ほど大きく開いた。口は耳まで裂けて、犬歯が上下32本見えているはずだ。
グヒャヒャヒャヒャピョロピョロと笑い声をあげて、鋭い歯をバイクの奴に見せつける。
「器物を損壊されただけで済むとピョロロ思っているのか。幸せなバイクの奴だピョー」
バイクの奴はひゅうと息を吸い込んで、飛び上がるように降車し、土下座した。
「ご、ごめんなさい。謝ります。謝ります。助けてください」
バイクの奴だった奴は股間を濡らしていた。漏らしたようだ。
俺はバイクの奴だった奴のヘルメットを片手でつかみ、無理矢理脱がせる。
「うぎゅぎゅぎゅ。や、やめて。く、首がもげる。ぎゃああ」
ガポッとヘルメットを引き抜いた。ゴエッとかオゴッとかいう声を出して、バイクの奴だった奴の素顔が現れた。
意外と貧相な顔が涙でクシャクシャだ。首を痛めたようで、のたうち回っている。
「おい、バイクの奴だった奴ピー。お前が吹き抜ける風になるのはこれからだピョロロ。750CCの大排気量の不幸がお前を待っているピョー」
バイクの奴だった奴はもはや気を失いそうだ。
「お、俺は。いいえ、僕は助からないのですか」
「反省したかピョロ」
「しました。すごくしました」
「そうか。ではピー」
「助けてくれるのですか」
俺は2メートルほどある舌を出して、バイクの奴だった奴の全身をベロベロとなめ回した。
「ピョロロロ、まだ助かると思っていたのかピョロロロロロロロ」
もうひとつ、ライダーが許される笑いありのエンディングとどっちにするか悩んだ末、救いのない方の結末を選択しました。やりすぎたでしょうかね。