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七、黒滅刀

 いつも通りすっきりとした目覚めだった。いつもと違うのは後頭部に感じる柔らかな感触が無くなっていることだった。代わりに胸の辺りが暖かい。身体を起こそうとすると、ユリを腕枕して寝ていたことに気付き少々慌ててしまった。

「お目覚めですか?」

そう悪戯っぽく声を掛けられる。何だか、やたらと心臓が早く動いているように思った。

ひなたがまだすやすやと寝息を立てていることを確認し、意味なくほっとしていると、

「今日は私が少々甘えさせて頂きました。お出掛け前に少しまじないをさせて下さいな」

 そう言うとユリは立ち上がり朝食の支度をはじめた。

 いつも通り二人で食事をして、ひなたの授乳が終わるのを待ってから出かけることにする。玄関先まで出向くと一歩外に出てから立ち止まるように言われた。

 右肩に軽く触れられる感触がした後に「かちかち」と弾くような音が背後から聞こえてくる。

「いってらっしゃいませ」

 そう言うと火打石を持ったユリは、品よく美しい日本髪に結われた頭を下げて見送ってくれた。

 

 少し歩いていつも通りの場所に赴くと師匠が現れ、一振りの刀を渡してきた。

 その刀は一般の太刀よりもかなり長く、鞘の大きさからしても相当に太いことが分かった。抜いてみるように言われて刀を鞘から抜きはらう。長く、こぶしよりも幅広い刀身は黒光りをし、刃紋は月光が黒雲に迸るかのように煌めいていた。

黒滅刀(こくめつとう)という。その刀で斬られたものは存在を斬られたことになる。つまりは消滅するということだな。相手が誰であっても同じだ。神であろうと、龍であろうと、怨霊のように実体がないものでもその刀で斬られたら存在を斬られてしまう。気を付けて扱え」

「……師匠、これって貴重なものではないのですか?」

「貴重に決まっているだろう。黄泉比良坂の輪廻の源泉たる黒王石を気が遠くなるほどの年月を掛けて神気にて浄化し、精製してから、鍛冶の神である天目一箇神(あめのまひとつのかみ)様が手ずから打ったと伝えられる神刀だ」


 その説明に驚き、

「……流石にそんな貴重な神刀を畏れ多くて扱えません」

そう言って師匠に返そうとすると、

「その刀の元の持ち主はユリ殿だ」そう告げられた。

「ユリ殿は元々武芸達者な女傑であられた。数々の武勲を立てられ、女剣神として祀られておられた。それぐらいは知っているだろう」

 初めてユリと会った時の神速の踏み込みと剣技を思い返しながら、

「落ち武者や盗賊から村を守って祠に祀られたと聞いています……」

「それだけではないがな……。ユリ殿が語らぬのならこれ以上は言うまい。ただ、その刀はお主に使って欲しいとのことだ」

「いや、しかし……」

「もっとも、その刀を十全に扱えなければそなたの願いはかなわぬだろう。それに、ひなたという御霊の守人でないとその神刀を鞘から抜くことはできん。今ためらいなく鞘からそなたが抜き払えたのが刀を扱う資格があることを示している」

「…………」

「……その刀を使うか、それとも現生に帰るかしかないがどうする?」


 何故か頬を熱いものが伝ってくる。胸の奥から張り裂けそうな思いが脳髄を突き抜けるとともに、

「ありがたく頂戴します……」

 そう叫ぶように答えていた。

 黒滅刀は神刀の名に恥じることない恐ろしく高性能な刀であった。いくら硬いものを切っても絶対に欠けず、決して汚れることもない。ありとあらゆる存在を斬るだけではなく、決して持ち主から離れることがない。ひとたび持ち主が刀を意識すれば魂の奥底を通じて持ち主の手に顕現する。

「ただ、存在を斬れるとはいえ、どれだけ深く切れるかは持ち主の技量と霊性に左右される」

とのことであった。

「では、まずは試し斬りといこうか。あの岩に斬りつけてみろ」


 師匠が指さす三階建ての家とほぼ同じくらいの大岩に正対する。普通は刀で岩など斬り付ければ間違いなく刃毀れするだろう。おまけに馬鹿でかい。だが、自分の中では何故か確実に真っ二つに斬れる気がしていた。

腹に息を軽くため、集中する。やがて岩肌に刀を走らせるべき道筋が浮かび上がる。その道筋に吸い込まれそうになった瞬間、裂ぱくの気合とともに一気に黒滅刀を振りぬいた。


 ただ、斬れた、とだけ感じた。

「見事だな」

 師匠が褒めてくれる。師匠が手で大岩を押すとその大岩は真っ二つに割れ、元から何も存在しなかったかのように一瞬で消え失せた。



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