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二、旅立

 それからひと月。

 満月の夜をひたすら待った。

 暗闇をこうこうと照らす月と石燈籠の常夜灯が対をなすかのように周りを赤く染める。

 同居の両親が寝静まったのを確認して、修太朗は息子のひなたを抱っこ紐に大事におさめ、祠の前に立ちながら、一年前の出来事を思い出していた。


 それは「ひなた」という一つの命が生まれる日であり、「ユキ」という一つの命が失われた日でもあった。


 出産のために入院する日、仕事を休みタクシーに同乗して付き添う修太朗に、

「修ちゃん、心配し過ぎなのよ。この子も順調だって先生も言っているし、うちのお母さんも来てくれるから何も心配は要らないわよ」

 と、ユキはわざとらしく頬を膨らませて突っかかる。

「まぁ、何事もないのが当たり前だけど、警察官という職業柄、何事もある場面も見てるからね。せっかく非番にしてもらったんだから、今日くらいは愛しの旦那様に甘えてくださいな」

 自分はそうおどけてみせた。


 ユキはその大きなお腹を愛おしく慈しむようにさすりながら、

「ありがとう。で、名前はひなたでいいのよね?」

「もちろん。男の子でも女の子でもいけるからって、妊娠前から決めてたじゃん」

 そう言って二人で顔を見合わせて笑いあった。

 この交差点を左へ曲がると病院がある。タクシーが赤信号で停車した瞬間、視界が暗転した。背後から大型トラックがタクシーに追突し、後部座席から投げ出されるように前席に衝突したのである。

 訳も分からず慌てて隣のユキを見ると、口からおびただしい量の血を流し、虚ろな目で前席とドアに挟まれていた。


 その後の記憶はほぼない。

 結局、ユキは出血多量で死亡、ひなたは緊急帝王切開で助かったとのことだ。子供を助けてくれと泣きながら叫んでいたらしいが、覚えているのは顔に白布をかけられたユキの姿だけであった。

 退院後、ひなたを育てるために両親のいる実家へ戻った。事情を斟酌して実家近くの警察署に内勤勤務させてもらえるようになったため、警察も辞めずに済んだ。事あるごとにユキの両親も来てくれて、色々と世話をしてくれる。恵まれた環境に感謝をし、立ち直らなければならないと自分に言い聞かせながら必死になっているうちに一年が過ぎていた。


「ふうう」

 たるんだ息を吐く。

 おかしなことをしているとは思っている。こんな夜中に乳児を抱いて人気もない廃社に来るなんて不審人物でしかない。自分がパトロール中に見つけたら間違いなく職務質問するだろう。

「さて、職務質問されたらなんて答えるかな。祠の神様にデートに誘われたと言ったら、どうなるだろう」

 ユリの美貌を思い浮かべながら、そうぼそっと呟くと、

「誘ったら付き合ってくれるのかしら?」

 凛とした声が耳を打つ。

 思ったよりも近いその距離に足をすくませ赤面しながら、

「その気があるからここに来たんですよ」

と、格好をつけてみた。

「修太朗さんって結構女たらしなのね」

 意地悪く微笑み、ユリはその嫋やかな手を伸ばしてひなたに触れた。

 すうすうとやわらかな寝息をたてるひなたに触れながら、

「別の世に一緒に行く覚悟は出来ていますか?」

と、問う。

「一つだけ確認したいことがあります。もし、会えなくてもこの瞬間に戻れるというのは本当ですか」

 ユリは美しく整った眉尻を少しだけ動かしながら、

「本当ですよ。それは間違いありません。あとは修太朗さんが私を信じるかどうかだけです」

「わかりました。信じます。それで別の世で何をすればよいのでしょうか」

 修太朗は即答し、真っ直ぐにユリの目を見つめた。

 ユリは目をつぶると、一拍の間をおいて、

「殯の勾玉を手にする必要があります」

「それは別の世に行けば直ぐに手に入るのですか?」

「いえ、戦う必要があります」

「その戦う必要というのはどういうことですか?」

「今は口にすることができません。もっとも、その前に準備をしてもらいますが……。信じられないのなら、やめてもいいのですよ」

「いえ、全て信じます。もう質問することもやめますね」


 ユリの目を真っ直ぐ見つめて返事をすると、ユリは観念したかのように、ひなたに触れていた手を修太朗の頬に当てる。

 切れ長の涼しげな目が大きく開かれると吐息が触れる距離に近づき、修太朗とひなたを抱きかかえるかのように腕を回し、修太朗に口づけた。

 突然の行為に戸惑いながらも、唇から感じる熱気が修太朗の脳内を溶かしていく。

 身体が浮き上がるかのような奔流が全身を支配し、麻酔を打たれたかのように意識が落ちていくのを感じながら、修太朗はユリに全てを委ねた。



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