18-4 アリアドネの願い
「スティーブ!!」
絶命した男を見下ろしていると、突然声を掛けられた。
「ミカエル様……」
現れたのは教会に避難していたミカエルとウリエルだった。
「エルウィン様はどうなったの?!」
スティーブは慌ててミカエルに駆け寄った。
「ミカエル様!何故ここへ来たのです?!教会でお待ち下さいと言ったではありませんか!」
(まだ幼いミカエル様やウリエル様には残酷な場面を見せるわけにはいかないから教会に避難させておいたのに……!)
するとミカエルは首を振った。
「スティーブ!僕達だって『アイゼンシュタット』の血を引いているんだ。いずれは戦場で戦うことになるんだから。どんなときも目をそらせちゃいけないんだよ!」
「そうだよ!」
ウリエルが頷く。
「ミカエル様、ウリエル様……」
「そんなことよりもエルウィン様はどうなったの?!矢は抜けたんだよね?」
ミカエルの言葉に1人のカルタン族が喚いた。
「いいざまだ!奴はもうすぐ毒に侵されて死ぬ!」
「そうだ!辺境伯も、もう終わりだ!」
「そ、そんな……」
「エルウィン様……」
ミカエルとウリエルの目に涙が浮かぶ。
「黙れ!貴様ら!」
スティーブは叱責し、騎士たちに命じた。
「お前ら!こいつらを港の宿場村まで連行しろ!役人に命じて鉱山に送りつけろ!」
『了解!!』
騎士たちは声を揃えて返事をすると、乱暴な仕草でカルタン族達を歩かせる。
「ほら!さっさと立て!」
「グズグズするな!」
「貴様らは死ぬまで鉱山で働け!」
カルタン族達は暴言を吐いて暴れるも、アイゼンシュタットの騎士たちに敵うはずもなく、全員連行されてしまった。
その様子をじっと見つめるスティーブとミカエルにウリエル。
2人に目には涙が浮かんでいた――。
**
一方、その頃アリアドネはエルウィンの看病を続けていた。
エルウィンの上半身からにじみ出てくる汗はいくら拭いてもおさまることは無い。
「酷い汗だわ……え?」
その時、アリアドネはあることに気付いた。エルウィンは黒い汗をかいているのだ。
「黒い汗……?ま、まさか……!」
「う……」
その時エルウィンが小さく呻き、薄目を開けた。
「エルウィン様っ?!気が付かれたのですか?!」
「ア、アリアドネ……か……?」
エルウィンは弱々しい声でアリアドネの名を呼ぶ。
「は、はい!私です!!エルウィン様!」
アリアドネはエルウィンの枕元に跪くと、ボロボロと涙を流す。
「アリアドネ……お前はいつも……そんな顔ばかりするんだな……?」
「え……?」
「一度くらい……笑顔を……」
そこで再びエルウィンは目を閉じ、意識を無くしてしまった。
「エルウィン様!しっかりして下さい!」
アリアドネの悲しげな声が部屋に響き渡る。
その時――。
「アリアドネ様っ!」
不意に背後から大きな声で名前を呼ばれ、アリアドネは振り向いた。
「え………シュミット様……?」
そこには肩で息を切らせたシュミットと、背後にはスティーブの姿がある。
「知らせを受けて駆けつけてきたのです。エルウィン様が毒矢に射られたそうですね」
シュミットは足早に部屋の中に入り、ベッドに横たわるエルウィンを見つめて眉を顰めた。
「シュミット、見ての通りだ。大将の身体には既に毒が回り始めている」
スティーブが沈痛な面持ちで説明する。
「一体どんな毒なのだ……?身体を青黒くする毒など、初めて見る……」
「シュミット様。エルウィン様は大量に黒い汗をかいていらっしゃいます」
「何ですって?黒い汗ですか?」
「はい、そうです」
シュミットの言葉に頷くアリアドネ。
「それは恐らく、エルウィン様の身体が体内の毒を必死で追い出そうとしているのだと思います。そんなことが出来るのも、エルウィン様が日頃から体内に毒を摂取しているからでしょう」
「大将はどんなときも……戦っているんだな」
ポツリと呟くスティーブ。
「とにかく……できるだけの事はやってみましょう」
「お願いします。スティーブ様。どうか……エルウィン様をお助け下さい!」
「分かりました、ではお手伝いをお願いできますか?」
「はい!」
「俺も手伝うぜ」
スティーブが手を上げた。
こうして、3人でエルウィンの治療が開始された――。




