4-14 エルウィンの恫喝
「エ、エルウィンッ!き、貴様…ど、どういうつもりだっ?!叔父である私に…剣を向けるとはっ!」
ランベールは後ずさりながら真っ青になって叫んだ。
「どういうつもり?それはこちらの台詞だ。今この領民に何をしようとした?まさか…あの時の様に手を出すつもりではないだろうな?」
エルウィンはアリアドネを守るように抱きしめている左腕に力を込めた。
(あの時…?あの時っていつの話なの…?)
アリアドネはエルウィンの腕の中で気恥ずかしさもありながら、言葉の意味を考えていた。
「あ、あれは…ほんの少しだけ、可愛がってやろうと思っただけだ。むしろ、貧しい身分でありながら、私の寵愛を受けるのは悦ぶべき事では無いか?」
「何が寵愛だっ!まだ年若い娘に…自分の権力を振りかざして強引に自分の物にしただろうっ?!あの領民が自殺したのは…叔父上のせいだっ!」
エルウィンは怒りを露わに剣を向けたままランベールに言い放った。
(え…?自殺…?ランベール様に手を出された領民の女性が…?)
その言葉にアリアドネは震えた。その震えがエルウィンにも伝わったのだろう。
「落ち着け」
エルウィンが剣をランベールに向け、睨み付けた視線を逸らすことなくアリアドネにだけ聞こえるように小声で囁いた。
「え…?」
「大丈夫だ。俺が…絶対にお前に手出しをさせない。俺を信じろ」
(エルウィン様…!)
そして再びエルウィンはランベールに言った。
「叔父上…俺は国王陛下からこの城の城主として認められている。城の中で謀反を起こしたとして叔父上を処罰しても俺が咎められる事は無い…何なら今、ここで確かめてみましょうか?」
その言葉にランベールの顔から血の気が失せた。
「う…よ、よせ…エルウィン…。わ、分った。や、約束しよう。二度と領民には手を出さないと…な?」
「領民達だけでは無い。俺の指示の下で働いているメイド達と下働きの女達も含めてだ!」
エルウィンは吐き捨てるように言った。
「…っ!わ、分った…。そ、それじゃ…わ、私は部屋に戻るとしよう…」
ランベールは引きつった笑みを浮かべると、まるで逃げるようにその場を走り去って行った。
「…」
エルウィンはランベールが走り去ると、アリアドネから離れた。
そしてアリアドネに言った。
「…これで分っただろう?お前のような若い娘がむやみに城に立ち入るとどうなるか…。こんな事ではいけないのに…な」
エルウィンの言葉は何所か悲しげだった。
「城主様…?」
その時―。
「エルウィン様っ!」
背後でシュミットの声が聞こえ、エルウィンとアリアドネは同時に振り返った。
アリアドネはシュミットを見ると驚いた。
(シュミット様!何故ここに…?)
シュミットはエルウィンのクラバットで顔を隠すアリアドネをチラリと見ると、次に彼に声を掛けた。
「エルウィン様、先程ランベール様に剣を向けられていましたが…何かあったのですか?」
「…ああ。また叔父上の悪い癖が出た。叔父上はこの領民に興味を持ってしまったようだ。だから、剣を向けてほんの少しだけ威嚇して追い払ってやっただけだ」
エルウィンはチラリとアリアドネを見ると言った。
「え…領民…?」
シュミットは俯いて立っているアリアドネを見た。アリアドネはその視線を痛く感じ、クラバットを顔に巻いたまま、エルウィンに言った。
「城主様、このクラバットですが…お洗濯してお返し致します」
「洗濯…?別に構わん。好きにしろ。ただし、城を出るまでは顔に巻いておいた方がいい。お前は良くも悪くも目立ちすぎるからな」
そしてエルウィンはシュミットに声を掛けた。
「シュミット、お前が責任を持ってこの娘を仕事場へ送り届けてやれ」
「はい承知致しました」
シュミットは深々と頭を下げた。そしてエルウィンが背を向けて歩き出そうとした時…。
「城主様!」
アリアドネは勇気を振り絞ってエルウィンに声を掛けた。
「何だ?」
振り返るエルウィン。
「助けて頂き…。ありがとうございます」
そして深々と頭を下げた。
「別にどうって事は無い」
エルウィンは一言、それだけ告げると大股でその場を歩き去って行った―。