16-13 急ぎの訳は
エルウィンがイライラしながら馬に乗って離宮を目指している頃、騎士たちは命じられた訓練を外で行っていた。
エルウィンがいない間の訓練の指揮はマティアスが行っていた。
「よし、次は互いに打ち合いの稽古に入る！」
マティアスが騎士たちに指示を出した時――。
「ん？何だ？何者かが物凄い速さでこちらに向かって駆けてくるぞ？」
1人の騎士が異変に気付いた。
「何だって？」
「ひょっとして敵か？」
「皆、用心しろ！」
騎士たちが身構えるとすぐに、正体が判明した。それはエルウィンだった。
「え？エルウィン様？」
「城に行ったのでは無かったのか？」
「物凄い速さでこっちに向かってるぞ」
「ああ、まるで戦場を駆けているようだ」
そんなことを話している間に、エルウィンはあっという間に騎士たちの元に駆けつけてきた。
「お帰りなさませ、エルウィン様」
マティアスが声を掛けると、エルウィンは馬上から怒鳴りつけてきた。
「お前達！！こんなところで何をしている？！」
その言葉にざわつく騎士達。
「え？エルウィン様の言われた通り訓練を……」
説明しようとするマティアスを遮るエルウィン。
「何をのんびり訓練などしているのだ！！緊急事態だ！！すぐに出立の準備を始めろ！いいか？！1時間以内にここを発つぞ！！俺はアリアドネに伝えてくる！！」
エルウィンはヒラリと馬から飛び降りると、脱兎の如く離宮の中へと駆け込んでいった。
『……』
その様子を少しの間、呆然と見ていた騎士達だったが……。
「た、大変だ！すぐに帰省の準備だ！！」
「何か緊急事態が起こったのかもしれない！」
「ひょっとして、敵が我等の城を攻めているのかも！」
何も事情を知らない騎士たちは大急ぎでそれぞれの帰り支度をする為に大騒ぎになった――。
その頃、エルウィンはイライラした様子でアリアドネの部屋の扉をノックしていた。
コンコンコンコン！
『は、はい！今開けます！』
部屋の中からアリアドネの声が聞こえ、次の瞬間扉が開かれた。
「まぁ……エルウィン様ではありませんか？一体どうされたのですか？」
慌てた様子のエルウィンにアリアドネは少しだけ驚きの表情を浮かべた。
「アリアドネ……すぐに帰るぞ！今すぐ準備を始めるんだ！1時間以内にはここを出るぞ！」
「え？一体どうされたのですか？」
「緊急事態だ！話してる間も惜しい。どうだ？1時間以内に出られそうか？！もし難しいなら俺もお前の帰り支度を手伝おう！」
その申し出にアリアドネは仰天した。まさかエルウィンが自分から帰り支度を申し出るとは思わなかったからだ。
「い、いいえ！大丈夫です！か、帰り支度くらい……1人で出来ますので」
「そうか？もし不可能ならここのメイドに手伝ってもらえ！俺もすぐに帰り支度を始めてくる！」
エルウィンはそれだけ告げると、今度は自分の部屋目指して駆けていった。
「……」
少しの間、エルウィンの走り去る後ろ姿を見届けていたアリアドネだったがすぐに我に返った。
「大変だわ……！もしかしてまたお城で何かが……？！ミカエル様とウリエル様が心配だわ……急いで支度しないと！」
アリアドネもまたいらぬ不安を抱えながら、急いで帰り支度を始めた。
エルウィンが何故急いでアイゼンシュタット城へ戻ろうとしているのか……。
本当の理由を知る者は、まだここにはいない――。
