9-12 医務室にて
結局エルウィンはアリアドネを抱きかかえたまま一度も降ろす事なく、医務室の前に辿り着いた。
「おい!誰かいるか!」
扉に向かって声を掛けるとすぐ目の前の扉が開かれ、初老の男性医師が現れた。
そして腕にアリアドネを抱き上げているエルウィのの姿を見て驚きの表情を浮かべた。
「これはエルウィン様ではありませんか?!まさかお怪我を…?」
「…しているように見えるか?」
「…いいえ。ピンピンしておられるようですな…ん?もしや怪我をしたのはお前かっ?!」
医師はアリアドネの手首との平から出血していることに気付いた。
「ああ、そうなんだ。このメイドの治療を頼む。手の平と手首、それに左足首を痛めてしまって歩けないんだ」
「あの、でもそれほど大げさにしていただかなくても大丈夫です。怪我と言ってもそれほど大げさなものではありませんので。本当に大丈夫ですから。」
アリアドネは必死に訴えた。
「とにかく医者に診てもらえ。それでどこに運べばいい?」
エルウィンはアリアドネを抱きかかえたまま医務室の中に入って来た。
「それではこちらの椅子に連れてきて頂けますか?」
医師は暖炉の前に置かれた背もたれ椅子を指さした。
「分かった」
短く返事をするとエルウィンはアリアドネを椅子まで運び、座らせた。
「エルウィン様…本当にありがとうございました」
すっかり恐縮してしまったアリアドネは深々と頭を下げた。
「何を言っている。怪我人を助けるのは当然のことだろう?それじゃ頼む。ドク」
「はい」
ドクと呼ばれた初老の医者は椅子に座ったアリアドネの近くによると、早速傷付いてしまった手首と手のひらをルーペで確認した。
「ふむ…傷口はあまり深くはありませんが…あ、少し破片がささったままですね。ピンセットで取り除きましょう。」
「どれ、それでは抜くよ。少し痛むかもしれないが、我慢するんだ」
ドクは診察台に置かれたピンセットを手に取ると、慎重にアリアドネの手の平に刺さっている破片をつまむと声を掛けた。
「はい」
アリアドネの返事を聞いたドクは慎重にピンセットで手の平に刺さったままの欠片をつまみ、引き抜いた。
「…っ!」
その痛みに一瞬アリアドネは顔を歪めた。
「よし、刺さっていた欠片はこれだけだったようだ」
銀のトレーに手の平に刺さっていた欠片を入れるとドクは他の傷口を確認しながらアリアドネに声を掛けた。
「どうもありがとうございます」
丁寧にお礼を言うアリアドネの傍ではエルウィンが立ったまま腕組みをしてブツブツと文句を口にしている。
「何?破片が刺さったままだったのか?全く…あのゾーイとかいう女、何て酷いことをするのだ。今度俺の前に現れたらタダではすまないからな…」
エルウィンはブツブツと文句を言っている。
そんな様子のエルウィンを見ながらドクは思った。
(あのエルウィン様がここまで1人の女性を気に掛けるとは珍しいこともあるものだ。ひょっとすると…)
「よし、それでは出血は止まっているが消毒をして包帯を巻いておこう」
ドクは包帯を手に取った―。
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「よし、手の平の傷も治療したし、足首を痛めたところもシップと添え木で固定したからもう大丈夫だろう」
治療を終えたドクがアリアドネに声を掛けた。
「どうもありがとうございました」
丁寧にアリアドネは頭を下げた。
「感謝する、ドク。それでは部屋に戻るか‥‥」
エルウィンが声を掛けた時…。
「リアッ!」
大きな声と共に、医務室の扉が勢いよく開かれた―。