13−3 アリアドネの悩み
「いえ、そんなエルウィン様。私は油を売るなどということは決して……」
「ほら。お前はさっさと仕事に戻れ。俺のいない間はあの城の事務処理は全てお前の仕事なのだからな」
慌てて首を振るシュミットにエルウィンは煩そうにシッシと手を振って追い払う仕草をする。
「そ、そんな…まるで人のことを虫でも追い払うような仕草で…」
「何だ?文句でもあるのか?」
ギラリと睨みつけるエルウィン。
「い、いえ。文句などありません!分かりました、すぐに仕事に戻ります。それではアリアドネ様、失礼致します」
「はい、お見送りありがとうございます」
笑顔で挨拶を返すアリアドネ。
「早く戻れと言ってるだろう?」
馬の手綱を握りしめたまま、不機嫌な様子を隠すこともなくエルウィンは再度シュミットに迫った。
「は、はい!すぐ戻ります!」
シュミットは慌てた様子で城へと戻っていった。
(一体、エルウィン様は何を苛ついておられるのだろう?やはり国王陛下に会うのが気が重いからなのだろうか?)
シュミットにはエルウィンが何故苛々しているのか分からなかった。
そして、勿論その原因がアリアドネであるということに…エルウィン本人も気付いていなかったのだった。
「おはようございます、エルウィン様」
シュミットがその場から去ると、アリアドネはすぐに馬車の中からエルウィンに声を掛けた。
「あ、ああ。おはよう。準備は…出来たようだな?」
防寒マントに身を包み、白い息を吐きながらエルウィンはぎこちない返事をした。
「はい、エルウィン様から休暇を頂きましたのでお陰様で準備に専念することが出来ました。それに馬車の中を温めて下さったこと、感謝申し上げます」
「それくらいのことは気にするな。いくら越冬期間が過ぎたとしても、まだ完全な雪解けも終わっていない。何しろここ、『アイデン』地方は『レビアス』国の中で尤も寒冷地帯にあるからな。俺たちは寒さに慣れてはいるが、アリアドネは寒さにあまり慣れてはいないだろう」
エルウィンはまるで沈黙を恐れるかのように、一気にまくし立てた。
「はい、お陰様で暖かく快適な馬車の旅が出来そうです。ありがとうございます」
「よし、それでは今すぐ出発だ。俺は先頭を走るから何か用事があるなら御者のカインに頼め」
エルウィンの言葉にカインは頷く。
「はい、分かりました」
「よし、では出発だ。休憩地点の宿場町まで……またな」
エルウィンはそれだけ、告げるとそのまま去っていた。
「エルウィン様…」
その後姿を見送りながらアリアドネはポツリと呟いた。
(そうね……休憩地点の宿場町に到着したら、エルウィン様とお話できるわよね。その時になったら告げないと。私はダンスが全く踊れませんが大丈夫でしょうか?と)
実は、アリアドネが尤も頭を悩ませていたのがパーティーの件に関してだったのだ。
エルウィンとはまともに話すことも出来ないまま、アリアドネは出立することになってしまった。
その為、一番肝心なことをエルウィンに告げることが出来ずにいたのだった。
そして、当然エルウィンはアリアドネが全くダンスを踊ることが出来ない等、知る由もなかった――。




