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13−14 虚しい気持ち

 アリアドネが宿屋の中に入っていくのを見計らったかのように、マティアスが建物の陰から現れた。


「全く……悪趣味なやつだな。覗き見でもしていたのか?」


エルウィンは木の枝に引っ掛けていたタオルで汗を拭いながらジロリとマティアスを睨んだ。


「え?ご存知だったのですか?気配を消したつもりだったのに」


するとエルウィンは不敵な笑みを浮かべた。


「ふん、まだまだだな。お前の気配位は感じるからな」


「その割にはアリアドネ様の気配は気付かなかったようですね?」


何処かからかうような口調のマティアス。


「ああ、アリアドネのように無防備な人間の気配は気づきにくい。…ところで何を隠れてコソコソと見ていたんだ?」


汗を拭ったエルウィンはタオルを枝に戻すと、再び素振りを始めた。


「ええ、お2人はどのような会話をされるのか興味があったので」


「フン!悪趣味なやつだ」


剣を振るいながらエルウィンは返事をする。


「それにしても、本当に驚きですよ。エルウィン様が女性を気遣う姿なんて初めて見ました。まさか御自分の上着をアリアドネ様に掛けて差し上げるとは思いもしませんでした」


何処かおどけた様子のマティアスにエルウィンは腕を止めるとマティアスを見た。


「あれは寒いのに、わざわざ外に出てきたからだ。風邪でも引かれたら旅の行程に支障をきたすだろう?」


「ですが、女性は香水の匂いがきつくて嫌だと以前から仰っておられたではないですか?それなのにご自身の上着をアリアドネ様に着せておられましたよね?」


「…アリアドネの匂いは…嫌いじゃない」


エルウィンはポツリと呟くように答えた。


アリアドネからは香水の香りは一切しない。石鹸の香りと、微かなハーブの香りのみだった。

それがエルウィンに取っては好ましい香りだったのだ。



「え?今何と仰いましたか?」


エルウィンの声が小さすぎて、マティアスにはよく聞き取れなかった。


「う、うるさいっ!そんなことよりもだっ!暇そうにボサッと突っ立っているなら剣を持て!俺と打ち合いの稽古をするぞっ!」


「は、はいっ!」


マティアスは腰に差した剣を鞘から引き抜くと、2人は互いに向き合った。


「よし…それでは行くぞっ!」

「望むところですっ!」


そして2人の剣士は激しい打ち合いを始め……空に金属音のぶつかり合う音が響き渡った――。




****



 9時――



朝食を取り終えたエルウィン一行は再び出立の準備を始めていた。


防寒マントを羽織ったエルウィンは馬車に乗り込んだアリアドネに声を掛けていた。


「アリアドネ、本当に毛皮のコートを買わなくても良かったのか?」


「はい、大丈夫です。これから南下していくのであれば寒さも和らぎますよね?」


「ああ……まぁそうなるが……」


「でしたら私には過ぎた品です。そこまでして頂くような立場に私はありませんので、どうぞお気遣いなく」


「……」


淡々と話すアリアドネの言葉にエルウィンは頷いた。


「分かった…お前がそこまで言うなら、やめておこう。次の宿場町までは約4時間程南下した村だ。何かあったらいつでもカインに声を掛けろ。いいな?」


「はい、分かりました」


アリアドネは返事をした。


「よし、それでは扉を閉めるからな」


エルウィンは馬車の扉を閉めるとカインに声を掛けた。


「アリアドネをよろしく頼むぞ」


「はい、お任せ下さい」


カインが返事をするとエルウィンは馬にまたがり、声を上げた。


「よし!それでは出発だ!!」


『はいっ!!』


一斉に返事をする騎士達。


そして再び、一行はエルウィンを先頭に進み始めた……。




**



「……」


エルウィンは馬にまたがりながら、先程のアリアドネとの会話を思い出していた。


『そこまでして頂くような立場に私はありませんので、どうぞお気遣いなく』


(アリアドネは……やはり俺とは距離を置きたいのだろうか……)


虚しい気持ちを抱えながら、エルウィンは手綱をしっかりと握りしめた――。



 


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