11-17 ロイとオズワルド 3
「ロイの奴め‥‥あれだけ動揺させたのに…俺を撃ち抜くとは……」
オズワルドはロイに腹部を撃たれていた。
出血を抑える為に切り裂いた布で腹部を固定しているものの、動く度に激痛に襲われる。
「くそっ……見張りの奴等も姿が見えないし‥‥さては…ロイの仕業だな…?もうすぐエルウィン達が来るかもしれないというのに…厄介な…ぐっ!」
オズワルドは呻いて一度跪いた。
腹部の中に残った弾のせいでオズワルドの身体は悲鳴を上げていた。
(このまま手当を受けなければ…死ぬかもしれんな…)
「だが…それでも構うものか‥‥もはや城など、どうでもいい‥…。奴さえ‥あの憎きアイゼンシュタットの血を引き継ぐ奴さえ倒せれば…」
荒い息を吐きながらオズワルドは南塔を目指した。
エルウィンを待ち受ける為に――。
****
「ハァ…ハァ…」
ロイは虫の息で床の上に倒れていた。
オズワルドの銃口から放たれた弾は確実にロイの胸を撃ち抜いていたのだ。
「う…ゴフッ!」
咳き込んだロイの口から大量の血が溢れた。
撃たれた直後に胸を焼かれるよう感じた激しい痛みも今はもう消えていた。
ただ、非常に寒かった。
身体はとても冷え切っているのに、背中は自分の身体から流れ出た血で温かかった。
(ここ…まで…か‥‥)
薄れゆく意識の中で、ロイはアイゼンシュタット城で暮らした10年間を思い出していた。
城についてすぐにロイは大人たちに混ざり、激しい訓練を受けた。
子供だからと周囲からは暴力という苛めを受け、食べ物すら取り上げらたロイはいつも飢えていた。
ここ、アイゼンシュタット城は力こそ全てだったのだ。
子供ですら容赦のない世界だった。
騎士になれば、誰からも見下されたりしないはず…。
そこでロイは自分を拾ってくれたオズワルドに頼み込み、個人的に厳しい訓練をつけてもらった。
やがて努力がついに実り、わずか15歳の時にロイは騎士に任命された。
そしてオズワルドの直属の部下となり、彼の為に働いた。
どんな汚れた任務だろうと、ロイは淡々と遂行した。
そんな彼はいつしか人々からこう呼ばれるようになっていた。
『氷の貴公子』と――。
壮絶な経験をしたロイは感情を失っていた。
仲間も無く、1年の半分以上は戦いと血にまみれた殺伐とした生活を強いられていたロイにある転機が訪れた。
それがアリアドネとの出会いであった。
アリアドネを初めて目にした時、ロイに衝撃が走った。
それほどまでに2人はよく似ていたのだった。
姉の面影を写したアリアドネの傍にいるだけで、自分の凍り付いていた心が少しずつ溶けていくように感じた。
更に護衛を命じられたミカエルとウリエルは自分を恐れることなく懐いてくれた。
4人で遊んだカードゲームはロイにとって、幸せな時間だった。
それが……一瞬で崩れてしまったのだ。
信頼していたオズワルドによって――。
「ク…ハァ‥…ハァ‥‥」
(もう…助かるはずは無い…な…)
ロイの目はかすみ、何も見えなくなっていた。
自分が何処に倒れているのかすらも、分からなくなっていた。
(せめて…‥最期にアリアドネに一目会いたかった…‥)
もう一度、あの笑顔で…その手で頭を優しく撫でて貰いたかった。
かつて大好きだった姉が子供の頃の自分の頭を撫でてくれたように…。
「アリ…アドネ‥‥」
アリアドネの名を呟いたその時…。
ロイは幻を見た。
目の前に姉のミルバが優しい笑みを称えてロイを見おろしていたのだ。
『ロイ……迎えに来るのが遅くなってごめんね?』
ミルバがロイに語りかけて来た。
『お…お姉ちゃん…?』
気付けばロイは7歳の子供の姿に戻っており、身体はどこも痛む部分が無かった。
『さぁ、行きましょうロイ。父さんも母さんも貴方を待っていてくれているのよ?』
『本当?』
ロイの目に涙が浮かぶ。
『ええ、そうよ?ロイ…今までよく頑張ったわね。本当に偉かったわ』
『お…お姉ちゃん‥‥お姉ちゃーん!』
子供のロイは姉の胸に飛び込んでいった。そして優しく抱きしめるミルバ。
『行きましょう。ロイ』
『うん』
そしてロイは姉と共にこの世を去って行った……。
****
誰もいない静かな部屋に1人、血にまみれて倒れているロイ。
ロイの目に一筋の涙が流れ落ちる。
「ねえ…さん‥」
それが、ロイのこの世で最期の言葉となった。
そして……ロイは17歳の短い生涯を終えた――。