19-10 戸惑う騎士達
エルウィンは椅子に座っているアリアドネの前に跪いた。
『!!』
その姿を見ただけで、騎士達の間に衝撃が走る。
「すまないな、アリアドネ」
エルウィンはアリアドネの頬にそっと触れた。その声は今まで騎士達が聞いたことも無い程に甘ったるい声だった。当然騎士達が鳥肌を立てたのは言うまでもない。
「エルウィン様……な、何故謝るのでしょうか?」
恥ずかしそうにエルウィンに尋ねるアリアドネ。ただでさえ、エルウィンの態度に戸惑っているのに、大勢の騎士達の見ている前でこのようなことをされるのが、恥ずかしくてならなかったのだ。
「こんなむさ苦しい男たちの訓練を見学させるような真似をしてしまって」
(む、むさ苦しい……?)
(だったら何故連れて来られたのだ?)
(理解出来ない……)
整列する騎士たちは頭が混乱している。
「でも、仕方ないんだ。お前を俺の視界から片時も離すわけにはいかないからな。またいつダリウスや王太子のような不届きな輩が俺の目を盗んでお前をかっさらっていくか分からないから仕方ないのだ。分かってくれ」
エルウィンは真剣な眼差しでアリアドネを見つめる。
(何だって?!)
(ま、まさかそんな理由で?!)
(信じられない……!)
(重い……重すぎる!)
(何て気の毒な……)
騎士達が一斉にアリアドネに同情したのは言うまでもない。
「そ、そんな大げさですよ。そ、それにエルウィン様はお忙しい方ですよね?常に私が側にいればお邪魔になってしまうのではありませんか?」
アリアドネは引きつった笑みを浮かべながらエルウィンを見る。
(そうだ!頑張れ!)
(負けないで下さい!)
(重たい男は嫌だと言うべきです!)
心の中でアリアドネを応援する騎士達。
「アリアドネ……俺がお前を邪魔に思うはず無いだろう?むしろ邪魔なのは……」
ジロリと騎士達を睨みつけるエルウィン。
『!!』
その凄まじい目力に思わずたじろぐ騎士達。
「貴様ら!何をこっちをじっと見ている!さっさと打ち合いの訓練を始めろっ!!」
『はい!!』
こうして騎士達はいつも通りに訓練を始めた。当然、エルウィンの言葉に疑問符を投げかけながら――。
****
2時間後——
エルウィンとアリアドネは執務室に向かう廊下を歩いていた。
「どうだった?アリアドネ。騎士達の訓練の様子は」
隣を歩くアリアドネにエルウィンが声を掛けて来た。
「そうですね。剣術のことは良く分かりませんが……流石選ばれた騎士だけありますね。皆さん、とても強くて素敵でした」
「素敵……」
そこで何故かピタリと足を止めるエルウィン。
「エルウィン様?どうされましたか?」
「……俺よりもか?」
エルウィンは俯くとボソリと尋ねた。
「はい?」
「あいつ等は俺よりも素敵だったのか?」
グルリとエルウィンはアリアドネを振り向いた。
「え……ええっ?!」
あまりの質問にアリアドネは目を見開く。
「どうなんだ?アリアドネ。ひょっとしてあの騎士達の中に素敵だと思える奴がいたのか?それは誰だ?ウィリアムか?あいつは宿場村の女たちから一番人気だからな‥‥‥。それともアッシュ‥‥‥いや、ダメだ!あいつは確か婚約したばかりだ。一体誰だ?!」
アリアドネの肩を掴み、一気にまくしたてるエルウィンにアリアドネは困ってしまった。
「落ち着いてください、エルウィン様。ウィリアム様とか、アッシュ様と言われても私は皆さまの顔も名前も分からないのですよ?そ、それに……やはり一番素敵な方は…‥エ、エルウィン様ですから……」
その言葉にエルウィンは一瞬、ポカンと口を開き……次の瞬間、満面の笑みを浮かべる。
「そうか?アリアドネにとっては俺が一番素敵なんだな?」
「は、はい……そうです……」
真っ赤になりながら頷くアリアドネ。
「よし、なら安心だ。では執務室に戻るか」
エルウィンはアリアドネの手をしっかり握りしめると浮かれた足取りで執務室へと向かう。
シュミットの危惧した通り、エルウィンはすっかりアリアドネに溺れてしまっていた。
けれど当の本人は全くの無自覚であることは言うまでも無かった――。




