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親友の妹の面倒を一週間見ることになった

作者: 墨江夢

「それでは、また二学期に皆さんと会えることを楽しみにしています! 解散!」


 担任のそんなセリフを聞くやいなや、クラスメイトたちが雄叫びを上げるかの勢いで騒ぎ出す。

 今この瞬間、俺たち高校生にとって一年で最も楽しみな時間・夏休みが始まったのだ。


 海に行く者、山に行く者、或いは夏休みの間も学校に来て部活に励む者。夏休みの過ごし方は、三者三様だ。

 人によって予定は異なるが、それでも一つ、全員に共通して言えることがある。夏休みが大好きだということだ。


 勿論俺・音羽貫太(おとわかんた)も例外ではない。

 俺にだって、夏休みの間は毎日朝から晩まで自室に引きこもってゲームをするという崇高な予定が計画されている。


 さて、この夏休みの間に、新作ゲームを一体何本クリア出来るだろうか?

 まずは昨日発売されたばかりの格ゲーで、オンライン対戦をするとしよう。目指せ上位ランカーだ。


 俺の頭がゲームの世界へ移行しようとしたその時、友人の浦野雪緒(うらのゆきお)が話しかけてきた。


「貫太。一つお願いがあるんだが……良いか?」

「断る!」


 俺は内容の触りすら聞かずに、雪緒を一蹴する。

 雪緒のお願いとは、90パーセントの確率で「金を貸してくれ」だ。生憎今はゲームを買ったばかりで懐が寂しいので、こいつに金を貸している余裕はない。


 帰り支度を終えた俺は、席を立つ。

 雪緒はそんな俺の両肩を掴むと、席に座り直すようゆっくりと押し返した。


「まぁ、そう言うなって。今回は金をねだりにきたわけじゃないからよ」


 借金以外のお願い事とは、珍しいこともあるものだ。

 だったら、話くらい聞いてあげても良いかもしれないな。……少なくとも話を聞かないと、俺を解放してくれそうにないし。


「……引き受けるかどうかはさておき、用件くらいは聞いてやる」

「ありがとう。……お願いというのは、実は恋愛絡みなんだ」


 恋愛、か。確かに世間一般のお願い事としては、金銭と並んで双璧をなす類いのものだな。

「気になるあの子との仲を取り持ってほしい」みたいな謂わばサポートがセオリーだけど、雪緒の場合そんなお願い事はあり得ない。

 彼には、既に恋人がいるのだから。


「なんだ? 喧嘩でもしたから、俺にその仲裁を頼みたいとか?」

「喧嘩なんかしてないっての。俺と彼女は、変わらずラブラブさ。昨日だって、5回はキスしたし。……あっ、寝る前にビデオ通話越しでしたやつも含めれば、6回だな」


 ロマンチックなエピソードだったので、俺は空気を読んで「スマホの画面って、案外汚いぞ?」とは口にしなかった。俺、偉い。


「そんな感じでラブラブな俺たちなんだけど、実はまだ一度もお泊まりをしたことがないんだよ」

「そうなのか? お前たちのことだから、てっきりホテルも顔パスだとばかり思っていた」

「んなわけあるか。俺たちは高校生だぞ? ……まぁだけど正直な話、俺たちも付き合って1年になる。そろそろ次のステップに進んでも良いかなーって、思い始めていたりして」


 ……成る程な。

 恋人との関係を進めるのに、夏休みという期間は良いタイミングだと考えたわけか。


「そしたら偶然、来週両親が二人きりで旅行に行くことになってよ。しかも一週間」

「彼女を連れ込む絶好の機会だな」

「その通り。……でも、一つ問題がある」


 ピンと、雪緒は人差し指を立てる。


「両親はいなくなっても……妹がいるんだ」

「……確かに、それは大問題だ」


 二人きりだからこそ出来ることも、妹という第三者が一つ屋根の下にいることで実行不可能になってしまう。

 考えてもみろ。もし雪緒が恋人と愛を育んでいる最中に、「お風呂空いたよー」と妹が部屋のドアを開けたとしたら……。気まずいことこの上ない。


 雪緒が俺に何を頼もうとしているのか、なんとなくわかったような気がした。


 雪緒は両手を合わせると、軽く頭を下げる。


「頼む! 一週間、妹を預かってくれ!」


 案の定、雪緒のお願いは妹の滞在先として俺の自宅を提供して欲しいというものだった。


 俺の両親は海外へ長期出張中なので、部屋自体は有り余っている。一人寝泊まりさせるくらい、なんてことはない。

 しかし両親が海外出張中だからこその問題もある。


「預かるって……俺は一人暮らしだぞ? 大事な妹をそんな家に寝泊まりさせて良いのかよ?」

「だってお前、妹に手を出さないだろ?」

「そりゃあ、出さねーけど」

「なら、良いじゃねーか。信頼しているぜ、親友」


「雪緒の妹に手を出さない」と宣誓したことで、唯一の懸念材料はなくなった。……あれ? もうこれ、断るって選択肢が消滅したんじゃないのか?


 ……まぁ、良いか。

 雪緒の恋を応援したい気持ちはあるし、ここは親友としてひと肌脱いでやるとしよう。


「わかった。一週間、お前の妹をウチに泊めるよ」

「サンキュー! 恩に着るぜ、親友!」

「恩に着るな。きちんと対価を寄越せ。報酬として、これから一週間のイチャイチャ生活を、あとでじっくり聞かせてもらう」


 その時は、とびきり苦いブラックコーヒーを用意するとしよう。

 二人の甘々生活の付け合わせには、最適だろう。





 翌日。

 朝食の後片付けをしていると、玄関チャイムが鳴った。どうやら雪緒の妹が来たみたいだ。


「今行きまーす」


 玄関を開けると、そこには白いワンピースを着た可愛らしい女の子が立っていて。彼女は俺の姿を見るなり、深々と頭を下げた。


「はじめまして。雪緒兄さんの妹の、冬美(ふゆみ)です。一週間、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく。俺は音羽貫太。えーと……浦野さんって呼んだ方が良いのか?」

「それだと兄と混同してしまいませんか? 冬美で構いません」

「わかった。それじゃあ、冬美ちゃん。遠慮せず中に入ってくれ」

「お邪魔します」


 俺は冬美ちゃんを自宅に上げる。

 

「父さんと母さんの寝室があるからさ、部屋はそこを使ってくれ。鍵はかからないんだけど、ドアは内開きになっているから、カラーボックスか何かを置いて、外から入れないようにしてくれれば安心だと思う。あとはお風呂なんだけど、冬美ちゃんの入浴中、俺は外で時間を潰していようと思う。勿論、鍵は持って行かずに」


 兄の為とはいえ、男が一人で暮らす家に泊まるのにはやはり不安があるだろう。

 その不安を少しでも軽減させるのも、迎える側としての役目だ。


 しかし俺の心配は、杞憂に終わる。

 冬美ちゃんは、クスクスと笑みをこぼしていた。


「そんなに気を遣って貰わなくて大丈夫ですよ。音羽さんは安全な人だって、兄さんから聞いていますから」

「……油断していると、俺に襲われるかもしれないぞ?」

「問題ありません。今日の下着には、自信があるんで」


 それは何の解決にもなっていないだろうに。


 しかしアホみたいな冗談を言えるのは、それだけ俺を信頼してくれているということで。だったら俺も、その信頼に応えないといけないな。


 両親の寝室に荷物を置いてから、冬美ちゃんはリビングにやって来る。


「あっ。ゲームやっていたんですか?」

「俺は生粋のインドア派だからな。夏休みの過ごし方は、ゲーム三昧に限る。……冬美ちゃんは、ゲームとかやるのか?」

「多少は。まぁ私の場合、兄さんに付き合ってって感じが多いですけど。……でも、一年くらい前からあんまりやらなくなっちゃいましたね」


 一年前というと、丁度雪緒に恋人が出来た時期だ。

 それまで妹につぎ込んでいた時間を、愛する彼女に費やすようになったのだろう。


「このゲームも、結構プレイしていたんだけどな。新作が出ていたなんて、全然知りませんでした」


 そう語る冬美ちゃんの横顔から、俺は寂しさを感じ取った。

 

 冬美ちゃんは、きっと雪緒が大好きなのだろう。

 だから兄ともっと一緒に遊びたい。でもその一方で、兄の恋を応援したい気持ちもあって。

 妹としての複雑な心境が、その呟きには見え隠れしていた。


「……なら、一緒にやるか?」


 気付くと俺は、冬美ちゃんにそう聞いていた。


「俺は冬美ちゃんのお兄さんにはなれないけど、一緒にゲームすることくらいなら出来る。お兄さんに構ってもらえなくて寂しい時くらい、付き合ってやるよ」

「……何ですか、それ」


 冬美ちゃんから、笑みが溢れる。


「それじゃあきちんと兄さんの代わりになって貰いましょうか。因みに兄さんは、私よりこのゲーム強いですからね。兄さんの代わりだって言うんなら、ちゃんと私に勝って下さいよ」

「任せとけ。運動や勉強はからっきしだが、ゲームの腕だけは自信があるんだ」

 

 などと格好付けてみたものの、勝負の結果は惨敗だった。

 冬美ちゃん、強すぎませんかね?





 親友の妹と、二人きりで一週間生活を共にする。

 はじめは不安しかなかったけれど、数日一緒に過ごした今ならこう思う。「雪緒のお願い引き受けて良かった」と。


 冬美ちゃんはとても良い子だ。

「お世話になりっぱなしは悪いから」と積極的に家事を手伝ってくれるし、俺の趣味に合わせてゲームにも付き合ってくれる。結果は散々だけど。


 一緒にいて楽しいし、落ち着くし。こんな女の子は、今まで出会ったことがなかった。


 正直に言おう。

 俺は冬美ちゃんに惹かれつつある。


 だけど欲望に駆られて彼女に手を出してしまえば、俺は雪緒と冬美ちゃん、二人の信頼を裏切ることになる。それだけは、なんとしても避けなければならなかった。


 五日目の夜。

 俺はDVDのパッケージを持って、冬美ちゃんのいる両親の寝室に向かった。


 彼女と過ごせる時間も、残り少ない。だからもうちょっとだけ一緒にいたいと思ってしまったのだ。


 部屋をノックしようとした時、中から冬美ちゃんの声が聞こえる。


「……兄さんから、電話来ないな」


 俺はその吐露を聞いて、ノックしようとした手を止めてしまった。


 俺の前では常に明るく、楽しそうに振る舞っている冬美ちゃんだが、本心では一週間も兄と会えないことが寂しくて仕方ないのだろう。


 冬美ちゃんにとって、雪緒がいる日常こそが当たり前で。誰よりも雪緒のことが大好きで。


 大好きだからこそ、雪緒の「恋人を優先したい」という気持ちを尊重している。大好きだからこそ、側にいられない雪緒の代わりを探している。

 その拠り所として選ばれたのが、俺だったのだ。


 俺と一緒にいる時、冬美ちゃんはいつも笑顔でいてくれた。その笑顔は決して偽りじゃなかったと思う。


 本心からの笑顔なんだけど……その笑顔が向けられているのは、雪緒の代わりとしての俺であって。

 もしかするとこの五日間、彼女が俺を見てくれたことなんてなかったのかもしれない。


 ……もう、寝るとするか。

 

 俺は自室に戻ろうと、両親の部屋に背を向ける。

 その時誤って、DVDのパッケージを落としてしまった。


 落下音を耳にした冬美ちゃんが、部屋の中から出てくる。


「もしかして……聞いてました?」

「……あぁ」

「そうですか……。まぁ、私がブラコンだっていうことくらい、音羽さんなら既に知っていたんでしょうけど」


 冬美ちゃんが微笑む。

 しかしその笑みはとても悲しそうで、だからこそこの家に来て初めて俺に向けられた笑顔だと確信することが出来た。


「私って昔から人見知りだったんで、遊び相手はいつも兄さんだったんです。あのゲームだって、兄さんとしかしたことがなかった。そんな引っ込み思案な私だったから、兄さんも甘やかしてくれて。自分の用事なんて二の次で、いつも私を優先してくれて。……だから兄さんに彼女が出来たって聞いて、本当は嫌だったんです」


 冬美ちゃんが口にした初めての本音。それは誰でも持っている感情・嫉妬だった。


「兄さんの彼女さん、凄く良い人でした。私にも優しくしてくれて、嫌いになんてなれる筈ありません。それにあの人と一緒にいる兄さんの顔が、心底幸せそうで。「あぁ、兄さんはこの人のことが本当に好きなんだな」と、いつも思っています」

「だから雪緒に「彼女より自分を優先して欲しい」なんて言えない。だけど仲睦まじい二人を見るのも、悲しい。そういうことか?」

「そうですけど……よくわかりましたね」

「俺も似たような経験をしたからな。ほら、ウチって基本的に両親が家にいないから」


 今でこそ慣れたが、中学生に上がる頃までは両親がいなくて寂しいと思っていた。

 毎日家に帰ってきて欲しい。一方で、両親にはやりたい仕事を好きなだけやってもらいたい。そんな気持ちもある。


 同じだからこそ、冬美ちゃんの気持ちが痛い程わかるのだ。


「音羽さんはその時、どうやって乗り越えたんですか?」

「両親に、自分の気持ちを全部打ち明けたよ。「寂しい」と伝えた。「でも好きなことを好きなだけして欲しい」とも言った」

「……わがままですね」

「当たり前だろう? わがままを言うのは、子供の特権だ」


 同時に、妹の特権でもある。


「だから冬美ちゃんも、素直に「寂しい」って伝えたら良い。きっと雪緒もそれを望んでいる筈だ」

「……わかりました。兄さんに、きちんと「寂しい」って伝えてみます」

「それが良い。……悩みも一旦解決したところで、DVDでも観ないか?」

「良いですね。しかもそれ、私が観たかったやつです」


「でも、その前に」。冬美ちゃんは俺に一歩近づくと、不意打ちでその唇を奪ってみせた。

 俺から離れるなら、顔を真っ赤にしながら言う。


「これは、お礼です。他意は……ほんのちょっとだけ、あります」


 ……悪い雪緒。どうやら俺は、お前の信頼を裏切っちまったようだ。





 残りの二日もあっという間に過ぎ去り、当初の約束通り冬美ちゃんは自宅へ帰って行った。


 これで冬美ちゃんとは、当面会うこともないんだろうな。そう思うと、ちょっと寂しくある。

 

 だったらいっそ、俺も冬美ちゃんに「寂しい」と伝えてみようか? ……なんて、男としてカッコ悪いな。即刻却下である。


 しかし俺の予想とは反して、冬美ちゃんとの再会はすぐに訪れた。

 冬美ちゃんが帰宅した翌日、早速彼女は俺の家を訪ねてきたのだ。


「冬美ちゃん? どうかしたのか? もしかして、忘れ物?」

「いいえ。今日は事後報告をしようと思いまして」


 報告って……あぁ。帰ってから、雪緒との関係がどうなったかの報告か。

 そんなの電話かメッセージで済ませてくれても良いのに、わざわざ律儀な子である。

 俺としては、会えて嬉しいんだけど。


「アドバイスに従って、兄さんにきちんと「寂しい」って言いました。音羽さんの言う通り、兄さんは凄く嬉しそうな顔をしていましたよ」

「そうか」

「でもやっぱり彼女も大切みたいで。……ですから、今後は私も交えて3人で遊ぶことになりました。勿論、毎回じゃありませんけど」


 恋人が出来ようが、夏に大人の階段を登ろうが、変わらないものがある。

 それは、兄の妹に対する愛情だ。


 恋人は別れたら恋人じゃなくなる。でも、兄妹はいつまで経っても兄妹だ。

 兄が妹を大切にしない筈ないだろう。


「全部音羽さんのお陰です。ありがとうございました」

「俺は何もしていないさ。でも、良かったな」

「はい!」


「あっ、そうだ」。思い出したように、冬美ちゃんは手を叩く。


「兄さんから音羽さんに伝言があるんです」

「伝言?」

「「妹とキスしたんだってな。この、裏切り者め」って言ってました」

「……」


 冬美ちゃん、確かに素直に打ち明けろとは言ったけど……キスのことは、黙っていても良かったんじゃないかな?

 夏休み明け、雪緒に責められるのが確定である。


「でも、条件を飲めば許してやるとも言っていましたよ」

「……俺に出来ることなら、何でもする」

「兄さんの出した条件、それはーー私を幸せにすることだそうです」


 ……まったく、雪緒のやつ。格好付けてくれるじゃないか。


 安心しろ、雪緒。

 お前の大切な妹は、俺が必ず幸せにするからよ。


 悩むくらいなら、自分の気持ちを打ち明けてみろ。俺の教えを実行するかのように、冬美ちゃんは頬を紅潮させながら、胸に秘めた本音を告げる。


「今度は兄さんの代わりじゃなくて、その、恋人としてずっと一緒にいて下さい」


 自分の気持ちははっきり伝える。冬美ちゃんにそう教えた以上、俺も実践しなければ。

 取り敢えず、あと10回くらい彼女に「好き」と伝えてみるとしようかな。

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