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八、実戦

 大岩を消滅させた後、師匠と共に黄泉比良坂に向かった。

「師匠、昨日最後に使った技は何ですか?」

「ふむ。あれは己の霊性を高めて剣気と化し、刀に乗せ放つことで刀が届かない場所を斬ったのだ」

「霊性を高めて剣気と化す……」

「先ほど大岩を斬ったとき、お主も使ったであろう。それの応用だ」


 そう言われてみれば何となく理解ができた気がする。黒滅刀はかなり長い太刀であったが、それでも百二十センチ程度であった。だが、斬った大岩は見上げるほどの高さがあり、奥行きも相当なものだった。物理的には一刀両断できるわけがない。

「良いか修太朗。お主は剣の才はそれ程でもない。だが、補って余りある心の強さと集中力がある。それを生かせばあの技を身につけるのは時間の問題だ」

「心の強さと集中力……」

破邪顕正(はじゃけんしょう)……あの技を繰り出すときに己が口にする言葉だ」

「技を出すときに口にする……」

「要は己の心に点火するのだ。今からこの技を使うぞ、と。そうすることで幾度も繰り返した修練が湧き出るかのように己の刀を包み込む。あとは振りぬくだけだ」


 そんな話をしているうちに黄泉比良坂に到着した。昨日よりもかなり距離が近いせいか、小鬼の姿がよく見えた。小鬼というものの頭に角があるわけではない。大体百五十センチぐらいだろうか。薄汚れた緑色の肌、落ちくぼんだ眼に避けた口吻、醜く抜けた歯の間からは粘ついた涎をたらし、ざんばらに抜けた髪を振り乱して粗末な布切れ一枚を身体に纏い、「ゔぅゔぅ」と呻き声ともつかない声をあげながら死者を小突きにしている。


「さて、修太朗よ。今からあそこに斬りこんでもらう。斬りこめば分かるが、離脱するには技を使い、周囲の小鬼を瞬時に蹴散らすしかない。つまりは技を身につけねば自力では脱出できないということだ。見ておいてやるから覚悟が定まれば行ってまいれ」 


 修太朗は肺から全てを絞り出すように大きく息を吐いた。正面に見える小鬼を見据え、黒滅刀を抜き、構える。短く数回息を吸うと、おもむろに駆け出した。

 小鬼が段々と迫ってくる。小さく思えた異形の存在が近づくにつれてやけに大きく感じられた。

 先頭の小鬼と目が合う。その澱んだ目が救いを求めているようにも見えた。

「すまない……」

 思わずそう呟くと、修太朗は真一文字に黒滅刀を奔らせる。小鬼の胸に一文字の光線が現れると、小鬼ははじけ飛び消滅した。

「南無……」

 心の中に湧き上がる罪悪感に無理やり蓋をして祈る。手に残る感触を振り払うかのように手首だけで黒滅刀を軽く振ると、歯を食いしばって群れの中へ遮二無二突進した。

 小鬼は敵ではなかった。否、既に武力という意味では小鬼など全く相手ではない。問題は雲霞の如く湧き出るその数である。

 斬り下げて、斬り上げて、斬り払い、突く。

 淡々と機械的にも見える動作で動きながら、徐々に修太朗はやりにくさを感じていた。


 小鬼は武器を持たない。ゆえに傍から見れば修太朗が一方的に虐殺しているようにも思える。だが、上空から俯瞰(ふかん)すればじりじりと小鬼の巣窟に近づいているのが視認できただろう。そもそも、修太朗は一対一の戦いしか経験がない。剣道しかり、師匠との修行しかり、である。

 敵の群れに正面から斬りこむ。正面の敵が減ることで意図せずとも群れの内部に入り込む。そうすれば正面以外にも敵が存在することになる。横にも背後にも敵がいる……。気付けば修太朗は円を描くように足を捌きながら全方位の小鬼を撫で切りにしていた。

 だが、圧倒的に小鬼の数が多い。修太朗を中心とした異形の同心円は次第にその厚みを増しつつあった。

「技を使わないと脱出できないって、このことかよ」


 次第に密度が増す円の中で修太朗は幾度となく師匠の技を出そうと試みた。しかし、大岩を斬った時のように集中する時間がない。次から次へと襲い来る小鬼を斬り捨てねば捕まってしまうからだ。

 未だかつてないほど刀を振り続けた。もう既にどれだけの時間を小鬼の群れで過ごしているかもわからない。修太朗の全身から湯気のような熱気がほとばしる。

「もう一度、試してみるか」

 そう決めると今までより大きく踏み込み、さらに大きく黒滅刀を振りぬく。少しだけ周囲の小鬼の数を減らすことに成功し、刹那の時間を得たように思えた。

 修太朗が自分の霊性を高めて剣気と化そうと集中した瞬間、足元が揺らいだ。

 集中しようとした瞬間に視野が狭まったようだ。僅かな足元の窪みに嵌り、身体と感覚がずれた。その隙を待っていたかのように小鬼が修太朗に掴みかかる。修太朗が何とか体制を整えようと踏ん張った時、

「破邪顕正……」

 師匠の声が聞こえた……。



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