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プロローグ
書簡を握る指が、かすかに震えていた。
ステニウス伯爵は、窓辺に立ち尽くしていた。
「何ということだ……よりにもよって、あの辺境伯に……」
美しい庭園の片隅で、メイド服姿の女性が鼻歌を歌いながら楽し気に庭掃除をしていた。
女性は美しい金の髪が後ろで一つにまとめている。
ほっそりとした背中に白いうなじ。
「今日も良い天気ね」
空を見上げて、女性は微笑んだ。
書簡に書かれていた文章は、ただの一行。
「ステニウス伯爵家の令嬢を辺境伯エルウィンのもとへ嫁がせよ」
そこに名前の記載は、ない。
この日……彼らの運命が大きく変わろうとしていた――